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かしこに燃える
しおりを挟む幽闇咲也(暗闇咲夜)の素性を調べるにあたり、雨賀佐という名前の人物が気になった螢介は、斑猫のフッチをさしだすことを条件に、炎估を伴って、町はずれに建つ邸宅へ乗りこんだ。
潜り戸をあけて甃石の小路を歩いていくと、常春藤がからまる玄関が見えてきた。この家に棲む人間はいない。土地勘のない螢介だが、あたりかまわず庭木の枝が蔓延るさまは、昼間でも薄暗く、おばけ屋敷のように見えた。
「……やっぱりな」
玄関の貼紙が破れかけていた。売物件と書いてある。黒傘を折りたたみ、リュックサックからフッチを抱きあげると、不法侵入罪で捕まる可能を懸念する螢介の横で、炎估が木蔦に手をかざし、焼きはらって玄関をあけた。
「お、おい。無断でなかにはいってだいじょうぶか? 警察に通報されたら、さすがにまずいぞ」
「招待されたのはこっちだ。ほしがっていた婿を、家人が放っておくわけもあるまい」
……だれも住んでなさげだけどな。十翼には、わかる気配とかあるのか?
黒紋つきの着物に赤髪の炎估は、袖をゆらして蝋燭をとりだすと、火を点けた。邸宅内はまっ暗につき、炎估が灯す蝋燭の明かりだけがたよりだった。締めきった家のなかにいて、噎せるような草のにおいが鼻をつく。窓という窓は庭木の繁みに蔽われ、漂う空気には、湿った土のにおいもまざっていた。
フシャーッと、突然フッチが興奮する。螢介の腕から飛びおりて、廊下の奥へ走っていく。「フッチ! もどれ!」追いかけようとしたが、「好きにさせておけ」と炎估に制された。
「フッチをひとりにしても、危険はないのか?」
「きさまがいるうちはな」
「……おれ? (おれなら、いるだろ。さっきから。なんだよ?)」
炎估は、ぼんやりする螢介に腕をのばし、ダンッと壁に肩を叩きつけた。
「な、なにするんだ」
「黙れ、人間。雨があがるまえに片づけなければ、きさまは永遠に時空を彷徨うことになる。少しは学習したらどうだ」
凄みのある緋色の眼でにらまれて、動けなくなった。
「そ、そうなのか?」
炎估が苛立ちをあらわにするのは、当然だった。たいして力もないのに、螢介は私利私欲で雨賀佐源についてさぐっている。炎估にはウロコの一枚でもさしだして、頭をさげるべき状況なのかもしれない。態度こそ素っ気ないが、螢介の身の危険を察知して、その都度、忠告している。
「炎估、おれ……」
「向こう岸へゆかせないのは、咲夜の意思だ。きさまは、すでに屍ということを忘れるな」
「……それは、知ってる。おれはもう生きている人間じゃない。でも、空蟬や亡人になってたまるか」
「きさまのタマシイが邪悪と化したならば、そのからだを燃やすだけだ。タマシイの救済など、十翼がしったことではない。もとより、咲夜がひとりではじめた偽善行為だ」
「偽善だと? そんな云い方するな。あのひとのおかげで、おれはまだ人間でいられるンだ!」
螢介は炎估の腕をふりはらい、キッと正面から顔を見据えた。たとえ無力だとしても、心まで弱くなっては、最初の一歩を踏みだすことはできない。螢介は、じぶんの意思で現在にいる。その考えが正しいかどうかなんて、だれにもわからない。螢介自身の覚悟の問題である。
「いいぜ。おれが失敗したときは、ひと思いに燃やせ」
螢介に売られた喧嘩を、炎估は「後悔するなよ」といって買った。
〘つづく〙
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