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12. 化け猫
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時は夕刻。
佳奈子は家の道場で、祖母の絹代から猛特訓を受けていた。
「ほらほら!チンタラするんじゃないよ!しっかり避けな、佳奈子!もっと反射速度を上げるんだ!」
そう言って絹代は、羽衣に巻き付けた砂袋を、佳奈子に向かって投げつける。
「ひ、ひえ~っ!」
佳奈子は飛んでくる砂袋を、間一髪でよけた。
すると、かわした砂袋は、後ろの壁に当たって、ドン!と大きな音を立てる。
しかも砂袋は、次々に飛んでくるのだ。
佳奈子は、のけぞったり、ジャンプしたりして、砂袋を必死によける。
しかし…、
「あたっ!」
佳奈子は砂袋につまずいて、転んでしまった。
「このバカ!何やってんだい!この前みたいに、戦略で転ぶんならともかく、ドジで転んだりしたら、実戦では命取りだよ!」
「うう…。実戦じゃなくても、今がその命の危機だよ…。その砂袋、ひとつ20キロもあるんでしょ?そんなの、その速さで当たったら、大ケガするって!」
「なに、当たり所が悪くなければ大丈夫さ。危機感があった方が、いい修行になるだろう?それよりも早く修行を再開するよ!さっさと立ちな!」
「うう…。この修行法、絶対やっちゃいけないヤツだよ…」
佳奈子はそう文句を言いながらも、よろよろと立ち上がる。
「…けどこんな事で、負けたりなんか、しないんだから!よぉしっ!やるぞ~!さぁ!どんと来い!」
佳奈子はそう力強く言い、修行を再開した。
そして、およそ3時間後…。
佳奈子は砂袋に埋まり、倒れていた…。
「こらっ!佳奈子!お前は八乙女家の跡取りなんだ!これくらいで、へばるんじゃない!さっさと立ちな!」
絹代はそう声を荒げる。
するとそこへ、
「絹さ~ん!佳奈ちゃ~ん!ご飯ができましたよ~!いったん修行を中断して、晩ごはんにしましょう~?」
「ごはんは冷めたら、おいしくないわ~」
「栄養補給は、重要です」
そう言って、顔がよく似た3人の女性が現れたのである。
この女性たちは、この家に暮らす佳奈子の家族だ。
といっても、血のつながりはない。
それどころか、彼女たちは人間ですらないのだ。
彼女たちの正体は、なんと妖怪・化け猫である。
彼女たちは今、人間に化けているのだ。
化け猫である彼女たちは、代々、この八乙女家の人間と契約を交わし、家の仕事を手伝い、共に暮らしているのであった。
そしてそんな彼女たちは、昔は、ただの猫だったという。
しかし、長く生きて化け猫になり、人の姿をとるうちに、人間の生活に、すっかりなじんでしまったのだという。
そして人間の生活になじんだ彼女たちは、今や、料理や洗濯・掃除だけでなく、車の運転や買い出しまでこなしてしまう。
とても有能な化け猫なのだ。
ちなみに、彼女たちの名前は、タマ・ウタ・ネネである。
3人ともよく似た顔で、跳ねた髪型をしているが、その性格はずいぶん違う。
タマは、天然で、元気ハツラツ。
ウタは、おっとりニコニコしているが、ちょっと毒舌。
ネネは、無表情で、いつも事務的。
3人とも個性が強いので、外見が似ていても、間違われる事はほとんどない。
そして3人とも、とても優しく、佳奈子は彼女たちが大好きだった。
「さぁ!早くご飯にしましょう!」
「ああ。もうそんな時間かい。じゃあ、いったん休憩にして、ご飯にしようか」
「や、やっと休める…!」
佳奈子は涙を流して喜んだ。
食卓の上には、大きなハンバーグに、小アジの南蛮漬け、あさりのバター炒めに、ポテトサラダ、タケノコとシイタケの煮物など、さまざまな料理が並ぶ。
「さぁ!たぁ~んと、召し上がれ!」
「うわぁ!おいしそ~!」
佳奈子は料理の数々に、目を輝かせる。
ちなみに、料理のほとんどにはタマネギが入っていない。
