あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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日照

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「先生、先生!」

 だめだ。このままうしなってたまるかよ!!

日照にっしょう、おれの声がきこえるか! ウロコなら、全部くれてやる! 先生のタマシイを返せっ!!」

 巻紙をひろげて筆をおこす螢介は、亭主の精神に呼びかける。……先生、あなたの声は、おれが書き記す! たのむから、なにか云ってくれ! このままじゃ、おれは死んでも死にきれねぇからな。亡人になって、先生のタマシイを喰ってやる!!


 なにが起きたのかって? 
 こっちが聞きたいぜ! 


 雨賀佐あまがさ邸の件から数日後、ひさしぶりに書道教室へ生徒がやってきた。若い男で咲夜さくやとは旧知の仲だと云う。座敷に案内された男は、しばらく筆を動かしていたが、突然、螢介につかみかかった。

「日照はどこだ」

「に、日照? なんのことだ」

「とぼけるな。このにおい、、、は、やつのものだ。まさか、こんな雑木林までつくりだすとはな。末恐ろしい男だ」

 シャツにデニムといった洋服の男は、まだ二十代前半くらいに見える。眉のかたちもよくととのっており、第一印象は好感が持てる容姿だった。しかし、暴力的な言動に豹変された螢介は、困惑ぎみだ。

 なんだよ、こいつ。
 亡人もうけなのか!?

 押し倒された螢介は、顔を横向けて庭を見た。朝からふっていた雨が小休止している。じき、そらは晴れそうだ。……雨の日以外の来客は、こいつが初めてか?

 現在、ネコは行方不明である。フッチは二階にある先生の部屋にいるはずだ。座敷での異変に気がついた十翼(炎估)は、遅れてあらわれた。

「いいザマだな」

「炎估! こいつ新手の亡人か?」

 若い男に押し倒されて裏庭にあるウロコをさぐられる螢介は、ズボンと下着を脱がされそうになっていた。むろん、全力で抵抗する。亡人ならばさっさと成仏してもらいたいが、炎估は、かすかに眉をひそめた。

「おや、十翼ではないか。めずらしいね。こんな異空間ところにとどまっているとは、どんないわれ、、、があるのかな」

「きさまには関係ない」

「そうかな? 隠そうとしても無駄だよ。この家には日照がいるね。それも、まだ生まれたてのような気配だ。の定めを知るまえに、ぼくが消してあげよう」

「きさまこそ、どうやってこの場所にたどりついたかは知らないが、灼き殺されるまえに去れ。ここにいる暗闇くらやみ咲夜さくやは、おれのものだ」

「おや? きみからは、ものすごい憎悪の念を感じるね。十翼ならば、宿主しゅくしゅの潜在意識を察知できるはずだ。暗闇咲夜の、なにをそんなに気に入ったのだい?」

「……黙れ」

 話の内容についていけない螢介は、男の腕に噛みつき、自力でのがれた。卓袱台のうえにある文鎮を手にとり、男に向かって確認する。

「よくわかんねぇけど、あんたの狙いが先生なら、おれだって渡さないぞ!」

「おやおや、こっちのきみは、ずいぶんしたっているようだね。おかしな連中だな。これまでよく、ひとつ屋根の下で暮らせたものだね。……雑木林には、まともな人間がひとりもいない」

 男は長い前髪を掻きあげると、薄いくちびるで笑った。

「ふうん? 十翼と化身けしんをそばに置いて手なずけるとは、いかにも日照らしいではないか。ぼくは、摂理ことわりを超越する者ではないけれど、ふたりくらいならば相手にできるよ。そんなに宿主を渡したくなければ、ぼくを倒してご覧」

「なに云ってんだ、こいつ。おい、炎估、さっきから、なんの話だよ? 宿主って、どういう意味だ!」

 螢介は憤った。なにやら複雑すぎる状況だ。若者の正体は不明だが、あきらかに亭主の命を狙っている。理由は異なるが、炎估とは亭主を渡さない考えで一致しているため、共闘は可能である。……守らないと! この変なやつから先生を守らなきゃ! ぜったいに渡したらだめだ!! ……それなのに。


「ふたりとも、おやめ」


 まだ、なにも始まってない。螢介と炎估は、襖をあけて姿をあらわした亭主をふり向き、「来るな」「先生、だめだ! あっちに行ってろ!」と、同時に声をあげた。亭主は、くすッと笑う。白装束のような単衣たんえをゆらめかせ、ヒタヒタと歩く。肌の色も白い。もはや、死者のように見えた螢介は、ゾクッと血の気がひいた。

「だ、だめだ、先生! 行くな!!」

 のばした腕は、とどかない。亭主は「ごめんね」と小さな声で詫びた。


〘つづく〙
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