はごろも伝奇

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12. 化け猫

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 時は夕刻ゆうこく

 佳奈子は家の道場で、祖母の絹代から猛特訓もうとっくんを受けていた。

「ほらほら!チンタラするんじゃないよ!しっかりけな、佳奈子!もっと反射はんしゃ速度を上げるんだ!」

 そう言って絹代は、羽衣に巻き付けた砂袋すなぶくろを、佳奈子に向かって投げつける。

「ひ、ひえ~っ!」

 佳奈子は飛んでくる砂袋を、間一髪かんいっぱつでよけた。

 すると、かわした砂袋は、後ろの壁に当たって、ドン!と大きな音を立てる。

 しかも砂袋は、次々に飛んでくるのだ。

 佳奈子は、のけぞったり、ジャンプしたりして、砂袋を必死によける。

 しかし…、

「あたっ!」

 佳奈子は砂袋につまずいて、ころんでしまった。

「このバカ!何やってんだい!この前みたいに、戦略で転ぶんならともかく、ドジで転んだりしたら、実戦では命取りだよ!」

「うう…。実戦じゃなくても、今がその命の危機だよ…。その砂袋、ひとつ20キロもあるんでしょ?そんなの、その速さで当たったら、大ケガするって!」

「なに、当たり所が悪くなければ大丈夫さ。危機感があった方が、いい修行になるだろう?それよりも早く修行を再開するよ!さっさと立ちな!」

「うう…。この修行法、絶対やっちゃいけないヤツだよ…」

 佳奈子はそう文句もんくを言いながらも、よろよろと立ち上がる。

「…けどこんな事で、負けたりなんか、しないんだから!よぉしっ!やるぞ~!さぁ!どんと来い!」

 佳奈子はそう力強く言い、修行を再開した。



 そして、およそ3時間後…。

 佳奈子は砂袋にまり、たおれていた…。

「こらっ!佳奈子!お前は八乙女家の跡取あととりなんだ!これくらいで、へばるんじゃない!さっさと立ちな!」

 絹代はそう声を荒げる。

 するとそこへ、

「絹さ~ん!佳奈ちゃ~ん!ご飯ができましたよ~!いったん修行を中断ちゅうだんして、晩ごはんにしましょう~?」

「ごはんは冷めたら、おいしくないわ~」

「栄養補給ほきゅうは、重要です」

 そう言って、顔がよく似た3人の女性が現れたのである。

 この女性たちは、この家に暮らす佳奈子の家族だ。

 といっても、血のつながりはない。

 それどころか、彼女たちは人間ですらないのだ。

 彼女たちの正体は、なんと妖怪・け猫である。

 彼女たちは今、人間に化けているのだ。

 化け猫である彼女たちは、代々、この八乙女家の人間と契約をわし、家の仕事を手伝い、ともに暮らしているのであった。

 そしてそんな彼女たちは、昔は、ただの猫だったという。

 しかし、長く生きて化け猫になり、人の姿をとるうちに、人間の生活に、すっかりなじんでしまったのだという。

 そして人間の生活になじんだ彼女たちは、今や、料理や洗濯せんたく掃除そうじだけでなく、車の運転や買い出しまでこなしてしまう。

 とても有能な化け猫なのだ。

 ちなみに、彼女たちの名前は、タマ・ウタ・ネネである。

 3人ともよく似た顔で、ねた髪型をしているが、その性格はずいぶん違う。

 タマは、天然で、元気ハツラツ。

 ウタは、おっとりニコニコしているが、ちょっと毒舌どくぜつ

 ネネは、無表情で、いつも事務的。

 3人とも個性が強いので、外見が似ていても、間違われる事はほとんどない。

 そして3人とも、とても優しく、佳奈子は彼女たちが大好きだった。

「さぁ!早くご飯にしましょう!」

「ああ。もうそんな時間かい。じゃあ、いったん休憩きゅうけいにして、ご飯にしようか」

「や、やっと休める…!」

 佳奈子は涙を流して喜んだ。




 食卓しょくたくの上には、大きなハンバーグに、小アジの南蛮漬なんばんづけ、あさりのバターいために、ポテトサラダ、タケノコとシイタケの煮物にものなど、さまざまな料理がならぶ。