タマネギは化け猫にとって毒だからだ。
けれど、佳奈子と絹代にとっては問題ないので、2人の前にだけ、タマネギのサラダが置いてある。
「佳奈子、このあとも修行の続きをするんだからね。食べ過ぎで動きが鈍くならないよう、腹八分目までにするんだよ」
「わ、わかってるよぉ…」
佳奈子はそう言いながら、座布団に正座する。
「さぁさ!冷めないうちに、食べて!食べて!」
「は~い!いただきま~す!はむっ!おいし~!」
佳奈子たちは、5人で楽しい食事を始めた。
「あっ!そういえば!さっき、源太郎さんとユズから、ハガキが届いたんです!」
そう言って、タマが一枚のハガキを持ってきた。
「えっ?おじいちゃんと、ユズちゃんから?」
佳奈子はハガキをのぞき込む。
源太郎というのは、絹代の夫で、ユズというのは、化け猫のオスである。
ちなみに源太郎は、退魔師であると同時に、有名な画家で、今は絵の題材を探して、全国を放浪中なのである。
そしてその放浪旅に、化け猫のユズも、同行しているのであった。
「わぁ~!きれいな花の絵!さすがはおじいちゃんだね!なになに…、「ここ北海道も桜の開花まであと少し。今はカタクリの花が見頃です。この美しい花を、絹さんと見たかった…。一緒に見れない代わりに、たくさんスケッチして帰ります。あと、絹さんが食べたがっていた、鮭とばを送ります。…だから浮気しないでくださいね。鮭とば、うまいっす!」だって。最後の文はユズちゃんだな」
「うふふ~!鮭とば、楽しみね~!いつ届くかしら~?わくわくしちゃうわ~!」
「ハガキの絵は、カタクリの花ですか…。たしか、カタクリの花の花言葉は、『初恋』、『寂しさに耐える』、『嫉妬』でしたね。とても意味深です」
ネネはそう無表情で言ったが、声にはどこか、からかいの響きがあった。
「ふふっ!おじいちゃんったら、相変わらず、おばあちゃんにぞっこんなんだね~!浮気しないでくださいね、なんて、心配までしてるし~!」
佳奈子は赤くなっている祖母を見て、ニヤリと笑う。
「…あのバカ…!そういう事は書くなって言ったのに…!60過ぎのババアが、浮気もなにもあるもんかい!」
「え~そうかな~?おばあちゃんキレイだし~、モテるんじゃないの~?」
「そうですよ!三丁目の竹造さんなんて、絶対、気がありますって!」
「えっ!そうなんだ?!おばあちゃんも隅に置けないな~!」
「こ、こら!お前たち、年寄りをからかうんじゃないよ!」
絹代は珍しく恥ずかしがる。
「あ~!おばあちゃんが照れてる~!かっわいい~!」
佳奈子たちは、あははは!と笑う。
「~~っ!佳奈子~!」
ゴチン!
佳奈子の頭に、鉄拳が落とされた…。
「からかうんじゃないって、言っただろうが!」
殴られた佳奈子は白目をむき、後ろに倒れ込んだのだった…。
それから数時間後…。
「あ~痛かった…。頭にコブが出来ちゃったよ…。おばあちゃん、なにもあんなに怒る事ないのに…。まぁ、いいや。今日も修行で疲れたし、早く寝~ようっと!おやすみなさ~い!」
パジャマ姿の佳奈子は、布団に入る。
しかし寝ていた佳奈子は、真夜中に目が覚めてしまった。
「うう…。おトイレ…」
佳奈子は起きて、トイレを済ませた。
「はぁ~。こんな夜中にトイレに起きるなんて…。寝る前に水分とりすぎちゃったかな…?気を付けないと…。ふぁ~、眠い…。早く寝よう…」
佳奈子はそう言って、廊下を歩く。
するとその時、縁側の方から、月明かりが差し込んでいるのが見えたのだった。
「あれ?縁側の戸が開いてる…。どうしたんだろう…?」
佳奈子は気になって、縁側の方に向かう。
すると開け放たれた戸から、庭の様子が見えてきた。
「?庭に誰かいる…。こんな時間に何やってるの…?」
佳奈子は気になって、そっと縁側に近づく。
けれどその時、佳奈子はテーブルの上の雑誌にぶつかり、それらを下に落としてしまった。
バサバサバサッ!
