はごろも伝奇

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28. 伝説・外伝の続き

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 伝説の本編ではかたられなかった、大妖怪・九尾きゅうびの存在…。

 しかし、外伝では、その九尾たちの、思いと行動がかたられていた…。

 祖母の絹代から、その話を、初めて聞いた佳奈子は、そんな九尾の姿を、想像する…。

「…それにしても、九尾かぁ…。ウチのバカ先祖せんぞと、九尾に、そんな関係があったなんて…。九尾って、神様に近いって言われるくらい、並外なみはずれた力を持ってるんでしょ…?そんな相手にうらまれたら、怖いよね…。実際じっさい、村は、おそわれる一歩いっぽ手前てまえだったわけだし…。伊氏これうじが死んだあと、村人たちが、すぐに、子供の妖狐ようこを、解放かいほうしてくれて良かったよ…。そうじゃなきゃ、村は、ほろぼされていたかもしれないし…」

 佳奈子は、九尾たちにほろぼされた村を想像する…。

 村の、あちこちからけむりが上がり、何人もの村人たちが、血を流し、たおれている…。

 そして、そんな村の中で、九尾たちは、コーン…!と、たけびを、げているのだった…。

「ああ…。子供を解放するのが、少しでもおそければ、村は、そうなっていただろうね…。そうならないでんだのは、村人たちが、バカじゃなかったおかげだよ…」

 絹代が、そう、村人たちの話をする。

「えっ…?それって、どういう意味…?」

 佳奈子は絹代に聞く。

「…村人たちは、気づいていたんだよ…。九尾たちが、自分たちの行動を、見ていることに…」

「えっ…?!そうなの…?!」

「ああ…。外伝には、村人たちの話もっているんだ…。小鬼こおにたちが、き出してきて、村人たちが、その対応たいおうに、われていた時のことがね…」

 絹代はそう言って、話を続ける…。

「…そこには、こう書かれている…。「私たちは、小鬼のほかに、異常いじょうな数のキツネたちが、まわりにいる事に気づいた…。しかも、が、何本もあるキツネたちだ…。そのキツネたちは、殺気のこもった目で、私たちを見ている…」ってね…」

「ああ…、九尾たちが、ブナガヤに言われて、なぐみするのを、いったん保留ほりゅうにして、様子見ようすみを、していた時かな…?」

 佳奈子は、さっき聞いた話を思い出す…。

「ああ、そうだろうね…」

「じゃあ、村人たちは、その時、初めて、九尾たちにおそわれるかもって、気づいたんだ…?襲われるギリギリだね」

「いいや…。襲ってくる相手がかったのは、その時だろうが…、もっと前から、村人たちは、妖怪たちが、襲ってくるだろうって思っていたんだ…」

「えっ…?そうなの…?」

「ああ…。村人たちは、櫻未さくらびさまを取り戻しに、天降女あもれおなぐたちが襲ってきた時のことを、ずっと気にしていたんだよ…。伊氏これうじのヤツは、その後も、妖怪たちを、さらい続けたし、きっと、また同じことが起きる…。そう思っていたんだ…」

「そっか…。前例ぜんれいがあるんだもんね…」

「ああ…。村人たちは、「こんな事がこの先も続けば、いつか、村は、ほろびてしまう…」…そう恐れていた…。そうでなくとも、伊氏これうじのような、やり方を許していたら、この村の、村人たち全員が、悪事あくじ加担かたんしていると思われて、人からも、妖怪からも、反感はんかんを買ってしまう…。そして、そのせいで、まっとうなやつらと、よしみをむすべないのは、大変な痛手いたでだ…。村人たちは、そう思って、なんとかしたいと、悩んでいたんだ…」

「そうだったんだ…」

「ああ…。だから、櫻未さくらびさまが、伊氏これうじのヤツを殺してくれて、村人たちは、心底しんそこ、感謝したんだよ…。伊氏これうじは、いわば、極悪非道ごくあくひどうの犯罪者…。村人たちの、ずっと頭痛ずつうのタネだった…。それを取りのぞいてくれたんだからね…」

 絹代は、そう言って話を続ける。

「…とはいえ…、櫻未さくらびさまのやった事は、まぎれもなく、復讐ふくしゅうのための殺人だ…。今の時代なら、許される事じゃない…」

「えっ…?許される事じゃないって…。…じゃあ、まさか、おばあちゃんは、あの伊氏《これうじ》を、野放のばなしにすれば良かったって思ってるの…?何もしない方が良かったって…?…信じられない…!まさか、そんなふうに思ってたなんて…!ひどいよ…!」

 佳奈子は怒る。

「…落ち着きな、佳奈子…。別に、伊氏これうじのヤツを、野放しにすれば良かったなんて、思ってないさ…」

「えっ…?じゃあ…」

「…けどね…、今は、どんな理由があったって、復讐ふくしゅうで、人を殺しちゃいけないって、法律で決まってるんだ…。お前も、人を殺すことが、罪になるって、知っているだろう…?」

「そ、それは、もちろん知ってるけど…。でも、櫻未さくらびさまは、あんなにひどい目にったのに…」

「…あのね、佳奈子…。もしも、復讐ふくしゅうが、許される社会に、なっちまったら、大変なことになるんだよ…。一体、どんなことになるのか、お前は、ちゃんとかっているかい…?」

「えっ…?どんなことに…?…えっと…、それは…」

 佳奈子には、うまく想像することが出来なかった…。

「…復讐ふくしゅうってのはね…、さらなる復讐を呼ぶんだよ…。やられたら、やり返すってり返してるうちに、関係のない、まわりのヤツらまでもが、まれるようになる…。すると、関係のなかった、そいつらまでもが、復讐に走りだすかもしれないんだ…。そうなれば、復讐は、永遠に終わらないどころか、あちこちで、おこなわれるように、なるかもしれない…」

