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021 空気を読め
しおりを挟むいつから俺を、ここのリージョンマスターだと気がついていたのだろう。他の区域でも、俺と似たような恰好をした管理人がうろついているが、自らリージョンマスターと名乗ることは禁じられている(関係者同士ならば許容範囲だ)。万が一、第三者に正体を見抜かれた場合、操作キャラクターと名前を変更する必要がある。
ここはひとつ、ナビゲーターを気取り、本当の立場は伏せておくとしよう。
『レンド、おじさんに期待しちゃだめだよ。俺は、ただのNPCだからな』
『あー! 戦士の[ブレイク]見っけ!! あんたから[伝説の剣]をもらったって、ファーレンが言ってたー!』
俺と[レンド]の会話に、まったく空気の読めないプレイヤーが割り込んできた。軽いノリの口調で、[ファーレン]と現実世界で顔見知りのようだ。おそらく、貴重品を自慢され、勇者になりたいと思っているのだろうが、こいつはまだフラグが立つ条件を満たしていない。ヒントを見ず、適当にプレイしている証拠だ。
ゴールドコイン稼ぎが
目当てか……?
レベルに対し、所持金が多すぎる。バトルが発生しないリージョンで、荒稼ぎしているようだな。そういった遊び方もアリにつき、プレイヤーを白い目で見る真似はしない。とりあえず、強制的に3人での会話がつづくため、俺は相手に合わせておく。もちろん、必要最低限の情報しか漏らさない。
『じゃあ、ふたりとも、またどっかで会えたら、声をかけてくれていいからね! がんばって~』
『お気をつけて』(レンド)
『ああ、またな』(俺)
やはり[ファーレン]は学生だろう。知り合いの雰囲気も若く感じ取れる。勇者になれて余程うれしかったのか、吹聴しているようだ。仮名を使うネットゲーム内で身近な人物が接触するケースは稀だと思っていたが、状況にもよるらしい。リージョンマスターとは、不特定多数のプレイヤーと一期一会の関係だと、少し考えちがいをしていた。
『ファーレンさんって、ブレイクさんのご友人ですか?』
『いや、ちがう。数日前、勇者になりたがってた戦士だ。俺もいっしょに村まで向かったが、とちゅうでファーレンを見失った(正しくは相手が寝落ちしたから放置した)。……無事に、イベントをクリアしたみたいだな』
つまり、彼はもう二度と、俺が管理するこのリージョンに移動することはできない。同リージョンで発生する他のイベントを楽しみたければ、いちどゲームを終わらせる必要がある。至難のハッピーエンドでも、バッドエンドでもかまわない。エンディング後にセーブ画面は表示されないが、スタッフロールが流れているあいだ、これまでのデータが自動記憶される。ふたたび新しく始めようとすると、一部の機能が引き継げるため、選択肢があらわれる仕組みになっている。
『それより、時間は平気か? 今から勇者イベントに突入すると、1時間くらいはかかるぞ。たぶん』
『ご心配なく。あすは仕事が休みなので、今夜はゲーム三昧です』
『へえ、そりゃけっこう。こんどは、そう簡単に倒されるなよ』
『はい、がんばります』
……こうして、俺は見ているだけのNPCだが、レンドはひとりでなんとかドロニュルを倒し、次の選択肢を迷わずチョイスして、最後の試練まで進んだ。いよいよ俺は役目をはたす時がきた。試練をクリアしたプレイヤーに[伝説の剣]と[勇者の称号]を授けるわけだが、このタイミングでバグが起きた。いきなり画面がまっ黒になる現象を深夜に経験すると、ホラー映画の主人公になった気分で恐怖を感じる。……空気を読んでくれ。
✓つづく
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