静かな空間に、雑誌が落ちる大きな音が響いた。
すると…。
ピカッ!
多くの光る目が、一斉にこちらを向いたのである。
「ひっ!」
異様な光景に佳奈子は驚き、思わず悲鳴を上げそうになる。
しかし…、
「佳奈ちゃん…?こんな時間にどうしたの?」
よく聞きなれた声が、そう尋ねてきたのだった。
「えっ?タマちゃん…?あっ、ウタちゃんに、ネネちゃんも…。それに、そのたくさんの猫たちは…?」
光って見えたのは、たくさんの猫たちの目だったのだ…。
「あはは~。びっくりさせて、ごめんなのです。実は私たち、定期的にこうやって、猫の集会を開いているのですよ」
「猫の集会?」
「ええ。こうして猫たちで集まって、情報交換をしてるんです」
「猫は人間よりも、ずっと気配に敏感だから、異変に気付くのも早いの~」
「だから町のどこどこで、こんな妖気を感じた~、とか、町の気が乱れてる場所がある~とか、いろんな話を集めて、絹さんに報告をしているのです!」
「へぇ~!3人とも、そんな事までしてたんだ!全然知らなかったよ!」
「…佳奈ちゃんに言うと、きっとこの集会を見たいって言うと思って…。でも、集会は真夜中だから、寝不足になってしまうでしょ?夜には、ちゃんと眠ってほしかったんです…」
「タマちゃん…。心配してくれたんだ…。ありがとう…。私、これからは、ちゃんと寝るようにするよ!でも、今日だけ!今日だけは、この猫ちゃんたちと遊ばせて~!こんなにたくさんの猫ちゃんに囲まれるなんて、めったにないもの!ああ~!しあわせ~!」
佳奈子は猫にほおずりする。
「はぁ…。仕方ないですねぇ…。今日だけですよ?」
そうして佳奈子は、一日だけ、猫の集会への参加を認めてもらったのだった。
「それにしても佳奈ちゃんは、ホントに猫が好きですね~」
「うん!猫は大・大・だ~い好きだよ!昔は、ちょっと好き~くらいだったんだけど、東京にいた頃にね、ステキな猫たちに出会ってから、すごく大好きになったんだ!」
「ステキな猫たち?」
「うん!私ってさ、子供の頃から霊力が高かったせいか、小物の妖怪や霊に、よくちょっかいを出されてたんだ…。そういうのの大半は、お父さんのお守りで、撃退できてたんだけど…。なかには、しつこい霊とかもいて…」
佳奈子は、しつこく付きまとう霊たちを思い出す。
「…けどそんな時は、なぜか決まって、その猫ちゃんたちが現れて、そいつらを追い払ってくれてたの!…まぁ、それはきっと、たまたまだったんだろうけど…。いつも助けてもらって、私はすごく感謝してたんだ…」
「まぁ~!そんな猫たちがいたの~?初耳だわ~!お守りの力も効かない霊たちを退けたんなら、その猫たちには、それ以上の力があったって事よね~?その猫たちも化け猫とかだったのかしら~?その子たち、人間の言葉を話したりした~?」
「ううん。人の言葉を話した事はなかったよ。それにその子たち、いつもどこからかフラッと現れて、フラッといなくなっちゃうから、どこに住んでいるかも分からなかった…」
「…ずいぶんと不思議な猫たちですね…。その猫たち、いつ頃から現れるようになったんですか?」
「えっ?そうだな~。初めて会ったのは確か、弟の颯太が小学生になったばかりの頃だったから…、私が小学校の4年生の時だったかな?」
「佳奈ちゃんが小学校の4年生…。つまりは6年前くらいからって事ですか…。他に何か、その猫たちに特徴とかはなかったですか?」
「う~ん…。見た目は普通のかわいい猫ちゃんたちだったよ?白と黒の2匹で。…あっ!でもその子たち、真人さんが飼ってる、シロちゃんとクロちゃんにそっくりだったの!驚くことに、あのブレスレットみたいな首輪もそっくりで!」
