あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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潜入調査、最終戦

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 古代の墓碑や骨壺こつつぼに刻印されたトカゲ像の意味は、太陽と復活の象徴をになっている。……なんて説明は省略するぞ。いくらなんでも爬虫類に武器が文鎮なんてのは、無理があるからな!

 天井を破壊してあらわれた巨大なトカゲは、螢介を捕食対象と見なして長い舌をのばしてくる。リュックサックから顔だけだすフッチは、シャーッ! と威嚇したが、飛びだされては困るため、なるべくトカゲに背をむけないようにして逃げまわった。

「なんなんだ、こいつは。どっから出てきた!?」

「ふむ。こやつこそが、雨賀佐邸に害悪をもたらした張本人じゃな。天蔵よ、得意の聞書ききがきをしてみるか? それくらいの時間ならば、かせいでやるがのう」

 ひらりと、トカゲの尾をかわす風估は、螢介に向かって提案する。……いや、無理だろ。聞書もなにも、相手は爬虫類だぞ。倒したほうが無難じゃねーのかよ?

「わしは老体ゆえ、このような巨大な生きものを相手になどできぬよ」

「な、なんだって? それじゃ、どうするんだよ、こいつは……!」

 もはや、雨賀佐邸は倒壊寸前である。風估の指示で中庭へ避難した螢介は、二階の窓を横切る炎估の影を見た。

「あいつ、なにやってるんだ?」

 巨大なトカゲが足をまえへ踏みこむたび、建物全体が振動する。ガラガラと音をたてて崩れる家屋かおくは、雨賀佐邸の終わりを告げているようだった。雨の勢いが弱まり、螢介はまずいと思った。トカゲを退治しなければ、さくや亭にはもどれない。

「おい、トカゲ! なんでじぶんの棲家すみかを壊すんだ! 帰る場所がほかにもあるのか!?」

 ギョロッとにらまれた螢介は、一瞬、トカゲの声をきいた。……うん? こいつ、なにか云ってる? 「天蔵、ぼさっとするでない」風估の声と同時に、炎估が二階の窓から飛びおりてきた。トカゲの背に乗り、螢介に向かって一枚の葉書はがきを投げつける。地面に落ちて汚れてしまったが、宛先は雨賀佐邸であることは読めた。

「これは……」

 座布団に伏せてあった紙切れは、写真ではなく葉書だった。老婦人の実家から送られてきたもので、彼女の弟にあたる人物から「姉を返せ」という、なかなか深刻な内容が綴られている。政略結婚とまではいかなが、お嫁に選ばれた家族にとっては、望まない縁談であったことがうかがえた。

「ったく、ややこしいな。男女の痴情ってやつか? だれがしあわせで、だれが不幸だったかなんて、そんなのは、いまさらだろ。生きているうちに、死にものぐるいでなんとかしろよな! 雨賀佐邸の決着ケリをつけろ、炎估! おれが、この家の終焉を見とどけてやる!」

 螢介に指図さしずされて不本意といった表情を浮かべる炎估だが、風估の存在に目をとめ、舌打ちをした。

「天蔵よ、こちらへ」

 風估に呼ばれて塀の裏側へ身を低める螢介は、十翼のすさまじい力をのあたりにした。暴れ狂うトカゲの足もとに着地する炎估は、踏みつけられそうになるが、太い足は燐火りんかに包まれ、巨大な爬虫類は火山のように赤く燃えあがった。背後の家屋にも飛び火して、わずか数十秒であたりは焼け野原となる。ザアッとふりしきる雨によって鎮火されたあと、黒い大地が延々と視界にひろがった。

「す、すげぇ……」

 螢介にたいして防炎の風を発生させていた風估は、「見事だが、あいかわらず派手だのう」といって、小さく息を吐いた。停留所にバスが到着している。雨は、いまにもやみそうだ。螢介は、あわてて走り、バスに駆けこんだ。「ご苦労さま」という運転手の声は、亭主だった。

「先生!」

「さあ、帰ろうか」

 あとからバスに乗りこむ十翼のふたりは、「じゃまだ」と炎估、「ふう、疲れたのう」という風估が、螢介の脇を抜けて座席につく。背中でフッチがニャアと鳴くと、螢介は、びしょぬれで裸足であることに困りつつ、ひとまず、近くの吊り革につかまった。バスは、霧のなかをゆっくり発進する。螢介は、亭主の横顔を見つめ、雨賀佐邸での出来事を整理した。

 ……それぞれの立場で苦しんでいた人間が、あんなバケモノになってまで、想い人に執着してたってことだよな。なにもかも消えてなくなっちまったけど、これでよかったンだよな?

 亭主や十翼は相手の思考を見透かす達人だが、螢介の疑問に答えるものはいない。座席に立て掛けてある黒傘の玉先から、雨の水滴しずくが落ちていた。


〘つづく〙
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