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愛 玩 人 体〔24〕
しおりを挟む天気は雨だった。研究室のドア(パスワード)をハッキングして目の前に現れたレオンとは、かろうじて間がもっている状況につき、エイジの気持ちは落ちつかない。見た目の印象は若くて仕事のできる男だが、まっとうな人間ほど手強いもので、返す言葉がなくなってしまう。
レオンは書棚の本を手にすると、内容へ目を通した。
「……なぁ、レインさんは、どうしてる?」
「愚弟なら、どうもしない」
「最後に見たとき、元気がなかったから心配なんだ……。次いつ会えるかなんて、オレにはわからないし……」
あれから1週間が経過していたが、レインから愛玩人体の予約はない。エイジは連絡手段を持っておらず、気になっていた。レオンは本を書棚へ戻すと、愛想のない顔を向ける。
「もとはと云えば、自己責任の問題だ。交際相手に愛玩具との浮気がバレて、痴話喧嘩でもしたんだろ」
「それ、本当の話?」
「まぬけな愛玩具に何度も手を出すから罰が当たったのさ」
レオンの科白はいちいち耳につくものが多いが、歯切れのよさに流される。
「レインさん、恋人が居たンだ……」
「正確には婚約者だ」
「こっ、こんやく!?」
エイジは一瞬、息が詰まった。温厚な性格の若者に恋人がいてもおかしくはないが、婚約までしていたとは頭が働かなかった。胸の奥が痛むのは、都合のいい話である。愛玩人体を利用する者は、後くされのない性行為が目的につき、相手の私生活をエイジが知る必要はなかった。実際、レオンとレインの実父がキイルだと知らず、2度も奉仕している。
エイジが黙り込むと、レオンは数十分前に用意されたコップの水をひと口だけ飲み、「ご馳走さま」と云って研究室を出て行こうとする。
「ちょっと、待って」
エイジは咄嗟に腕を伸ばしたが、『汚ない手で触るな』と云うレオンの言葉を思いだし、あわてて引っ込めた。せめて、バージルが到着するまで、青年には研究室へ待機してもらわないと困る。マイクロチップの件が解決していなかった。
ドアへ先まわりして退室をじゃますると、レオンはマキシムフレックスのメガネを外し、スーツの内ポケットへ入れた。すると、生来の整った顔だちがはっきりとあらわれて、エイジの咽喉は痙攣した。
(クソッ。なんでそんなに顔だけは良いンだ、この男はよ……)
「バ、バージルが来るまで、まだ、帰らないでくれよ」
口ごもりながら云うと、レオンはエイジの動揺を故意に見過ごして「いくら出す?」と訊く。
「いくら……?」
「経済の理屈が解らない輩と取引するほど暇じゃない」
「……お金の話かよ。レオンに金を払う必要がどこにあるンだ?」
「おれを研究室へ拘束したいんだろう」
「拘束って云うか、少し待ってて欲しいだけなンだけど……」
「待つのも労働のうちだ」
屁理屈にも聞こえたが、エイジは長方形の白い箱から通帳を持ちだした。月にいちど、バージルが残高を記帳してあるもので、通信欄の最後尾には ♯965,000 と印字されていた。
「……お金なら、そこそこあると思うけど、窓口に行ったことないから、手もとには通帳しかないンだ」
「オーケー。♯482,500 用意しとけ。それで引き受けてやる」
エイジが差し出した通帳を一瞥したレオンは、きわめて短い時間で半数を計算して云う。頭の回転の早さは、年齢的にも若いレオンのほうがバージルより上のような気がした。
「それって、マイクロチップの件を引き受けてくれるってこと?」
「交渉成立だ」
思わぬ取引に発展したが、バージル抜きで話を進めてよいものか不安になった。レオンは再びメガネをかけると、気密容器のほうへ向かって歩いて行く。
「だいぶ、丁寧なメンテナンスがされているようだな」
レオンは気密容器の突起物や部品に指で触れ、これの製造準備には自分も関わったと話した。
「すげぇな。レオンって、こんなにデカイものも造れるのか?」
素直に驚くエイジを見て、レオンは薄笑いをする。よく考えれば想像はつくはずだ。レオンは、医局のシステム開発室に勤める正社員で、第1等級電子技術士である。
エイジはレオンのそばへ寄り、しばし容器を見つめた。
「……愛玩人体ってさ、いったい誰が考えたンだろうな」
バージルに訊ねても、明確な答えを返されないだろうと思い、噤んでいたが、ぽろりと本心が口から出た。レオンはエイジをやや焦らした後、気密容器に肘を寄りかけて微笑した。
「鈍いよな、おまえって。医局の上層部に決まってるだろうが」
「だから、その上層部ってのが誰なのか、オレは知りたいンだよ」
「知っているくせに」
「……え?」
「見たんだろう? 愚弟の家で」
レオンは思わせぶりな口調で云い、エイジをたじろかせた。レインの家で見たものは1枚の集合写真である。そこに並んで立つ人物の内、4人の顔には見憶えがあった。
「あの写真、それじゃあ、まさか……、あれに写っていた連中が、オレを……!?」
エイジが目を見張ると、IDカードを片手に持つ白衣の男が到着した。
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