「えっ?シロさんとクロさんに…?」
「うん。私、結構、動物の気の気配は見分けられる方なんだけど、シロちゃんとクロちゃんは、あの猫たちの気にそっくりなんだ!あの猫たちは、見た目は普通の猫だったけど、気の気配は珍しかったから…」
佳奈子はそう言って、恩人の猫たちを思い出す。
「えっ?!じゃあ、まさか、その猫たち、シロさんとクロさんだったんですか?!」
「ううん。私も初めてシロちゃんとクロちゃんに会ったとき、そう思ったんだけどね…、真人さんが違うよって…。猫違いだって…。えっとね、この辺ではシロちゃんたちみたいな気は珍しいけど、他にいないわけじゃないんだって。九州とかの方だと、ああいう気を持つ猫はむしろ珍しくないんだって。あの首輪も九州の方では、よくある首輪なんだってさ」
「えっ…。シロさんたちの気が珍しくない…?いや、それは…」
「言われてみれば、そうだよね。私がいたのは、この町から遠く離れた東京で、この町に住んでいるシロちゃん達が、そうそう来れるわけないんだから…」
「……」
なぜかタマたちは不自然なほどに黙り込む。
「あのね真人さんが言ってたんだけど、九州にはね、シロちゃんやクロちゃんにそっくりの猫たちが、たくさんいるんだって!いいな~!九州!私もいつか行ってみたい!…あっ!シロちゃんたちといえば…、ねぇ!この集会に、シロちゃん達は来てないの?」
「えっ?シロさんたちですか?いえ…。外でたまに会うことはありますが、この集会には来ていません…。そもそもですね、佳奈ちゃん、シロさんとクロさんは…」
「?」
「ちょっと!タマ!スト~ップ!」
そう言って、ウタがタマの口をふさいだ。
「その事は、内緒にしてくれって、あの方たちに頼まれたでしょ~?!」
「で、でも、別に約束したわけでもないですし…、頼みをきく義理は…」
「いいえ。あの方たちの気分を害する事は、できる限り避けた方がいいでしょう…。よほどの事がない限り…」
「?3人とも、なんの話をしてるの…?シロちゃんとクロちゃんたちの話?私にも教えて~!」
「!な、なんでもないのよ~!全然、大した話じゃないの~!」
「ええ~?うそだ~!教えてよ~!ねぇ~!」
「くっ…!こうなったら…!みんなっ!佳奈ちゃんに、もふもふア~ンド肉球攻撃!」
「にゃにゃ~っ!」
「えっ…!ええ~っ!」
なんとウタの呼びかけにより、集会に集まっていた猫たちが、一斉に佳奈子に飛びかかってきたのだ。
「にゃにゃ~っ!にゃお~ん!」
「も、もふもふで、ふわふわで、ぷにぷにだ…!ああ~!幸せ~!もう何も考えられない~!」
佳奈子は猫たちにスリスリと頬ずりされ、もう夢見心地だ。
それを見たウタたちは、ほっと一安心する。
「ふぅ…。危なかった…。これで佳奈ちゃんは、きっと今の話を忘れてくれるわね~。…それにしても、さっきの話、どう思う~?」
ウタは、タマとネネに聞く。
「…シロさんたちの気に似た猫がいるとは思えません…。真人さんは、ウソをついているかと…」
「そうですよね…。でも、一体どうして…。…真人さんは、何を考えているんでしょう…」
タマたち3人は、難しい顔で考え込む。
一方、佳奈子は…、
「ああ~!幸せ~!ここは天国だ~!」
猫たちに埋もれ、メロメロになっていたのであった…。
佳奈子は家の道場で、祖母の絹代から猛特訓を受けていた。
「ほらほら!チンタラするんじゃないよ!しっかり避けな、佳奈子!もっと反射速度を上げるんだ!」
そう言って絹代は、羽衣に巻き付けた砂袋を、佳奈子に向かって投げつける。
「ひ、ひえ~っ!」
