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日照
しおりを挟む長い話になりそうだと思い、螢介は押入れから掛け布団をとりだすと、亭主のからだにあてがった。咲夜をはさんで向かいに坐る地估は、螢介に座布団をすすめた。うけとって、咲夜の顔が見える位置にあぐらをかく。人間にたいして正体を問うほど、螢介もまぬけではない。雑木林で出逢う者は、すべて自然の摂理を逸脱しているか超越しているか、そのどちからである。螢介自身は、おそらく前者であり、亭主や十翼は後者の部類なのだろう。
乗り気ではないようすの炎估は、卓袱台に腰をかけ、巻紙や筆を手にとり、耳だけをかたむけている。説明役を担う地估の表情はやわらかいが、螢介は緊張してきた。……ようやく、先生の秘密が暴かれるのか。なんか、不可ないことをしてる悪ガキみたいな気分になるな。
「螢介くんは、いま、いくつだい?」
「え?(年齢?) 十七ですけど……」
「見た目はね。きみのタマシイは、数百歳といったところかな。若くてうらやましいね」
「タマシイが歳をとるンですか?」
「この世にあるものは、例外なく年月をかさねているよ。現代風に云うと、人間のからだもタマシイも、リサイクル可能な資源で、生まれるまえから区分されている」
「……区分?」
「幽闇家は、日照の器となる人間の血筋なんだ。咲夜のからだは、熟れてきた頃合だね。ゆえに、日照がつかまえにきた。迎えにきたといったほうが無難かな」
「日照って、さっきの男がそうなのか? あいつにからだをさしだしたら、先生のタマシイはどうなるンですか?」
「まず、日照は形をもたない。あの若者は、行きずりの死者かなにかであろうな。歩くのに必要な、からだを借りただけだ。……暗闇のタマシイは、日照と同化する」
「ど、同化? 先生が先生じゃなくなるってことか?」
「そうだね。暗闇咲夜の意識は消滅するけれど、肉体は引き継がれる。日照は、そうやって必要な養分をとりこんで、数千年にいちど、地上に恵みの光をもたらす。……人間にとっては目に見えない存在だけれど、日照の力がはたらいてこそ、四季はめぐり、あらたな生命が誕生する。幽闇の血筋だけが日照の依代となれる、名誉ある家系なんだ」
「なにが名誉だよ。そんなのは、ただの自己犠牲じゃないか」
螢介は顔をしかめたが、地估は「さもありなん」といって、笑みをつくって見せた。
「気持ちはわかるけどね。この世界は人間だけのものではない。さまざまな生物や現象が、いまこの瞬間に、だれにも知られず発生しては消えてゆく。われわれ十翼や日照が何者かなんて、個人が生きていく上では、なんら関係ないんだ。実際、螢介くんも、ぼくらの姿は見えなかったはずだよ。……暗闇と出逢うまではね」
「それはそうだけど……、いまさらなかったことにはできねぇよ。おれは、もう、いろいろなものを見ちまったからさ。……先生が日照ってやつに取り込まれると知った以上、はいそうですかって、渡せるわけがない。こんどやつが来たら、おれは抵抗するからな」
「螢介くんの力で、日照を退けることは不可能だよ。暗闇の意識は、ずいぶん遠くなっている。日照に、からだをひき渡すための準備が、自然にととのってしまうんだ。むしろ、ふたりを同化させたほうが、暗闇は姿を保てるんだよ」
「ちがう。日照に取り込まれたら、先生は先生じゃなくなる。おれは、いやなんだよ。先生のからだを利用してまで、日照に価値を求めない。自然の摂理とか、それこそ、おれには関係ない話だ」
肉体が滅びても、タマシイは世上を彷徨う。タマシイが消えても肉体は残り、他者の器となる。……どっちも考えたくないし、お断りだぜ。
頑固な意思を主張する螢介に、地估は哀れみのような表情を浮かべた。
〘つづく〙
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