「さぁ!たぁ~んと、し上がれ!」

「うわぁ!おいしそ~!」

 佳奈子は料理の数々に、目をかがやかせる。

 ちなみに、料理のほとんどにはタマネギが入っていない。

 タマネギは化け猫にとって毒だからだ。

 けれど、佳奈子と絹代にとっては問題ないので、2人の前にだけ、タマネギのサラダが置いてある。

「佳奈子、このあとも修行の続きをするんだからね。食べ過ぎで動きがにぶくならないよう、腹八分目はらはちぶんめまでにするんだよ」

「わ、わかってるよぉ…」

 佳奈子はそう言いながら、座布団ざぶとんに正座する。

「さぁさ!冷めないうちに、食べて!食べて!」

「は~い!いただきま~す!はむっ!おいし~!」

 佳奈子たちは、5人で楽しい食事を始めた。

「あっ!そういえば!さっき、源太郎げんたろうさんとユズから、ハガキが届いたんです!」

 そう言って、タマが一枚のハガキを持ってきた。

「えっ?おじいちゃんと、ユズちゃんから?」

 佳奈子はハガキをのぞき込む。

 源太郎というのは、絹代の夫で、ユズというのは、化け猫のオスである。

 ちなみに源太郎は、退魔師であると同時に、有名な画家で、今は絵の題材を探して、全国を放浪ほうろう中なのである。

 そしてその放浪旅に、化け猫のユズも、同行しているのであった。

「わぁ~!きれいな花の絵!さすがはおじいちゃんだね!なになに…、「ここ北海道も桜の開花かいかまであと少し。今はカタクリの花が見頃みごろです。この美しい花を、絹さんと見たかった…。一緒に見れない代わりに、たくさんスケッチして帰ります。あと、絹さんが食べたがっていた、さけとばを送ります。…だから浮気しないでくださいね。鮭とば、うまいっす!」だって。最後の文はユズちゃんだな」

「うふふ~!鮭とば、楽しみね~!いつ届くかしら~?わくわくしちゃうわ~!」

「ハガキの絵は、カタクリの花ですか…。たしか、カタクリの花の花言葉は、『初恋』、『さびしさにえる』、『嫉妬しっと』でしたね。とても意味深です」

 ネネはそう無表情で言ったが、声にはどこか、からかいの響きがあった。

「ふふっ!おじいちゃんったら、相変あいかわらず、おばあちゃんにぞっこんなんだね~!浮気しないでくださいね、なんて、心配までしてるし~!」

 佳奈子は赤くなっている祖母を見て、ニヤリと笑う。

「…あのバカ…!そういう事は書くなって言ったのに…!60過ぎのババアが、浮気もなにもあるもんかい!」

「え~そうかな~?おばあちゃんキレイだし~、モテるんじゃないの~?」

「そうですよ!三丁目の竹造さんなんて、絶対、気がありますって!」

「えっ!そうなんだ?!おばあちゃんもすみに置けないな~!」

「こ、こら!お前たち、年寄りをからかうんじゃないよ!」

 絹代は珍しく恥ずかしがる。

「あ~!おばあちゃんがれてる~!かっわいい~!」

 佳奈子たちは、あははは!と笑う。

「~~っ!佳奈子~!」

 ゴチン!

 佳奈子の頭に、鉄拳てっけんが落とされた…。

「からかうんじゃないって、言っただろうが!」

 なぐられた佳奈子は白目しろめをむき、後ろに倒れんだのだった…。





 それから数時間後…。

「あ~痛かった…。頭にコブが出来ちゃったよ…。おばあちゃん、なにもあんなに怒る事ないのに…。まぁ、いいや。今日も修行で疲れたし、早く寝~ようっと!おやすみなさ~い!」

 パジャマ姿の佳奈子は、布団ふとんに入る。

 しかし寝ていた佳奈子は、真夜中に目が覚めてしまった。

「うう…。おトイレ…」

 佳奈子は起きて、トイレを済ませた。

「はぁ~。こんな夜中にトイレに起きるなんて…。寝る前に水分とりすぎちゃったかな…?気を付けないと…。ふぁ~、眠い…。早く寝よう…」

 佳奈子はそう言って、廊下ろうかを歩く。

 するとその時、縁側えんがわの方から、月明かりが差し込んでいるのが見えたのだった。

「あれ?縁側の戸が開いてる…。どうしたんだろう…?」

 佳奈子は気になって、縁側の方に向かう。

 すると開け放たれた戸から、庭の様子が見えてきた。

「?庭に誰かいる…。こんな時間に何やってるの…?」

 佳奈子は気になって、そっと縁側に近づく。

 けれどその時、佳奈子はテーブルの上の雑誌にぶつかり、それらを下に落としてしまった。

 バサバサバサッ!