佳奈子は飛んでくる砂袋を、間一髪でよけた。
すると、かわした砂袋は、後ろの壁に当たって、ドン!と大きな音を立てる。
しかも砂袋は、次々に飛んでくるのだ。
佳奈子は、のけぞったり、ジャンプしたりして、砂袋を必死によける。
しかし…、
「あたっ!」
佳奈子は砂袋につまずいて、転んでしまった。
「このバカ!何やってんだい!この前みたいに、戦略で転ぶんならともかく、ドジで転んだりしたら、実戦では命取りだよ!」
「うう…。実戦じゃなくても、今がその命の危機だよ…。その砂袋、ひとつ20キロもあるんでしょ?そんなの、その速さで当たったら、大ケガするって!」
「なに、当たり所が悪くなければ大丈夫さ。危機感があった方が、いい修行になるだろう?それよりも早く修行を再開するよ!さっさと立ちな!」
「うう…。この修行法、絶対やっちゃいけないヤツだよ…」
佳奈子はそう文句を言いながらも、よろよろと立ち上がる。
「…けどこんな事で、負けたりなんか、しないんだから!よぉしっ!やるぞ~!さぁ!どんと来い!」
佳奈子はそう力強く言い、修行を再開した。
そして、およそ3時間後…。
佳奈子は砂袋に埋まり、倒れていた…。
「こらっ!佳奈子!お前は八乙女家の跡取りなんだ!これくらいで、へばるんじゃない!さっさと立ちな!」
絹代はそう声を荒げる。
するとそこへ、
「絹さ~ん!佳奈ちゃ~ん!ご飯ができましたよ~!いったん修行を中断して、晩ごはんにしましょう~?」
「ごはんは冷めたら、おいしくないわ~」
「栄養補給は、重要です」
そう言って、顔がよく似た3人の女性が現れたのである。
この女性たちは、この家に暮らす佳奈子の家族だ。
といっても、血のつながりはない。
それどころか、彼女たちは人間ですらないのだ。
彼女たちの正体は、なんと妖怪・化け猫である。
彼女たちは今、人間に化けているのだ。
化け猫である彼女たちは、代々、この八乙女家の人間と契約を交わし、家の仕事を手伝い、共に暮らしているのであった。
そしてそんな彼女たちは、昔は、ただの猫だったという。
しかし、長く生きて化け猫になり、人の姿をとるうちに、人間の生活に、すっかりなじんでしまったのだという。
そして人間の生活になじんだ彼女たちは、今や、料理や洗濯・掃除だけでなく、車の運転や買い出しまでこなしてしまう。
とても有能な化け猫なのだ。
ちなみに、彼女たちの名前は、タマ・ウタ・ネネである。
3人ともよく似た顔で、跳ねた髪型をしているが、その性格はずいぶん違う。
タマは、天然で、元気ハツラツ。
ウタは、おっとりニコニコしているが、ちょっと毒舌。
ネネは、無表情で、いつも事務的。
3人とも個性が強いので、外見が似ていても、間違われる事はほとんどない。
そして3人とも、とても優しく、佳奈子は彼女たちが大好きだった。
「さぁ!早くご飯にしましょう!」
「ああ。もうそんな時間かい。じゃあ、いったん休憩にして、ご飯にしようか」
「や、やっと休める…!」
佳奈子は涙を流して喜んだ。
食卓の上には、大きなハンバーグに、小アジの南蛮漬け、あさりのバター炒めに、ポテトサラダ、タケノコとシイタケの煮物など、さまざまな料理が並ぶ。
「さぁ!たぁ~んと、召し上がれ!」
「うわぁ!おいしそ~!」
佳奈子は料理の数々に、目を輝かせる。
ちなみに、料理のほとんどにはタマネギが入っていない。
タマネギは化け猫にとって毒だからだ。
けれど、佳奈子と絹代にとっては問題ないので、2人の前にだけ、タマネギのサラダが置いてある。
「佳奈子、このあとも修行の続きをするんだからね。食べ過ぎで動きが鈍くならないよう、腹八分目までにするんだよ」
