あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

文字の大きさ
64 / 70

日照

しおりを挟む

「先生、先生!」

 だめだ。このままうしなってたまるか!

 巻紙をひろげて筆をおこす螢介は、亭主の背中に呼びかける。……先生、あなたの声は、おれが書き記す! たのむから、なにか云ってくれ。


 いったい、なにが起きたのか。あまりにも突然すぎて、螢介の頭は混乱した。はっきりわかることは、このままでは亭主と二度と逢えなくなる。そう思ったとたん、胸がざわついた。

「くそっ、行かせるかよ!」

 巻紙と筆を手放す螢介は、謎の若者のほうへと歩み寄る咲夜さくやを後ろ抱きにすると、細い肩を、ぎゅっと、腕のなかに閉じこめた。

「先生、行くな。おれは、あなたを守るってきめたンだ。なんの真似かは知らねぇけど、あっち、、、に行くのはやめてくれ」

「……天蔵くん、……きみは」

 ことばのとちゅうで亭主の全身から、フッと力が抜ける。「せ、先生?」見れば、螢介の腕のなかで気を失っていた。呼吸は安定している。どこかへ運ぼうとして抱きあげると、目のまえに移動してきた炎估より、「じっとしていろ」と、動きを制された。

「きみたちにとってその男は、よほど大事な存在なんだね。安心しなよ。宿主のタマシイを消しても、見た目は変わらない。暗闇くらやみ咲夜の容姿は、日照でなくても再利用できるんだ。……それが、幽闇くらやみたる所以ゆえんさ。ことばの意味が理解できるかな、天蔵くん?」

「知るか! 見てのとおり、先生は体調が悪そうだ。用があるなら、出直してこいよ。おれたちは、逃げも隠れもしないぜ」

 炎估を盾にして強気の発言をする螢介は、裏庭、、のウロコが熱をもち、股のあいだがゾワゾワした。……こんなときに、なんだよ。……なにか、、、に、反応しているのか?

「おやおや、きみは、ウロコの使い方を知らないようだね。実に愉快だ。……ああ、いいね。きょうは気分がいい。勇敢なヒーローに免じて、今回のところはひいてあげるとしよう。もっとも、きみたちが注意すべきは、ぼくではなく日照だ。せいぜい、暗闇には気をつけるがいい」

 クスクスと笑いながら縁側の窓から飛びだす男は、両手をひろげてけむりのように消えた。

「な、なんだよ、あいつ。なんで、先生が狙われるンだ? 日照って、だれのことだよ……」

 螢介は、いったん亭主を畳のうえに寝かせると、炎估に説明を求めた。いよいよ、種明かしを期待して「知っているなら、おしえてくれ」と頭をさげた。さきほどの男は、あきらかに亭主に狙いを定めていた。十翼と遭遇しても排除の対象とは見なさず、それどころか、無用な衝突を避けている。つまり、これまで相手にしてきた人外とは、行動パターンが異なった。


「螢介くんにはる権利がある。そうではないか? 炎估よ」


 突然の声は地估ちこである。石づきなめこ商會に身を寄せている十翼で、黒紋つきの着物姿に、黒い帽子をかぶっていた。玄関には鍵を掛けてあったが、さくや亭の安全確保はなかなか難しい。彼らは、どうやって中へはいってくるのか、いまさら考えるまでもない。

「地估さんか。たのむ、おしえてくれ。おれは、先生を守りたいんだ。タマシイを返してほしいとか、ウロコが大事とか、そういう話じゃなくて……」

「おまえごときになにができる」と炎估が眉間に皺を寄せるが、地估は、横たわる亭主の顔をのぞきこみ、「話すくらい問題なかろう」といって、螢介を見据えた。


〘つづく〙

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...