 静かな空間に、雑誌が落ちる大きな音が響いた。

 すると…。

 ピカッ!

 多くの光る目が、一斉いっせいにこちらを向いたのである。

「ひっ!」

 異様な光景に佳奈子は驚き、思わず悲鳴を上げそうになる。

 しかし…、

「佳奈ちゃん…?こんな時間にどうしたの?」

 よく聞きなれた声が、そう尋ねてきたのだった。

「えっ?タマちゃん…?あっ、ウタちゃんに、ネネちゃんも…。それに、そのたくさんの猫たちは…?」

 光って見えたのは、たくさんの猫たちの目だったのだ…。




「あはは~。びっくりさせて、ごめんなのです。実は私たち、定期的にこうやって、猫の集会を開いているのですよ」

「猫の集会?」

「ええ。こうして猫たちで集まって、情報交換をしてるんです」

「猫は人間よりも、ずっと気配に敏感びんかんだから、異変に気付くのも早いの~」

「だから町のどこどこで、こんな妖気を感じた~、とか、町の気が乱れてる場所がある~とか、いろんな話を集めて、絹さんに報告をしているのです!」

「へぇ~!3人とも、そんな事までしてたんだ!全然知らなかったよ!」

「…佳奈ちゃんに言うと、きっとこの集会を見たいって言うと思って…。でも、集会は真夜中だから、寝不足になってしまうでしょ?夜には、ちゃんと眠ってほしかったんです…」

「タマちゃん…。心配してくれたんだ…。ありがとう…。私、これからは、ちゃんと寝るようにするよ!でも、今日だけ!今日だけは、この猫ちゃんたちと遊ばせて~!こんなにたくさんの猫ちゃんに囲まれるなんて、めったにないもの!ああ~!しあわせ~!」

 佳奈子は猫にほおずりする。

「はぁ…。仕方ないですねぇ…。今日だけですよ?」

 そうして佳奈子は、一日だけ、猫の集会への参加を認めてもらったのだった。




「それにしても佳奈ちゃんは、ホントに猫が好きですね~」

「うん!猫は大・大・だ~い好きだよ!昔は、ちょっと好き~くらいだったんだけど、東京にいた頃にね、ステキな猫たちに出会ってから、すごく大好きになったんだ!」

「ステキな猫たち?」

「うん!私ってさ、子供の頃から霊力が高かったせいか、小物こものの妖怪や霊に、よくちょっかいを出されてたんだ…。そういうのの大半たいはんは、お父さんのお守りで、撃退できてたんだけど…。なかには、しつこい霊とかもいて…」

 佳奈子は、しつこく付きまとう霊たちを思い出す。

「…けどそんな時は、なぜか決まって、その猫ちゃんたちがあらわれて、そいつらを追い払ってくれてたの!…まぁ、それはきっと、たまたまだったんだろうけど…。いつも助けてもらって、私はすごく感謝してたんだ…」

「まぁ~!そんな猫たちがいたの~?初耳だわ~!お守りの力も効かない霊たちを退しりぞけたんなら、その猫たちには、それ以上の力があったって事よね~?その猫たちも化け猫とかだったのかしら~?その子たち、人間の言葉を話したりした~?」