 絹代は、むずかしい顔でそう言って、話を続ける…。

「…そうして、あちこちで、暴力がおこなわれるようになれば、暴力が日常化にちじょうかして、あらそいはエスカレートしていく…。すると、治安ちあんは、どんどん悪くなる…」

 絹代は、怖い顔で、さらに話を続ける…。

「そうして、治安が悪くなりすぎて、取りまれないほどに、犯罪が増えちまえば、法を無視するヤツらも出てくるだろう…。そうやって、町が無法むほう状態じょうたいになっちまえば、ますます犯罪は増えるし、食料や、生活品が、必要な人にとどかなくなって、しまいにゃ、経済活動もまっちまうかもしれないんだ…。…復讐を認めるっていうのは、そういう危険なことなんだよ…」

「………」

 佳奈子は、まさか、そんな事になるなんて…、と、何も言えなくなる…。

「…しかも、過去に起きた復讐ふくしゅうの中にはね…、ウソのウワサを信じちまったヤツらが、まったく、罪のない人間を、殺しちまった例もあるんだ…」

「えっ…?!罪のない人を…?!」

「ああ…。…人間は、うらみなんかの感情が強すぎると、無意識むいしき偏見へんけんや思いみが起こるのさ…。そのうえ、感情が高ぶりすぎると、冷静に情報を判断できなくなるんだよ…。だから、感情で人をさばくってのは、すごく危険なことなのさ…」

(………。…確かに…、怒りに心が支配しはいされてたら、冷静でなんかいられない…。けど、そのせいで、まったく罪のない人をきずつけちゃうなんて、絶対ダメだ…)

 佳奈子は、復讐ふくしゅうおそろしさに気づいた…。

「そんな恐ろしいことにならないように、復讐は、禁止されているのさ…。そして、そんな復讐が、起こらないように、法律や、制度が作られてきたんだ…。悪いヤツらが、公正こうせいさばかれて、被害ひがいった人たちが、救済きゅうさいされるようにね…」

 絹代は、そう言って、話を続ける…。

「ほかにも、復讐じゃない、別の解決策かいけつさくを、考えられるように、人権じんけんや、多様性たようせいを学ぶ教育も、進められている…。そんなふうに…、復讐の連鎖れんさが起こらないように、いろんな取り組みがされているのさ…。そういう対策はね、復讐が、おおやけに、認められていた時代から、考えられてきたんだよ…」

「えっ…?!復讐がおおやけに認められていた…?!そんな時代があったの…?!」

 佳奈子は驚く。

「ああ…。復讐ってのはね、近代的きんだいてき法治ほうち国家が出来るまでは、結構けっこう、いろんな国の社会に、根付ねづいていたんだ…。日本もそうさ…」

「えっ…?!日本も…?!」

 佳奈子には、初耳はつみみだった…。

「ああ…。江戸時代なんかは、復讐は、仇討あだうちって呼ばれていて、一定の条件をたせば、おおやけに許可されていたんだよ…。…ちなみに…、仇討ちあだうちたした者に対して、たれたがわの関係者が、さらに復讐をすることを、「重敵かさねがたきち」っていうんだが…、それは禁止されていた…。…まぁ、禁止されても、それをやっちまったヤツらは、いたらしいがね…」

「………」

「昔の江戸幕府も、復讐の連鎖れんさふせごうと、努力はしていたみたいだ…。けど、完全にはふせげなかった…。復讐を認めていたぶん、なおさらね…」

「………。…ねぇ、おばあちゃん…、どうして昔は、そんな復讐を、おおやけに認めていたの…?復讐は連鎖れんさしていくって、かっていたんだよね…?」

 佳奈子は聞く。

「ああ…。もちろん、かっていたさ…。だからこそ、「重敵かさねがたきち」は禁止されていた…。…けど、昔は、今みたいな、しっかりした法律や、制度せいどが、まだなかったんだ…。その事が、仇討あだうちが、認められていた事と、大きく関係してるって言われているよ…」

 絹代は、そう説明する。

 しかし、佳奈子は…、

「…制度せいどが、まだなかった…。…制度…。…え~っと…、ごめん、おばあちゃん。話をるみたいで悪いんだけど…、制度って、どういうのだっけ…?法律はかるんだけどね…?…なんか、制度がどういうのだったか、うまくイメージできなくって…」

 佳奈子は、苦笑にがわらいしながら、絹代に聞く…。

「ん?学校でおそわってないのかい…?」

「えっ?!…う~ん…。教わったような…、そうじゃないような…。制度って言葉自体じたいは、よく聞くんだけど…」

「言葉を知ってるなら、教わっているはずさ。聞いたのが昔すぎて、忘れちまったってヤツは多いだろうが…、お前は、現役げんえきの学生だろう…?まったく、お前は、どわすれが多いねぇ…」

「うっ…!そうかも…」

「はぁ…、説明するから、ちゃんと思い出しな。制度せいどっていうのはね、その法律を、どこで、どんなふう活用かつようして、その責任せきにんが、どこにあるのか、ってのを、具体的ぐたいてきに決めた、仕組しくみのことさ。…思い出したかい…?」

「…う~ん…。やっぱり思い出せない…。…その仕組みって、どういうことをいうの…?なにかれいげてみてくれない…?」

「例…?そうだねぇ…。…たとえば、交通事故をこすのはダメだっていう、法律を作ったとするだろう…?それで、その事故をふせぐための対策や取り組みが、制度って呼ばれるんだよ…。たとえば、信号機しんごうき標識ひょうしきなんかを設置せっちして、安全な道路環境を作るのがそれだね…。あと、安全な車を評価して、普及ふきゅうさせるのもそうだ…。それに、交通安全教育を実施じっしするのもそうだし…、運転免許制度を充実じゅうじつさせるのもそれだね…。そういうのも全部、制度の中にふくまれるんだよ…。法律の目的を達成たっせいするための、具体的な仕組みだね」

