28 / 70
陸を見つめていた魚
しおりを挟む学校は、教育制度における中核的な機関であり、生まれてきたすべての子どもに豊かな学びと成長を保障する場である──。
『そうなのか?』
「ちがうな。全然ちがう」
『そうなんだ?』
「ああ。学校なんて魔窟だ」
『ほほう、まくつか。それはそれは、たのしそうではないか!』
「どこがだよ。……って、おい、ネコ。まさか、ついてくる気じゃないだろうな」
『だめか?』「だめだ」『なぜだ』「なんでもだ」『むむっ、けいすけめ。さくやににてきたな』「亭主に? どこがだよ」『けちなところ!』「放っておけ」『けちーっ!』「はいはい、そこ、どいてくれ。教科書がとれない」
ネコが陣取る押入れをあさる螢介は、かばんに教科書を詰めていく。時間割表は、頭のなかにはいっていた。きょうは金曜日である。一時間目は数学、二時間目は体育、三時間目は政治経済という、確実に頭がおかしくなる科目がならぶ。……体育の授業は、四時間目が理想的だよな。思いっきり運動したあとの弁当は、めちゃくちゃうまく感じるンだよな。五時間目の記憶は、なんの科目だろうと眠くなるけど。
「それじゃ、行ってくるけど、ネコは留守番だからな。ついてくるなよ」
『むむむ、むむーっ!』
「天蔵くん、わたしの傘を持っておゆき」
玄関で靴を履く螢介は、亭主がさしだす黒い傘に目をとめ、顔をしかめた。
「その傘って、なんか好きじゃない」
「それでも、持っておゆき」
「なんで?」
「外は雨だから」
「……そうだけど」
「さあ、行ってらっしゃい。遅刻しないで」
無理やり黒傘を押しつけられた螢介は、しかたなくうけとり、「行ってきます」といって、玄関の外へでた。軒下で傘をひろげ、雑木林を抜けてゆく。林縁に生える多年草がある。四枚の葉と白い花穂が、ピシャピシャとビー玉のように水滴をはじく。
「センリョウ科のヒトリシズカだのう。有毒じゃが、根の煎汁は生薬となり、皮膚病などに用いることもある」
一人静は、横に這う短い地下茎から、数本または多数の茎が地表にのびて直立する。花の少ない冬に、赤く美しい果実をつけるセンリョウにも、精油が含まれている。
石づきなめこの主人は、螢介がとおりかかるのを待っていたかのように、番傘をさして雨にぬれる植物をながめていた。雑貨商のふりをしているが、この男も十翼である。風估という。
「これから学校かい?」
学ラン姿の螢介に、風估がたずねる。「おはようございます」とあいさつをして、軽く頭をさげておく。風估にもらった呪具(文鎮)を置いてきたことに気づき、さくや亭へひき返そうとすると、「きょうの授業に習字でもあるのかね」と質問された。
「……ない、ですけど」
「ならば必要なかろう」
護身用に持ち歩くつもりが、ネコとの会話ですっかり忘れてしまった螢介は、なんとなく不安になった。学校へ行くだけなのに、身の危険を感じる。教育の場でそれはおかしな話だが、螢介は、そう思う生徒のひとりだった。……このからだになって、よけいにだな。
「天蔵よ、ろくでなしということばを知っておるかのう」
「ろくでなし? ……ふつう以下とか、役たたずとか」
「字は、陸でなしと書く。陸地は平らであるからな。だれしも、のんびりとした人生を歩けたら詰まらんじゃろう。陸でなしどもがおるから、世は愉快になるのだ」
「なんの話ですか」
「水中に棲んでいる魚でも、陸上にあがって歩けるものがいる。鰓呼吸だけではなく、肺呼吸ができるのじゃ。魚が陸上にあがったとき、そこは陸でなしであったじゃろうか」
「……さあ、よくわかりません。あの、おれ、行ってもいいですか? バスに乗らないとなんで」
押入れのダンボール箱に、回数券がはいっていた。雨の日にかぎり市営バスを利用していた螢介は、時刻表も記憶している。勉強とは異なる分野で能力を発揮する頭脳なのである。
「気をつけるがよい」
石づきなめこの主人に見送られ、雑木林の外にでた螢介は、プァーンッという、大型トラックのクラクションを聞いた。音がしたほうをふり向くと、車道に人らしきものが倒れていた。
「ひき逃げ!?」
螢介は、あわてて駆け寄った。
〘つづく〙
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる