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日照
しおりを挟む「先生、先生!」
だめだ。このまま喪ってたまるか!
巻紙をひろげて筆を発す螢介は、亭主の背中に呼びかける。……先生、あなたの声は、おれが書き記す! たのむから、なにか云ってくれ。
いったい、なにが起きたのか。あまりにも突然すぎて、螢介の頭は混乱した。はっきりわかることは、このままでは亭主と二度と逢えなくなる。そう思ったとたん、胸がざわついた。
「くそっ、行かせるかよ!」
巻紙と筆を手放す螢介は、謎の若者のほうへと歩み寄る咲夜を後ろ抱きにすると、細い肩を、ぎゅっと、腕のなかに閉じこめた。
「先生、行くな。おれは、あなたを守るってきめたンだ。なんの真似かは知らねぇけど、あっちに行くのはやめてくれ」
「……天蔵くん、……きみは」
ことばのとちゅうで亭主の全身から、フッと力が抜ける。「せ、先生?」見れば、螢介の腕のなかで気を失っていた。呼吸は安定している。どこかへ運ぼうとして抱きあげると、目のまえに移動してきた炎估より、「じっとしていろ」と、動きを制された。
「きみたちにとってその男は、よほど大事な存在なんだね。安心しなよ。宿主のタマシイを消しても、見た目は変わらない。暗闇咲夜の容姿は、日照でなくても再利用できるんだ。……それが、幽闇たる所以さ。ことばの意味が理解できるかな、天蔵くん?」
「知るか! 見てのとおり、先生は体調が悪そうだ。用があるなら、出直してこいよ。おれたちは、逃げも隠れもしないぜ」
炎估を盾にして強気の発言をする螢介は、裏庭のウロコが熱をもち、股のあいだがゾワゾワした。……こんなときに、なんだよ。……なにかに、反応しているのか?
「おやおや、きみは、ウロコの使い方を知らないようだね。実に愉快だ。……ああ、いいね。きょうは気分がいい。勇敢なヒーローに免じて、今回のところはひいてあげるとしよう。もっとも、きみたちが注意すべきは、ぼくではなく日照だ。せいぜい、暗闇には気をつけるがいい」
クスクスと笑いながら縁側の窓から飛びだす男は、両手をひろげて烟のように消えた。
「な、なんだよ、あいつ。なんで、先生が狙われるンだ? 日照って、だれのことだよ……」
螢介は、いったん亭主を畳のうえに寝かせると、炎估に説明を求めた。いよいよ、種明かしを期待して「知っているなら、おしえてくれ」と頭をさげた。さきほどの男は、あきらかに亭主に狙いを定めていた。十翼と遭遇しても排除の対象とは見なさず、それどころか、無用な衝突を避けている。つまり、これまで相手にしてきた人外とは、行動パターンが異なった。
「螢介くんには識る権利がある。そうではないか? 炎估よ」
突然の声は地估である。石づきなめこ商會に身を寄せている十翼で、黒紋つきの着物姿に、黒い帽子をかぶっていた。玄関には鍵を掛けてあったが、さくや亭の安全確保はなかなか難しい。彼らは、どうやって中へはいってくるのか、いまさら考えるまでもない。
「地估さんか。たのむ、おしえてくれ。おれは、先生を守りたいんだ。タマシイを返してほしいとか、ウロコが大事とか、そういう話じゃなくて……」
「おまえごときになにができる」と炎估が眉間に皺を寄せるが、地估は、横たわる亭主の顔をのぞきこみ、「話すくらい問題なかろう」といって、螢介を見据えた。
〘つづく〙
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