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第一部
原罪の箱庭⒆
しおりを挟む妊娠後期となったアセビは、昼間から極度の眠気に襲われたり、出産に対する不安から食欲が失せていたが、「お産は体力勝負だぞ」というクオンの徹底した管理の下、1日3食の膳をがんばって摂取した。お腹の張りはひどく、圧迫感により息苦しさを覚えるほどで、横になると余計に辛く感じた。
「妊娠後期ってのは、より多くの栄養や酸素を赤子に届けるため、貧血になりやすい。精神的にも不安定になりやすいが、自分の楽な姿勢で休め」
クオンはシルキに膳を片付けさせ、リュンヌとふたりきりになると、衣服の前をひらき、大きくふくらんだ腹部に手のひらをおいた。しばらく目を瞑り、胎動を捉えた瞬間、微笑した。
「なかなか元気そうだな。こいつはもしかしたら男児かも知れんぞ」
「わたしもそう思う。近頃はよく腹を蹴られるのだ」
アセビは下着を身につけていないため、クオンの視線が気になった。しかし、いざ分娩が始まれば、恥ずかしいどころではないだろう。そのため、下手に意識するのをやめにした。クオンは、股のあいだから生まれてくる我が子を取りだす医官である。信頼して出産に臨まねば、生存率が低下するだろう。また、陣痛が始まった際の体位など、事前に指導されている。
(頼むぞ、クオン……。わたしと赤子を守ってくれ……)
なんらかの原因で母体が死亡する場合がある。妊娠中に伴う症状の悪化、分娩直後の出血多量など、胎児を生みだす行為は、命がけといっても過言ではなかった。さいわい、アセビは順調に安定期を迎え、今や臨月が迫っている状態だ。軽い吐き気や胃の痛み、食欲不振など、体調不良の日々が続く。
「……あっ!?」
「大丈夫だ。おれが診る」
クオンは、リュンヌの肩を押して仰向けに寝かせると、膝を立てて、股のあいだを調べた。ねばっとした透明な粘液に、少量の血が混じったものが出ている。清潔な布で拭きとり、性状に異常がないか慎重に見極めた。
「安心しろ。こいつはカラダに悪いものじゃない。いわゆる、おしるしってやつで、お腹の赤子からの合図だ」
「合図……?」
「出産が近づいてきているのさ。本格的な陣痛が始まったら、いよいよだ」
クオンは、むくんでいるアセビのふくら脛を指圧しながら胎教を説いた。
✓つづく
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