「わ、わかってるよぉ…」
佳奈子はそう言いながら、座布団に正座する。
「さぁさ!冷めないうちに、食べて!食べて!」
「は~い!いただきま~す!はむっ!おいし~!」
佳奈子たちは、5人で楽しい食事を始めた。
「あっ!そういえば!さっき、源太郎さんとユズから、ハガキが届いたんです!」
そう言って、タマが一枚のハガキを持ってきた。
「えっ?おじいちゃんと、ユズちゃんから?」
佳奈子はハガキをのぞき込む。
源太郎というのは、絹代の夫で、ユズというのは、化け猫のオスである。
ちなみに源太郎は、退魔師であると同時に、有名な画家で、今は絵の題材を探して、全国を放浪中なのである。
そしてその放浪旅に、化け猫のユズも、同行しているのであった。
「わぁ~!きれいな花の絵!さすがはおじいちゃんだね!なになに…、「ここ北海道も桜の開花まであと少し。今はカタクリの花が見頃です。この美しい花を、絹さんと見たかった…。一緒に見れない代わりに、たくさんスケッチして帰ります。あと、絹さんが食べたがっていた、鮭とばを送ります。…だから浮気しないでくださいね。鮭とば、うまいっす!」だって。最後の文はユズちゃんだな」
「うふふ~!鮭とば、楽しみね~!いつ届くかしら~?わくわくしちゃうわ~!」
「ハガキの絵は、カタクリの花ですか…。たしか、カタクリの花の花言葉は、『初恋』、『寂しさに耐える』、『嫉妬』でしたね。とても意味深です」
ネネはそう無表情で言ったが、声にはどこか、からかいの響きがあった。
「ふふっ!おじいちゃんったら、相変わらず、おばあちゃんにぞっこんなんだね~!浮気しないでくださいね、なんて、心配までしてるし~!」
佳奈子は赤くなっている祖母を見て、ニヤリと笑う。
「…あのバカ…!そういう事は書くなって言ったのに…!60過ぎのババアが、浮気もなにもあるもんかい!」
「え~そうかな~?おばあちゃんキレイだし~、モテるんじゃないの~?」
「そうですよ!三丁目の竹造さんなんて、絶対、気がありますって!」
「えっ!そうなんだ?!おばあちゃんも隅に置けないな~!」
「こ、こら!お前たち、年寄りをからかうんじゃないよ!」
絹代は珍しく恥ずかしがる。
「あ~!おばあちゃんが照れてる~!かっわいい~!」
佳奈子たちは、あははは!と笑う。
「~~っ!佳奈子~!」
ゴチン!
佳奈子の頭に、鉄拳が落とされた…。
「からかうんじゃないって、言っただろうが!」
殴られた佳奈子は白目をむき、後ろに倒れ込んだのだった…。
それから数時間後…。
「あ~痛かった…。頭にコブが出来ちゃったよ…。おばあちゃん、なにもあんなに怒る事ないのに…。まぁ、いいや。今日も修行で疲れたし、早く寝~ようっと!おやすみなさ~い!」
パジャマ姿の佳奈子は、布団に入る。
しかし寝ていた佳奈子は、真夜中に目が覚めてしまった。
「うう…。おトイレ…」
佳奈子は起きて、トイレを済ませた。
「はぁ~。こんな夜中にトイレに起きるなんて…。寝る前に水分とりすぎちゃったかな…?気を付けないと…。ふぁ~、眠い…。早く寝よう…」
佳奈子はそう言って、廊下を歩く。
するとその時、縁側の方から、月明かりが差し込んでいるのが見えたのだった。
「あれ?縁側の戸が開いてる…。どうしたんだろう…?」
佳奈子は気になって、縁側の方に向かう。
すると開け放たれた戸から、庭の様子が見えてきた。
「?庭に誰かいる…。こんな時間に何やってるの…?」
佳奈子は気になって、そっと縁側に近づく。
けれどその時、佳奈子はテーブルの上の雑誌にぶつかり、それらを下に落としてしまった。
バサバサバサッ!
