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あたらずといえども
しおりを挟む「どあほう」と炎估、
「鈍くさい」と風估が、
おれに向かって云った。……おれに向かって云った。……おれに、向かって云った? ん? なんで、ふたりからにらまれてるンだ? おれ、なにかしたか? ……あれっ、おれのまえに、ふたりいる!?
初めて、まともに姿をあらわした炎估は、黒紋つきの着物をパリッと着こなし、散髪したばかりのような短い赤髪である。……おれより背は高い。
「お、おまえが、炎估なのか?」
突然、その実体を見せつけられた螢介は、思わず後ずさりした。そうとう男前だ。こんなやつに躰をあやつられていたのかと、おどろいて硬直していると、「まったく、鈍くさいのう」と、風估の語尾が老人の方言っぽく変わった。
「こやつのタマシイは、日照ではないか?」
「耄碌じじい。どこを見ている。こいつは暗闇だ」
……にっしょう? くらやみ?
なんのことだ。……というか、
風估は、じいさんなのか?
二十代前半くらいに見える。
「わしは、人間に寄宿する憑きものではないぞ。そこの若造みたく、もぬけの担保も要らん」
炎估を指さして云う。……えっと、風估のほうが、年長ってことか? 見た目がともなわねぇから、信憑性は低いが、ことばづかいはたしかに年配っぽい。……もぬけ? だれのことだ? おれ……なのか?
学ランのうえからあちこちをさぐる螢介は、じぶんの思いどおりに動く手足にホッとした。……だれが、もぬけの殻だ。おれの心臓は、ちゃんとここにあるぜ。胸を軽く押さえ、心拍数をたしかめる。やや不整脈だが、きちんと鼓動していた。
「暗闇が、おぬしを今生にとどめておるのだ。あやつにタマシイを囚われているうちは、腐ったからだでも役にたつこともある。せいぜい、炎估に使わせてやるがええ。そやつは、火遊びが趣味だからのう」
「……暗闇って、おれの知っている人間ですか」
螢介は、たずねては不可ない気がした。だが、聞かずにはいられなかった。暗闇とは名前だ。それがだれの苗字なのか、わかっていた。……黒傘の男……、暗闇咲夜、それが亭主の名前だった。
「石づきなめこへようこそ、久遠のタマシイを保つものよ。わしは石突滑个と申す。天蔵《あまくら》の小僧よ、おぬしの裏庭にあるウロコじゃが、一枚足りぬようだのう。……さては黒猫のしわざか」
「ネコを知ってるんですか?」
……看板の石づきなめこって、本人の名前だったのか。風変わりな名前だな。それに、あっさりウロコの在処を指摘された。ネコは、朝から姿を隠している。雑貨商にきているのかと辺りを見まわす螢介に、主人がつけ足す。
「われは風の估しものぞ。黒猫の便りをお希みか」
風估は十翼だと名乗り、ふたたびたばこをくわえた。脇から炎估が手をかざし、フッと、火が点く。白い烟が立ちのぼる。ふたりの十翼をまえに、螢介は膝がふるえそうになった。……ウロコはあと二枚しかない。死守するべきなのか、奪われたらどうなるのか、なにもわからねぇ。ネコの居場所は知りたいが、対価を要求されては困る。螢介には、さしだせるものがない。
……くそ、おい、炎估。
おれの心の声が聞こえたら
返事をしてくれ。
「どあほう。気持ち悪い真似をするな。目のまえにいるのだから、口を動かせよ」
風估について、こっそり質問したかった螢介は、空気を読まない炎估の態度のせいで、にわかに頭が痛くなった。
〘つづく〙
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