「おお~!なるほど…!そういうことか~!うん…!わかったよ…!」

「やっと思い出したかい…。つまり、法律だけがあってもダメだし、制度だけがあってもダメなんだ…。両方がしっかりないとね…。…だけど、昔は、その法律も、制度も、今ほど、しっかりは、してなかったんだ…」

「?それはどうしてなの…?昔だって、世の中を良くしたいって思って、法律を考えてる人たちは、いたんだよね…?」

 佳奈子はそう、疑問に思う。

 …昔だって、法律はあったんだし、それを作ろうと考えている、頭のいい人や、正義感の強い人たちは、いたはずなのに…、と。

「…法律と制度をととのえるってのはね、簡単かんたんなことじゃないんだよ…。問題が起きないように、綿密めんみつな準備が必要になる…。まぁ、なかには、比較的ひかくてき、早くに、整備せいびが出来るものも、あるんだが…。大抵たいていの法制度は、整備するのに、長い時間と、膨大ぼうだいな費用がかかる…。それと、専門的な知識を持った、優秀な人材も、大量に必要になる…。だから、世の中に、法律や制度を、根付ねづかせたいと思っても、そう簡単には、いかないのさ…」

「…そういうことかぁ…」

「ああ…。だから、今の発展はってん途上国とじょうこくなんかで、水道や電気なんかの、インフラがととのっていないからって、「その国にはバカしかいないんだ」、とか、「正義感のあるヤツがいないんだろう」、なんて思うのは、偏見へんけんだからね。…けどまぁ、国民を思う、正義感にけてる権力者、ってのは、わりと、どこにでも、いるんだけどね…」

 絹代は、そう言って、ため息をつく…。

 ちなみに、発展はってん途上国とじょうこくとは、今でいう、開発かいはつ途上国とじょうこくのことである。

 1970年ごろは、その呼び方がされていた。

「…そっか…。法律と制度をととのえるのは、大変なことなんだね…」

 佳奈子は、今まで、あまり考えた事がなかった…。

「ああ。日本の江戸時代だってそうさ。正義感のある天才はいた。…けど、財政的ざいせいてきな問題があったり、必要な人材がりなかったり、権力者たちの協力や、理解がられなくて、法制度ほうせいどを、十分じゅうぶんととのえることが出来なかったんだ…。世の中を良くしたいって思っていても、それが出来なくて、くやしい思いをしていたんだよ…」

「…そっか…」

「だから、昔は、法律はあっても、制度が、十分じゅうぶんととのってなくて、法律がうまく機能きのうしてない…、法律の力がおよばない…、っていう、場所や状況じょうきょうが、今とは、けた違いに多かったのさ…」

 絹代はそう言って、難しい顔で話を続ける…。

「そのせいで、昔は、法律じゃさばくことが出来ない、悪いヤツらが、たくさんいた…。そして、当時の公権力こうけんりょくじゃ、処罰しょばつできない、そんなヤツらを、なんとかするために、被害者ひがいしゃの関係者たちに、処罰を委託いたくする形で、仇討あだうちが、認められていたんだよ…」

「…なるほど…。そういう背景はいけいがあったんだ…」

「ああ…。そんなふうに、江戸時代ですら、法制度が十分じゅうぶん機能きのうしてなかったんだ…。それよりもずっと前の、櫻未さくらびさまが、この地にいた、千年以上前なんか、今とはくらべ物にならないくらい、法制度が、機能していなかった…」

 絹代は難しい顔をしたまま、話を続ける…。

「つまり当時は…、公権力こうけんりょくが、被害ひがいってる人間を、助けてくれることなんか、ほとんどなかったんだ…。だから、千年以上前は、自分たちの被害は、自力じりきで解決する以外なかった…。助けてくれる人が、誰もいないんだからね…。それ以外に、秩序ちつじょを守る方法がなかったんだよ…」

 絹代は難しい顔で、さらに話を続ける…。

「しかも、当時は身分制度があったし、人権や、多様性を、考えるような教育なんか、ほとんどなかった…。…そんな社会を、想像してごらん…?いくら呼んでも、警察けいさつは来てくれない…。あらそいを、公平こうへいさばいてくれる、裁判所さいばんしょもない…。学校もないから、みんな、ほとんど教育を受けてない…。…そんな時代の人間たちの、正義ってのは、今のアタシたちとは違うのさ…。…だから、そういう時代には、復讐は、正義として、認められる場面も、少なくなかった…」

「………」

 佳奈子は、…確かに、そんな世の中だったら、復讐は絶対ダメ…!って、言ったとしても、多くの人たちは、理解してくれないかも…、と思った…。

「そして、そんな時代だったから、櫻未さくらびさまがやった復讐も、当時は、正義だって、みなされたんだよ…」

「…正義…」

「ああ…。…伊氏これうじのような、残虐ざんぎゃく非道ひどうの人間が、罪の意識もなく、のうのうと生活している…。大勢おおぜいの者たちが、ヤツにしいたげられているのに、誰も助けてくれない…。ヤツをさばいてくれる者が、いない…。ヤツの被害ひがいを、放置ほうちつづければ、社会全体の安全が、ずっとおびやかされ続ける…。そして、社会の秩序ちつじょを取り戻すための方法が、ヤツに復讐する以外ない…。…そんな状態だったから、櫻未さくらびさまの復讐は、報復的ほうふくてき正義せいぎだって、みなされたんだ…」

「………」

「…だが、勘違かんちがいするんじゃないよ佳奈子。今と昔じゃ、環境がまったく違うんだ。今は、復讐をする以外にも、いろんな問題の、解決法がある…。それなのに復讐を選ぶって事は、社会全体の安全を、おびやかすことに、つながりかねない…。だから、復讐は禁止されている…。そこを、はき違えるんじゃないよ…!」

