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かしこに燃える
しおりを挟む死亡が確認された遺体は、火葬や土葬など、さまざまな方法で葬られる。海などで亡くなり遺体が回収できない場合は、関係する官公庁が認定を行い、遺体がなくても葬式は可能である。唯一のちがいは、遺体がないため棺や火葬の必要がないということだ。鳥葬といって、死体を肉食の鳥類に処理させ、自然に還す伝統的な葬送も一部の地域で行われている──。
雨がふるなか、黒傘をさして雑木林を歩く螢介は、背中のリュックサックから顔をだしてニャアニャアと鳴くフッチに、「少しだけ辛抱してくれ」と詫びた。やや離れて同行する十翼の炎估は、雨に打たれてもからだがぬれることはなく、無表情で無言をつらぬく。気まずいのはお互いさまにつき、螢介は目的地へと急いだ。……先生にどんな恨みがあるのかは知らないが、炎估の思いどおりにさせてたまるか。あのひとは、おれの恩人だからな。だれにも殺させねぇぞ。
「つりあわなぬ生命の反射運動だな」
わざとらしく炎估に溜息を吐かれた螢介は、ムッとしてふり返った。
「なんだよ、いまの。おれに喧嘩でも売ってるのか?」
「いますぐ死にたければ買え」
「ふざけるな。あんたに殺されるくらいなら、じぶんで死ぬ。っていうか、おれがネコと留守にしているあいだ、先生に手をだしてねぇだろうな? あのひとに変な真似するなよ」
「くだらん。咲夜のからだに興味はない」
「じゃあ、なんでそんなに執着してるんだよ」
「あいつのタマシイは、おれのものだからだ」
「なに?」
螢介は、思わず足をとめた。十翼がタマシイを消滅させる力を持つことは承知していたが、なんの意味もなく手にかけるとは考えにくい。タマシイを奪われるほど亭主にどんな罪があるというのか、無意識に息をのんだ。それまで愛しあっていた人間が、なにかのきっかけで憎みあって決別する事例もある。人間の理にそぐわない連中にも、気に喰わないといった理由で距離をおいたり、闘うこともあるようだ。
「先生が、なにをしたって云うんだ。あのひとは、邪悪な存在とはちがうだろ。善意を持つ人間なのは見ていればわかるし、おれは、あのひとが大事なんだよ。タマシイをつかまれているからとか、ウロコを封じられたからとか、そんなのはどうだっていい」
「執着しているのは、きさまのほうにきこえるが」
「なんとでも云え。おれは、先生に死んでほしくないだけだ」
しゃべりすぎた螢介は、ふたたび歩きだし、雨賀佐邸へ向かうバスに乗りこんだ。ひさしぶりに利用した公共機関だが、螢介と炎估以外に乗客はなく、足もとに置くリュックサックからフッチが不機嫌そうに鳴いても、バスの運転手が咎めるようすはない。……きっと、おれたちのじゃまをする敵は、たくさんいるンだろうな。亡くなった雨賀佐源とか? 電話にでた老婦人も、生きている人間なのかどうか、あやしいけどな。まあ、今回は炎估もいるし、フッチは安全だと思うけど、おれは気をひきしめていかないと、あぶねぇな……。
激しい雨のせいで視界は悪い。バスがどこを走っているのか、窓は湿気で曇り、外の景色はほとんど見えなかった。どのみち知らない土地へ向かっているのだから、螢介は座席にもたれ、まぶたを閉じた。
死者の名において
ことばはまぐわい
忘却の川に流れる
わが心は愛に死ぬ
息もつかせぬ君よ
いま ほのおと燃える
なんとしあわせなことか
歌声がきこえる。螢介は目をとじていたが、耳はかたむけていた。歌っているのは男だが、初めてきく低い声だった。思いがけず、バスにゆられる振動と、低音の歌声が心地よい。うっかり眠りそうになったところを、炎估に起こされた。
「あの世まで運ばれたいのか」
「……え?」
「え、じゃない。置いていくぞ」
最後部の座席に腰をおろしていた炎估は、せまい通路を移動して、螢介の横を通りすぎていく。いつのまにか、バスは停車していた。動きだすまえにおりなければ、あの世に連れて行かれるらしい。あわててリュックサックを抱きかかえた螢介は、炎估のあとに閉まりかけたドアから飛びおりた。バスの運転手は、ひとことも声を発しなかった。
〘つづく〙
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