あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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風估と地估

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 光あつまる天に影あり。影おちるところに光あり。十翼とは陰陽の両儀によってしょうじる自然が人型をした現象である。性質にはそれぞれのあたいに名前がついており、八掛にたとえて炎估えんこ風估ふうこ地估ちこと呼ばれていた。そのほか、雷估らいこ水估すいこなども存在する──。



「あの高校生、天蔵螢介は、わしらのことなど、なにも知ってはおらん。清々すがすがしいほど、亭主に夢中だしのう。いまはな」

 螢介が帰ったあと、石づきなめこ商會では、風估と地估が会話におよぶ。

「彼が事情を説明すれば(亭主のことだよ)、首をひねって、あきらめると思うのかい」

 地估の問いに、風估は鼻でわらった。みせの帳場に坐って商人あきんどらしく算盤をはじく。店内の商品に顔を近づけてながめる地估は、風估よりさらに古い時代までさかのぼる存在だ。見た目は小柄だが、石突いしづき滑个なめこという若者わかもののタマシイが抜けたからだにとどまる風估より、年長者である。


「天蔵の小僧にかぎらず、生物いきものみな貪欲さ。わしらとて、似たようなものじゃわい。……そういうやつを、見ているからのう」

「炎估だね。ぼくとは相性が悪いといって、かれこれ二百年近く逢っていないかな」

炎估やつもまた、天蔵の小僧とは異なる意味(性愛ではない)で、くらやみの亭主に夢中だからのう。……あやつこそ、いいかげん、認めたほうがはやいだろうに。しかし、気に喰わないといった理由で、なんでもきつくす性分しょうぶんは、どうにも厄介だのう。血気盛けっきさかんの若造わかぞうは、わしの手にあまるわい」

「ぼくは、ひさしぶりに愉快だ。天蔵螢介くんを気に入ったよ」

「小僧をか? あいかわらず、ご老体のくせにいい趣味をしておるな。ならば、雨がやむまで、商家ここにとどまるがええ。空き部屋を自由に使ってよいわ」

「どうもありがとう。それはそうと、とても繁盛しているようには見えないけれども、雪里ゆきさと少年の身をひきうけるくらいの経済力はあるようだね。ぼくとしては、風估くんはあきないには向いてないと思っていたよ」

 ほこりをかぶった商品を横目に、地估は、螢介の活躍を期待して、しばらく商會に居座ることにした。近しい範囲に三人の十翼がとどまることはめずらしく、ふつう、互いに距離をおく。むやみに影響をあたえる理由を、生みださないためである。生まれながらに固有性質をそなえている十翼は、なりたいもの、、、、、、になることはできない。努力や運しだいで、望んだとおりの未来をきりひらける人間のほうが、ずっと自由な生物なのかもしれない。


 雨のなかを歩いて帰る螢介は、さくや亭の屋根が見えてくると、心がざわついた。変わらない景色がなつかしいと思えるほど、いまの生活に順応していることに気づいた。雪里の件については、ひとまず決着はつけた。あいまいな部分は説明を求めず、ひとまず放置してある。なにより、亭主の正体を、あるいは痕跡をたどることがいちばん重要だった。螢介の頭は、風估いわく、本人が思う以上に、亭主のことでいっぱいのようすで、軒下で雨宿りする斑猫ぶちねこには目もくれず、玄関の鍵をあけた。

 さくや亭の窓口係として、アルバイトを継続する螢介は、書道教室で使う道具の手入れをしたり、電話当番をしたり、亭主の留守をあずかった。


「ふう、もうこんな時間か。……先生は、いつもどこへ出かけていくんだ?」


 昼食を作るため台所へ向かうとちゅう、ブーブーッと呼び鈴が鳴なった。……生徒か? どうせなら、午后に訪ねてこいよ。

「ごめんください。螢介さん、いませんか? 雪里です」

 硝子戸越しに少年の声が聞こえ、螢介は内側から玄関の鍵をあけた。


〘つづく〙
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