「…うん…。…わかったよ、おばあちゃん…」

 佳奈子は、真剣しんけんに、うなずいた…。

「…そうかい…。…わかってくれて、よかったよ…」

 絹代はそう言って、おだやかに笑った。

「…おばあちゃん…。さっきは、ごめんね…、怒っちゃって…。私…、復讐の怖さを、ちゃんとかってなかった…。おばあちゃんは、それが分かっていたんだね…。…それに、櫻未さくらびさまだって、もしも自分のせいで、みんなが、復讐はいいことだ、なんて思うようになっちゃったら、きっとイヤだって思うよね…」

 佳奈子は、そう思った…。

「ああ…、そうだろうね…。…櫻未さくらびさまは、「罪のない妖怪たちを、自分のような目には、してわせるな」…そう、おっしゃった…。それは、「妖怪たちを奴隷どれいにするな」って意味があるのは、もちろんだが…、きっと、「自分のようには、復讐で、手をよごしたり、させるな」…そういう意味もあったんだろう…」

「えっ?!そうだったの…?!」

 佳奈子は、今まで、そのことに気づかなかった…。

「ああ…、たぶんね…。伝承の中にあるのさ…。伊氏これうじを殺した櫻未さくらびさまは、ちっとも、気が晴れた顔を、していなかったってね…。それどころか、恐ろしく暗い目をしていたって…。外伝には、奴隷にされる前の櫻未さくらびさまを、知っている妖怪の話もってるんだが…、櫻未さくらびさまは、復讐で誰かを殺すなんて、絶対にしないような、やさしい心の方だったそうだ…。それなのに、復讐に手をめて、さぞかし、おつらかっただろう…。きっと、実際に復讐をしてみて、その後味あとあじの悪さを知ったから、他の妖怪たちには、そんな事は、してほしくはないって、思ったんだろうね…」

「そっか…」

「だから、櫻未さくらびさまのような、つらい思いをする人をまないように…、被害ひがいった人が、自分で復讐なんか、しなくてもむように…、平和な世界を、作っていかなきゃいけないよ…」

「…うん…。そうだね…」

 佳奈子は、今、心から、世界が平和になってほしい…、と、思った…。

「…ねぇ、おばあちゃん…、今って、昔とくらべたら、ずっと平和な世界になってるよね…?櫻未さくらびさまも、喜んでくれているかな…?」

「ああ…。きっと喜んでいらっしゃるさ…。櫻未さくらびさまはもちろん、櫻未さくらびさまを、最初に、神としてあがめ始めた、村人たちも、きっとね…」

「えっ…?村人たちも…?」

「ああ…。さっきも言ったが、伝承があった時代…、村人たちは、伊氏これうじのヤツに虐待ぎゃくたいされて、仕方しかたなくヤツにしたがっていた…。だが、その間も、村人たちは、伊氏これうじのやる事が、まわりから反感はんかんを買うのは、当然だって思っていたし、そのせいで、復讐におびえる日々は、もうイヤだって思っていたんだ…。平和がしいって、ねがっていたんだよ…」

 絹代はそう言って、話を続ける…。

「だから、櫻未さくらびさまが、伊氏これうじのヤツを殺してくれて、そのうえ、「罪のない妖怪たちを、自分のような目には、してわせるな」…そう言ったとき、村人たちは、「これは…、平和を手に入れるための、チャンスだ…!」…そう思ったそうだ…。「この機会きかいを、のがす手はない…!」ってね…。だから、村人たちは、喜んで、櫻未さくらびさまのめいに、したがうことにしたんだよ…」

「?なんでそれが、平和を手に入れるためのチャンスなの…?」

 佳奈子には、よく分からなかった…。

「ん?だって、その当時、村は、伊氏これうじのせいで、人からも、妖怪からも反感はんかんを買っちまっていて、信用も失墜しっついしていたんだよ…?伊氏これうじが死んだとはいえ、一度、うしなっちまった信用ってのは、なかなか取り戻せるものじゃない…。だから、その信用を取り戻すために、村人たちは、櫻未さくらびさまを、神としてまつり、信仰しんこうしようって考えたんだ…。そうすることで、「自分たちは、思いやり深い、櫻未さくらびさまの教えを、熱心に守る、思いやりを持った人間に、生まれ変わったんだ…!」…そう、周りにアピールしようとしたのさ…。そうやって、自分たちの信用を、取り戻そうとしたんだよ…。平和を手に入れるために…」

 絹代は、そう解説する…。

 しかし、佳奈子は…、

「…あ、あれっ…?信仰しんこうって、そういうものだったっけ…?なんか、下心したごころみたいなのを、すごく感じるんだけど…。いや、平和を求めるのが、下心かって言われたら、何とも言えないんだけどね…?でも…、それってなんかさ…、悪い人たちが、まわりから疑われないように、どこかから、神父さんや、シスターの服を手に入れて、それを着て、空港くうこうのチェックを通りけようって、考えるのと、おんなじような気が…」

 そう思った佳奈子の頭には、その村人たちのイメージが浮かんだ…。

 ババーン…!っと、それまで着ていた服を、いきおいよくて、神父さんとシスターの格好かっこうになった、村人たちの姿すがたが…。

 そして、村人たちは…、

「ワタシたちは~、神様の敬虔けいけん信徒しんとに~、う、ま~れ変わりマシタ~!アナタは~、神を~信じマスカ~?」

 そう、おかしな日本語で話しだす…。

(…あやしい…!怪しすぎる…!これって、悪い人たちの、やりくちと、そっくりじゃない…?!)

 佳奈子は、そう思った…。

 そして、佳奈子は、ある事に気づいてしまった…。

(はっ…!そうだ…!悪い人たちが、神父さんやシスターのフリをするのは、みんなが、神父さんたちに、「信頼しんらいできる人」っていうイメージを持ってるからだ…。悪い人たちは、それを利用しようとした…。そして、みんなが信頼するイメージの中には、平和な町や、国も入るんだ…)

 佳奈子は、そう気づいた…。

(…だから、悲しい事だけど、平和な国に住みたいって考えてるのは、本当に平和を、愛している人たちだけじゃない…。平和な国に対して、みんながもってる、誠実せいじつさや、信頼なんかのイメージを、悪いことに利用したい、って考える、悪者わるものたちだっているんだ…。…もしかして、村人たちも、それと、おんなじだったんじゃ…?!)