「ううん。人の言葉を話した事はなかったよ。それにその子たち、いつもどこからかフラッと現れて、フラッといなくなっちゃうから、どこに住んでいるかも分からなかった…」

「…ずいぶんと不思議な猫たちですね…。その猫たち、いつ頃から現れるようになったんですか?」

「えっ?そうだな~。初めて会ったのは確か、弟の颯太そうたが小学生になったばかりの頃だったから…、私が小学校の4年生の時だったかな?」

「佳奈ちゃんが小学校の4年生…。つまりは6年前くらいからって事ですか…。他に何か、その猫たちに特徴とくちょうとかはなかったですか?」

「う~ん…。見た目は普通のかわいい猫ちゃんたちだったよ?白と黒の2匹で。…あっ!でもその子たち、真人まさひとさんが飼ってる、シロちゃんとクロちゃんにそっくりだったの!驚くことに、あのブレスレットみたいな首輪くびわもそっくりで!」

「えっ?シロさんとクロさんに…?」

「うん。私、結構けっこう、動物の気配けはいは見分けられる方なんだけど、シロちゃんとクロちゃんは、あの猫たちの気にそっくりなんだ!あの猫たちは、見た目は普通の猫だったけど、気の気配は珍しかったから…」

 佳奈子はそう言って、恩人の猫たちを思い出す。

「えっ?!じゃあ、まさか、その猫たち、シロさんとクロさんだったんですか?!」

「ううん。私も初めてシロちゃんとクロちゃんに会ったとき、そう思ったんだけどね…、真人まさひとさんが違うよって…。猫違いだって…。えっとね、この辺ではシロちゃんたちみたいな気は珍しいけど、他にいないわけじゃないんだって。九州とかの方だと、ああいう気を持つ猫はむしろ珍しくないんだって。あの首輪も九州の方では、よくある首輪なんだってさ」

「えっ…。シロさんたちの気が珍しくない…?いや、それは…」

「言われてみれば、そうだよね。私がいたのは、この町から遠く離れた東京で、この町に住んでいるシロちゃん達が、そうそう来れるわけないんだから…」

「……」

 なぜかタマたちは不自然なほどにだまり込む。

「あのね真人まさひとさんが言ってたんだけど、九州にはね、シロちゃんやクロちゃんにそっくりの猫たちが、たくさんいるんだって!いいな~!九州!私もいつか行ってみたい!…あっ!シロちゃんたちといえば…、ねぇ!この集会に、シロちゃん達は来てないの?」

「えっ?シロさんたちですか?いえ…。外でたまに会うことはありますが、この集会には来ていません…。そもそもですね、佳奈ちゃん、シロさんとクロさんは…」

「?」

「ちょっと!タマ!スト~ップ!」

 そう言って、ウタがタマの口をふさいだ。

「その事は、内緒ないしょにしてくれって、あの方たちにたのまれたでしょ~?!」

「で、でも、別に約束したわけでもないですし…、頼みをきく義理ぎりは…」

「いいえ。あの方たちの気分を害する事は、できる限りけた方がいいでしょう…。よほどの事がない限り…」

「?3人とも、なんの話をしてるの…?シロちゃんとクロちゃんたちの話?私にも教えて~!」

「!な、なんでもないのよ~!全然、たいした話じゃないの~!」

「ええ~?うそだ~!教えてよ~!ねぇ~!」

「くっ…!こうなったら…!みんなっ!佳奈ちゃんに、もふもふア~ンド肉球にくきゅう攻撃!」

「にゃにゃ~っ!」

「えっ…!ええ~っ!」

 なんとウタの呼びかけにより、集会に集まっていた猫たちが、一斉いっせいに佳奈子に飛びかかってきたのだ。

「にゃにゃ~っ!にゃお~ん!」

「も、もふもふで、ふわふわで、ぷにぷにだ…!ああ~!幸せ~!もう何も考えられない~!」

 佳奈子は猫たちにスリスリとほおずりされ、もう夢見心地ゆめみごごちだ。

 それを見たウタたちは、ほっと一安心する。

「ふぅ…。危なかった…。これで佳奈ちゃんは、きっと今の話を忘れてくれるわね~。…それにしても、さっきの話、どう思う~?」

 ウタは、タマとネネに聞く。

「…シロさんたちの気に似た猫がいるとは思えません…。真人まさひとさんは、ウソをついているかと…」

「そうですよね…。でも、一体どうして…。…真人さんは、何を考えているんでしょう…」

 タマたち3人は、難しい顔で考え込む。

 一方、佳奈子は…、

「ああ~!幸せ~!ここは天国だ~!」

 猫たちにもれ、メロメロになっていたのであった…。




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