月冴ゆる離宮

み馬

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第一部

原罪の箱庭⒄

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きたるべき恩女ナンジュ分娩ぶんべん介助は、おまえひとりに任せる。断じて、青寝殿せいしんでんの女官を立ち会わせるな」

「なんだって? 無茶うなよ。おれは産医じゃないぜ」

 リュンヌの朝食後、クオンは正殿に足を運び、玉座ぎょくざに腰かけて嘆願書たんがんしょへ目を通すリヤンに、恩女の懐妊をげた。クオンの言動は皇帝に対する礼儀に欠けていたが、ふたりきりの時は黙認もくにんされていた。母親は違えど、皇帝にとってクオンは、同じ年に生まれた唯一の義兄あにである。

 リヤンは嘆願書を読む手を休め、まっすぐクオンの顔を見据えた。段差の手前で胡座あぐらをかく医官は、筋のない細長い指をしている。

「……よいか、これより恩女の称号を寵女クピドとし、産月うみづきまで誰ひとり近づけてはならん。おまえは青寝殿の女官から出産について学び、しかと準備せよ。助けが必要なときは童子シルキの手を借りるのだ。赤子の性別が判明するまで、決して部外者にリュンヌの懐妊を知られてはならぬ」

 リヤンの声は低く、はっきりと重く響く。リュンヌの妊娠が明らかになっても、表情は落ちついていた。また、寵女が男児を出産した場合、その瞬間寵主ハイムとしての地位が確実となる。リヤンの目論見もくろみを察したクオンは、責める気にもならなかった。広大な大陸の覇王として諸国をおさめる手腕しゅわんなど、クオンには備わっていない。玉座に興味もなかった。そんなクオンだからこそ、アセビ同様、皇帝の計画を正しく見抜くことはできなかった。

「万が一、寵女クピドが産みおとした赤子が女であれば、乳母をあてがい隔離かくりしろ。リュンヌにはもういちど機会を与え、男児を産ませる」

「そんなに男児がほしけりゃ、初産ういざんかなうよう祈ってやれよ」

こそ天帝なり。神にすがることはない」

「……そうだったな」

 クオンは微かに目を細めると静かに立ちあがり、正殿をあとにした。リュンヌが安全かつ無事に出産できるよう、クオンなりに勉強が必要である。

「我が義弟おとうとながら、無茶がすぎる」


✓つづく
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