静かな空間に、雑誌が落ちる大きな音が響いた。
すると…。
ピカッ!
多くの光る目が、一斉にこちらを向いたのである。
「ひっ!」
異様な光景に佳奈子は驚き、思わず悲鳴を上げそうになる。
しかし…、
「佳奈ちゃん…?こんな時間にどうしたの?」
よく聞きなれた声が、そう尋ねてきたのだった。
「えっ?タマちゃん…?あっ、ウタちゃんに、ネネちゃんも…。それに、そのたくさんの猫たちは…?」
光って見えたのは、たくさんの猫たちの目だったのだ…。
「あはは~。びっくりさせて、ごめんなのです。実は私たち、定期的にこうやって、猫の集会を開いているのですよ」
「猫の集会?」
「ええ。こうして猫たちで集まって、情報交換をしてるんです」
「猫は人間よりも、ずっと気配に敏感だから、異変に気付くのも早いの~」
「だから町のどこどこで、こんな妖気を感じた~、とか、町の気が乱れてる場所がある~とか、いろんな話を集めて、絹さんに報告をしているのです!」
「へぇ~!3人とも、そんな事までしてたんだ!全然知らなかったよ!」
「…佳奈ちゃんに言うと、きっとこの集会を見たいって言うと思って…。でも、集会は真夜中だから、寝不足になってしまうでしょ?夜には、ちゃんと眠ってほしかったんです…」
「タマちゃん…。心配してくれたんだ…。ありがとう…。私、これからは、ちゃんと寝るようにするよ!でも、今日だけ!今日だけは、この猫ちゃんたちと遊ばせて~!こんなにたくさんの猫ちゃんに囲まれるなんて、めったにないもの!ああ~!しあわせ~!」
佳奈子は猫にほおずりする。
「はぁ…。仕方ないですねぇ…。今日だけですよ?」
そうして佳奈子は、一日だけ、猫の集会への参加を認めてもらったのだった。
「それにしても佳奈ちゃんは、ホントに猫が好きですね~」
「うん!猫は大・大・だ~い好きだよ!昔は、ちょっと好き~くらいだったんだけど、東京にいた頃にね、ステキな猫たちに出会ってから、すごく大好きになったんだ!」
「ステキな猫たち?」
「うん!私ってさ、子供の頃から霊力が高かったせいか、小物の妖怪や霊に、よくちょっかいを出されてたんだ…。そういうのの大半は、お父さんのお守りで、撃退できてたんだけど…。なかには、しつこい霊とかもいて…」
佳奈子は、しつこく付きまとう霊たちを思い出す。
「…けどそんな時は、なぜか決まって、その猫ちゃんたちが現れて、そいつらを追い払ってくれてたの!…まぁ、それはきっと、たまたまだったんだろうけど…。いつも助けてもらって、私はすごく感謝してたんだ…」
「まぁ~!そんな猫たちがいたの~?初耳だわ~!お守りの力も効かない霊たちを退けたんなら、その猫たちには、それ以上の力があったって事よね~?その猫たちも化け猫とかだったのかしら~?その子たち、人間の言葉を話したりした~?」
「ううん。人の言葉を話した事はなかったよ。それにその子たち、いつもどこからかフラッと現れて、フラッといなくなっちゃうから、どこに住んでいるかも分からなかった…」
「…ずいぶんと不思議な猫たちですね…。その猫たち、いつ頃から現れるようになったんですか?」
「えっ?そうだな~。初めて会ったのは確か、弟の颯太が小学生になったばかりの頃だったから…、私が小学校の4年生の時だったかな?」
「佳奈ちゃんが小学校の4年生…。つまりは6年前くらいからって事ですか…。他に何か、その猫たちに特徴とかはなかったですか?」