 佳奈子の心に、村人たちへの、うたがいの気持ちが芽生めばえ始めた…。

「…ねぇ、おばあちゃん、まさか、村人たちが、実は、悪い人たちだった…、なんて、オチはないよね…?!」

 佳奈子は、不安になって、確認をせずに、いられなくなる…。

 自分の頭に浮かんだ、村人たちのイメージが、あまりにも、悪い人たちの行動と、て、見えてしまったがために…。

「あ?村人たちが、悪いヤツ…?…そんなオチ、あるわけないだろ…?そもそも、村人たちは、なにも、悪いことをしようとして、そんな事をしたわけじゃない…。実際、その後、村人たちは、櫻未さくらびさまの教えを、しっかり守って、信仰したしね…。その教えを広めようと、布教ふきょうだってしたんだから…」

「いや…、布教ふきょうをしたのは、自分たちの保身ほしんためだってふうにも、とれるんじゃ…」

 …普通、まともな宗教が、布教をおこなう目的は、多くの人々のささえとなり、人々に、救済きゅうさいをもたらすため…とされている…。

「…あのね、佳奈子…。村人たちは、どうしても平和な生活がしかったんだよ…。だが、平和な生活を送るためには、経済的な安定が必要になる…。村人たちは、そうかっていたのさ…。だから、そのために、信用が欲しかったんだよ…」

「平和な生活のためには、経済的な安定が必要…?そうかな…?貧乏びんぼうだって、幸せには、なれるよね…?つつましやかな幸せって、よく言うじゃない…?」

 佳奈子はそう思う…。

 だって、佳奈子は今、お金持ちの祖母の家でらしているが…、4年前までは、東京で、わりと、ビンボーに暮らしていたのだ…。

 けれど、ビンボーながらも、家族みんなで、楽しく暮らし、幸せだった…。

「は~い…!今日のごはんは、たい焼きの野菜いためよ~?!」(母)

「わ~い…!今日もだ~!」(佳奈子)

 こんなふうに…。

 ちなみに、佳奈子は、この料理が大好きだったが、学校の遠足えんそくで、お弁当のおかずとして持って行ったときには、周りから、かなり驚かれた…。

 佳奈子が、そんなふうに、ビンボーながらも、楽しい生活を思い出していると…。

「…それは、ある程度までの貧乏だよ…。その日の食べる物もない、貧困ひんこんって呼ばれるくらいにまで、貧乏になっちまえば、幸せだなんて、とても言ってられないさ…」

「あ、それは、たしかに…」

「…まずしくて、生活が、しんどすぎるぐらいにまで、なっちまえば、昔も、「百姓ひゃくしょう一揆いっき」や、「ちこわし」なんかが、起きただろう…?だから、そういう争いを起こさない為にも、経済の安定は、必要なのさ…」

「そっか…」

「そしてその為には、村の外のヤツらと交易こうえきをして、利益を得る必要があった…。他にも、塩みたいな、村では手に入らない、生活に必要な品を、村の外から、手に入れる必要もあったしね…」

「塩…。そっか…。生きていくためには、塩は絶対に必要だもんね…。…あ、でも、それまでだって、塩は必要だったはずでしょ…?ってことは、もうすでに、村の外の人と、交易こうえきをしていたんじゃないの…?」

 塩が、村で手に入らないのなら、そうしていたはずだ…、と佳奈子は気づく。

「ああ。交易はしていたみたいだね。だけど、それはね、伊氏これうじが気に入っていた、悪徳あくとく商人と、だったんだよ…」

「悪徳商人…?!それって、法外ほうがいな値段で商品を売りつけたり、偽物にせものを売りつけたり、強引ごういんに、すごい安値やすねで、品物しなものを、買い取ろうとする人たちの事でしょ…?!なんで、そんな人たちと、交易なんかしてたの…?!」

 佳奈子は驚く。

「…村人たちだって、別に好きで、そんなヤツらと交易こうえきしていたわけじゃないさ…」

「じゃあ、どうして…」

「…伊氏これうじのせいだよ…」

「えっ…?!」

「…アイツはね、村の外から来た、旅商人たびしょうにんや、旅芸人たびげいにんであろうとも、気にいらないと、つかまえて、人買いに売ることがあったのさ…」

「なっ…?!」

「だから、まっとうな商人たちは、怖がって、村に近づかなく、なっちまっていたんだ…。まっとうな商人が来ないんだから、悪徳商人とかっていても、そいつらと交易するしかない…。そして、悪徳商人たちも、それが分かっていた…。だから、村人たちに、えらい高値たかねをつけて、商品を売りつけてくるし、村人たちの品を、とんでもない安値《やすね》でしか、買い取らない…。村人たちの中には、伊氏これうじが、いない時代を知ってるヤツもいたから、それが普通の事じゃないって分かってはいたが、どうする事も出来なかったんだ…。だから、村人たちは、早く、まっとうな商人たちと、取引できるようになりたい…、って願っていたんだよ…」

「…そうだったんだ…」

「ああ…。だが、伊氏これうじがいなくなったからって、すぐに、まっとうな商人たちが、来てくれるわけじゃないって、村人たちは気づいていたのさ…」

「?どうして…?伊氏これうじはいないのに…」

「それはね…、つかまるのをのがれた、旅芸人たちが、仲間を売られたことをうらんで、村の悪いウワサを流していたからさ…。あの村の連中は皆、誰彼構だれかれかまわず、おそいかかってきて、暴力をふるう、極悪非道ごくあくひどうのヤツらだ、ってね…。そのウワサのせいで、ここの村人たちは、まわりの村から、反感はんかんを買っちまっていたのさ…」