「う~ん…。見た目は普通のかわいい猫ちゃんたちだったよ?白と黒の2匹で。…あっ!でもその子たち、真人さんが飼ってる、シロちゃんとクロちゃんにそっくりだったの!驚くことに、あのブレスレットみたいな首輪もそっくりで!」
「えっ?シロさんとクロさんに…?」
「うん。私、結構、動物の気の気配は見分けられる方なんだけど、シロちゃんとクロちゃんは、あの猫たちの気にそっくりなんだ!あの猫たちは、見た目は普通の猫だったけど、気の気配は珍しかったから…」
佳奈子はそう言って、恩人の猫たちを思い出す。
「えっ?!じゃあ、まさか、その猫たち、シロさんとクロさんだったんですか?!」
「ううん。私も初めてシロちゃんとクロちゃんに会ったとき、そう思ったんだけどね…、真人さんが違うよって…。猫違いだって…。えっとね、この辺ではシロちゃんたちみたいな気は珍しいけど、他にいないわけじゃないんだって。九州とかの方だと、ああいう気を持つ猫はむしろ珍しくないんだって。あの首輪も九州の方では、よくある首輪なんだってさ」
「えっ…。シロさんたちの気が珍しくない…?いや、それは…」
「言われてみれば、そうだよね。私がいたのは、この町から遠く離れた東京で、この町に住んでいるシロちゃん達が、そうそう来れるわけないんだから…」
「……」
なぜかタマたちは不自然なほどに黙り込む。
「あのね真人さんが言ってたんだけど、九州にはね、シロちゃんやクロちゃんにそっくりの猫たちが、たくさんいるんだって!いいな~!九州!私もいつか行ってみたい!…あっ!シロちゃんたちといえば…、ねぇ!この集会に、シロちゃん達は来てないの?」
「えっ?シロさんたちですか?いえ…。外でたまに会うことはありますが、この集会には来ていません…。そもそもですね、佳奈ちゃん、シロさんとクロさんは…」
「?」
「ちょっと!タマ!スト~ップ!」
そう言って、ウタがタマの口をふさいだ。
「その事は、内緒にしてくれって、あの方たちに頼まれたでしょ~?!」
「で、でも、別に約束したわけでもないですし…、頼みをきく義理は…」
「いいえ。あの方たちの気分を害する事は、できる限り避けた方がいいでしょう…。よほどの事がない限り…」
「?3人とも、なんの話をしてるの…?シロちゃんとクロちゃんたちの話?私にも教えて~!」
「!な、なんでもないのよ~!全然、大した話じゃないの~!」
「ええ~?うそだ~!教えてよ~!ねぇ~!」
「くっ…!こうなったら…!みんなっ!佳奈ちゃんに、もふもふア~ンド肉球攻撃!」
「にゃにゃ~っ!」
「えっ…!ええ~っ!」
なんとウタの呼びかけにより、集会に集まっていた猫たちが、一斉に佳奈子に飛びかかってきたのだ。
「にゃにゃ~っ!にゃお~ん!」
「も、もふもふで、ふわふわで、ぷにぷにだ…!ああ~!幸せ~!もう何も考えられない~!」
佳奈子は猫たちにスリスリと頬ずりされ、もう夢見心地だ。
それを見たウタたちは、ほっと一安心する。
「ふぅ…。危なかった…。これで佳奈ちゃんは、きっと今の話を忘れてくれるわね~。…それにしても、さっきの話、どう思う~?」
ウタは、タマとネネに聞く。
「…シロさんたちの気に似た猫がいるとは思えません…。真人さんは、ウソをついているかと…」
「そうですよね…。でも、一体どうして…。…真人さんは、何を考えているんでしょう…」
タマたち3人は、難しい顔で考え込む。
一方、佳奈子は…、
「ああ~!幸せ~!ここは天国だ~!」
猫たちに埋もれ、メロメロになっていたのであった…。
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