「うわぁ…。村人たちは、そんな事はしてないのに、そんなふうに言われてたんだ…。ウソのウワサって、怖いね…」

「ああ…。ほんとにね…。当時の村人たちの心痛しんつうを思うと、心がいたむよ…」

 絹代は、そう言って、いたましそうな顔をする…。

 …ちなみに、佳奈子が起こした、あの「ミノムシ事件」のウワサ…。

 あの事実とことなる、ゆがめられたウワサには、絹代も、少し関係している…。

 まぁ、絹代は、孫の佳奈子が、世間からめられないようにしたい、と思っただけで、具体的にウワサの指示を、したわけではないし、山崎と山田を、めようと、思ったわけでもないのだが…。

 ただ、あの事件によって、深刻しんこく風評被害ふうひょうひがいを、受けることになるかもしれない…!…と、怒ってしまった、八乙女やおとめ一門いちもんたちが、ウワサで、彼らに報復する事を考えたのは間違いない…。

 それと…、絹代は、佳奈子への処分しょぶんおもかった場合、賄賂わいろおくってでも、その処分を変えようと考えていたが…、賄賂わいろというものが、社会に横行おうこうしてしまうと、不正が多くなって、公正こうせいな取引が出来なくなり、社会が腐敗ふはいしていくことは、みなの知るところである…。

 そして、そんな事をしていると、平和な世界からは、どんどんとおのいていくのだが…。


「まったく…!そんなウワサを流されちゃ、たまったもんじゃないね…!…だが、村人たちは、そんな事はしなかったんだが…、伊氏これうじのヤツは、しょっちゅう、村人たちに虐待ぎゃくたいをしていた…。だから、この村に、来たり、住んだりすれば、暴力を受ける事に、変わりはなかったんだ…。そして、そんな村になんか、よめ婿むことして、来たがるヤツは、いないのさ…」

 絹代は、そう怒りながら言う。

「あ、それはそうだよね…」

 佳奈子も、その状況を思い浮かべる…。

「ちなみに、お前も知っているだろうが…、血縁けつえんの近い者どうしで結婚すると、生まれてくる子供に、身体的しんたいてき異常いじょうあらわれる事が多い…。それは、昔のヤツらもかっていたんだ…。だから、血がくなりすぎないように、となりの村から、よめ婿むこをもらうことは、よくあったんだよ…。…だが、そのウワサのせいで、この村は、それが出来なく、なっちまっていたってわけさ…」

 …ちなみに…、当時の村人たちが暮らしていた、千年前の平安時代…。

 その時代は、「一夫いっぷ多妻制たさいせい」だったと、思っている人が多いと聞くが…、それは誤解ごかいである。

 実際は、「一夫いっぷ一妻制いっさいせい」が原則げんそくで、誰しも、正妻せいさいは一人だけだった。

 ただ…、正妻せいさい以外の女性…(妾《しょう》)と、関係を持つことを、容認ようにんする文化があったのである。

 なので、平安時代は、「一夫《いっぷ》一妻いっさい多妾制たしょうせい」と、呼ばれることも多い。

 それと、当時、正妻せいさいと、しょうとの待遇たいぐうには、大きな差があった…。

 正妻との間に生まれた子ども…(嫡子ちゃくし)と、しょうとの間に生まれた子ども…(庶子しょし)とには、そのあつかいにも、大きな差があったそうである…。

 また、平安時代は、おもに、男性が女性の家に入って生活する「婿入むこいこん」が一般的であった。

 ただ、現在のような、女性が男性の家に入る「嫁入よめいり婚」も、一部では見られたようである。


「そっかぁ…。そんなウワサがあったんじゃ、もし、となりの村とかに、ステキな人がいて、その人と、村人たちが、仲良くなりたいって思っても、むずかしいよね…。そんな、極悪ごくあく非道ひどうだって言われてる人を、警戒けいかいしない方が、おかしいし…」

人や、物事ものごとを、偏見へんけんで見るのは、よくないが…、とても危険だと言われているものに対して、まったく警戒をしないのは、不用心ぶようじんぎるだろう…。

「…そっか…。だから、村人たちは、そんなに信用がしかったんだ…」

 佳奈子は、やっと理解した…。

「ああ…。まわりと、平和な関係を作るにはね…、おたがいの信頼…、約束なんかをした時に、それを守ってくれる、誠実せいじつな相手かどうか、って事が、すごく重要になるんだよ…」

 絹代はそう言って、話を続ける…。

「今だって、国の経済を発展はってんさせるためには、国内外こくないがいからの、投資とうしが不可欠だ。それに、貿易を活発にする必要もある。そして、そのためには、貿易先ぼうえきさきの国が、宗教とかの対立や、暴力が少ないこと。約束を守ってくれる、誠実せいじつな国だってこと。そういうのが、重要になってくるんだ。そういう国は、安心して取引きが出来るから、投資家たちや、商人たちにとって、魅力的みりょくてきで、多くの金が、集まってくるのさ。だから、安心できない、信頼しんらいできない国や店には、金は集まらないのさ。…まぁ、そこに、魅力的な、資源しげんでもある、っていうんなら、話は別だけどね」

「なるほど~」

「だから、それがかっていた村人たちは、まわりの村からの、信用がしかったんだ…。…とてもね…。…当時の村人たちが、どれほど、平和を望んでいたか…、それが、伝承でんしょうには、しっかりとのこされているんだ…。村人たちの、悲痛ひつうな思いがね…」

「あ、そうなんだ…?」

「ああ…。伝承には、こうある…。「隣村となりむらと、まっとうに商売をして、もっと魚が食べたい…」ってね…」

「魚…?」

「ああ。ここは、内陸ないりくだからね。魚は、手に入りずらかったんだ。平安時代なんかは、魚は、めったに食べられない、ごちそうだったんだよ」

「へぇ~。そうだったんだ…」

「それに、伝承には、こうも書かれている…。「隣村となりむらの、うまい、酒粕さけかすしい…。それで作った、「糟湯酒かすゆざけ」が飲みたい…」って…」

「かすゆざけ…?かすゆざけ、って、なぁに…?おばあちゃん」

「ん?ああ…。「糟湯酒かすゆざけ」っていうのはね、酒粕さけかすを、おかして作った、代用酒だいようざけのことさ。その当時、酒は貴重品きちょうひんでね…。庶民しょみんたちは、酒なんて、めったに、口にすることが出来なかった…。だから、まずしい庶民しょみんたちは、比較的ひかくてき、安く手に入る酒粕さけかすを使って、その「糟湯酒かすゆざけ」を作っていたんだ。そして、それを、塩をなめながら、すすって飲んでいたんだよ…。「糟湯酒かすゆざけ」は、アルコール度数が低いから、うためっていうよりも、寒い夜、体を温めるために、飲んでいたみたいだね…。当時の人間にとっちゃ、「糟湯酒かすゆざけ」は、寒さをしのぐための希望だった…、ってふうに言われているよ…」

「ふぅ~ん…。そうだったんだ…。…昔は、おさかなも、めったに食べられないし、ココアみたいな飲み物もなかったんだね…。村人さんたち、大変だっただろうな…」

 佳奈子は、当時の、きびしい生活を想像する…。

「ああ…。当時の村人たちは、日々、なげいていた…。だから、伝承には、さらに、こうも書かれている…」

「あ、まだ、続きが、あるんだ…?」

「ああ…。…年頃としごろの村人たちは皆、悲しんでいた…。「…なんで、この村には、ブサイクしか、いないんだ…」…ってね…」

「…えっ…?ブサイク…?」

「村の、若いむすめたちは、みんな思っていた…、「アタシは…、隣村となりむらから、やさしくて、カッコいい~、お婿むこさんが、もらいたいっ…!…ってね…」

「え…」

「そして、村の、若い男たちも、みんな思っていた…、「オラは…、隣村となりむらの、やさしくて、かわいい~、の所に、婿入むこいりがしたいっ…!」…ってね…」

「ええっ…?!昔の村人、みんな面食めんくい…?!」

 佳奈子は驚く。

 ちなみに、面食めんくいとは、顔立ちのよい人ばかりを好むことである。

 今でいう、ルックス重視じゅうしの人とか、イケメンや美人をこのむ人が、それにあたる。


「いや、別に、面食めんくいが、悪いとは言わないよ?!そういう夢や、あこがれをもつのは、全然、悪い事じゃないし…!でも、人は、外見がいけんじゃなくて、中身だと思うよ…?!中身…!見た目じゃないって…!」

 佳奈子はそう、主張する。

「ま、つまりだ…、村人たちには、そういう事情があったのさ。だから、村人たちが、櫻未さくらびさまを神としてまつったのは、ただの恐れや、感謝の気持ちだけじゃなかったんだ…。村人たちの思惑おもわくが、おおいに関係していたんだよ。…ったかい?」

 絹代は、そう、佳奈子に確認をする。

「…よ~く分かりました…」

「そうかい。それなら良かったよ。…あ、それとね…、村人たちは、自分たちと、櫻未さくらびさまとの約束を、キツネ族たちが、聞いていることにも気づいていたんだ…」

「えっ…?そうなの…?」

「ああ。だから大声で…「みんな…!櫻未さくらびさまのご命令は聞いたな…?!一刻いっこくも早く、ご命令にしたわなければ…!みんな…!すぐにらわられている、妖怪たちを、解放かいほうしに行くぞ…!おお~っ!」…ってな具合ぐあいに、急いで、解放に向かったのさ…。村人みんなで、「妖怪たちを、解放しよう…!」「妖怪たちを、解放しよう…!」って、大声でさけびながらね…。そうやって、キツネ族たちに、知らせながら、いそがないと、自分たちがおそわれるって、みんな気づいていたんだね…」

「………。…なんだろう…。なんだかむねが、モヤモヤする…」

「そうして、キツネ族の子供を解放した村人たちは、その子供に、村で一番の、着物と食べ物をささげた…。そして、その子供を、輿こしに乗せて運んだんだ…」

「………」

 佳奈子の頭には、その時の情景じょうけいが思い浮かんだ…。

 とらわれている、子供の妖狐ようこもとへと、けつけてくる村人たち…。

妖狐ようこさま…!ご無事ですか…!今まで、お助けできなくて、申し訳ございません…!」

「妖狐さま…!おさむくはございませんか…?!どうぞ、この着物をおしになってください…!」

「おなかいては、いらっしゃいませんか…?!どうぞ、こちらを、し上がってください…!妖狐さま…!」

「すぐに、ご家族のもとへ、おいたしますね…!妖狐さま…!」

「妖狐さま…!!!」

(…きっと、こんな感じだ…)

 佳奈子は、そう思った…。

「すると、そこへ九尾たちがあらわれた…。村人たちは、彼らに土下座どげざしてあやまって、丁重ていちょうに、子供を帰したそうだ…。村人たちの、必死の謝罪しゃざいを受けて、キツネ族たちは、なんとか溜飲りゅういんが下がって、なにもせずに帰ってくれた…、というわけさ…」

 絹代は、そう言って、話を続ける…。

「…ついでに言うと、九尾たちは、本当に、ただ子供を、無事に返してしかっただけだった…。村人たちに対して、虐殺ぎゃくさつしたいほどの、積年せきねんうらみが、あったわけでもないし…、あらそいをわざと起こして、何かの利益が、欲しかったわけでもない…。そして、村人たちも、きっと、そうだろうと思っていたのさ…」

「ふ~ん…。なんで村人たちは、他の可能性が、ないって思ったんだろ…?」

 佳奈子はそう疑問に思う。

「…当時の村はまずしくて、特産品どころか、価値のあるものなんか、他に、な~んにも、なかったからだよ…」

「あ、なるほど…。ねらわれる理由は、他には、なかったわけか…」

「ああ。そういうことさ。…それとね…。世の中じゃ、場合によっちゃ、相手に、あんまり下手したてに出たり、あやまったりしちまうと、自分たちが大きな不利益ふりえきこうむることもある…。相手によっちゃ、それがかっていて、わざと難癖なんくせをつけてきて、あやまらせようと、してくる場合もあるしね…」

「えっ…?!そうなの…?!」

「ああ。…だが、このケースは、そうじゃない…。だから、それをかっていた村人たちは、九尾たちに、ちゃんと子供を返して、ひたすらに、平謝ひらあやまりをして、なんとか許してもらえたんだ…。そこまで関係が、こじれていなかったからこそ、すぐに和解わかいが出来たのかもね…」

「…そっか…」

「佳奈子…。今までの話を聞いて、かっただろうが、この伝承でんしょうには、伊氏これうじがやったような事を、してり返してはならない、っていう、教訓きょうくんいましめがめられている…」

 絹代はそう言って、話を続ける…。

伊氏これうじのように、非道ひどうなことをすれば、まわりから反発はんぱつを買って当然だ…。そして、その反発はんぱつは、対立たいりつのきっかけになって、対立が深まると、あらそいへと発展はってんしていく…。…不当ふとう暴力ぼうりょくとは、時には、戦わなきゃ、ならない場合もあるが…、対立たいりつが、あまりに深刻しんこくになっちまうと、不幸をまねくことが多い…。そんな対立で、虐殺ぎゃくさつなんかが、こったりもするしね…。だから、そうならないように…、対立が深刻しんこくにならないように、努力しなくちゃいけないよ…?」

「努力…?」

「ああ。平和ってのはね、何もしなくても、手に入るもんじゃないんだ…。平和な国があるんなら、そこで必ず、だれかが、対立が深刻しんこくにならないように、努力をしてくれているんだよ…。対立が深刻にならないための、法律を考えたり、活動をしてね…。そのおかげで、平和が作られているんだ…。そして、その平和を維持いじするためには、終わりのない、努力が必要なんだよ…」

「終わりのない努力…」

「ああ。…お前も、学校で勉強して、戦争をしている国や、治安ちあんが悪い国、差別の激しい国があるのを知っているだろう…?だが、この日本がそうじゃないのは、ずっと対立が大きくならないよう、努力をしてきてくれた人たちが、いてくれたおかげなんだ…。もしも、なんにもしなかったら、日本も、あっという間に、差別のひどい、治安の悪い国になっているよ…」

「…そっか…。平和は、当たり前のことじゃないんだ…」

「ああ、そうだ。たとえば…、この伝承でんしょうにある村人たちは、ちょっと、みっともなく感じたろ…?だが、村人たちは、対立をむのが、マズイとかっていたし、そうならないよう、努力したんだ…。おかげであらそいは起こらなかったし、その後も努力を続けたから、村は、しかった平和を手に入れたんだよ…。村人たちのねばちだね」

「…そっか…。村人たちは、がんばったんだ…」

 佳奈子は、平和を手に入れて、喜ぶ村人たちを想像する…。

 そして、そんな村人たちや、妖怪たち、櫻未さくらびさまを虐待ぎゃくたいしていた伊氏これうじは、みんなから反感はんかんを買って、最後は、ひどい死に方をした…。

 一方…、虐待ぎゃくたいを受けたうえ、ひどいウワサまで、流された村人たちは、それでもあきらめず、対立をまないよう努力して、最後は、まわりから、信頼を勝ち取り、しかった平和を、手に入れた…。

 そんな村人たちは、何というか…、生きくために…、しいものの為に…、…とても、したたかで、…狡猾こうかつだった…、そう言えるのではないだろうか…。

 佳奈子が、そう思ったとたん、なんとイメージしていた村人たちが…、ニヤリ…!と笑った…。

「!」

 佳奈子は、自分のイメージに驚く…。

「ん?どうしたんだい…?佳奈子」

 急に表情を変えた佳奈子を、絹代が不思議そうに見る…。

「あ、ううん…!何でもない…!何でもない…!」

 佳奈子は、そう言って笑う…。

 なんだか、一瞬いっしゅん、村人たちが、伊氏これうじ以上に、怖い存在に、思えたのだ…。

 しかし、そんなはずはない…。

 村人たちは、あらそいとは逆の、平和を求める、者たちなのだから…。

 佳奈子は、そう思い、気持ちを切りえた。

「…それにしても…、なんか…、伝承でんしょうって、くわしく聞くと、全然、印象いんしょうが違うね…」

佳奈子は、そう、感想を持った…。

「ん?そうかい…?まぁ、どんな話でも、そういうもんさ。…けど、これで、外伝の話はおしまいだよ。長かったろ…?」

「うん。でも、話が聞けて良かった…。…ありがとう…!おばあちゃん…!」

 佳奈子は、絹代に、お礼を言った。

「そうかい。気がんだなら、良かったよ。お前は意外と、ガンコなところがあるからねぇ…」

「えっ…?そうかな…?」

「なんだ、気づいてなかったのかい…?」

 そう言って、絹代は笑い、それを見た佳奈子も、一緒に笑った…。

 そうして、飛立山とびたちやま山頂さんちょうには、おだやかな風が、流れたのであった…。




 ◇◇◇◇◇◇

 ※ファンタジー小説の中には、内政をテーマにしているものが、結構、あると聞きますが、それらを否定する気は、まったくありません。

 むしろ、そういうお話は、法制度について、多くの人が、考えるきっかけになって、とてもいいと思います。

 なので、今回、このように書いたのは、あくまでも、昔、復讐が認められていた理由を説明するためです。

 批判ではないので、どうか、誤解なきよう…。


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