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第三部
栄光の約束⑵
しおりを挟む自己保存的な衝動ではなく、死の恐怖や孤独を前にして奮起したクオンは、絶対王政への希求を語ることにした。君主主権こそ、社会の混乱(個人の財産や生活の保障)を平等に指揮できると結論づけた。正当な支配権があってこそ、行為者個人だけでなく他者への危害を防止することができる。
「……リヤン、泣いている暇はないぞ。他人の意志に頼る必要もない。これは、おれたち義兄弟の戦争だ。自分が進んで認める範囲ではなく、あらゆる正邪を屈服させよう」
異なる人種を支配するには、安定した大国が必要である。不満足な環境におかれている人間の底力は、誰からも制限を受けない。リヤンは、リヤンなりの生き方をまっとうする権利がある。
「立て、リヤン。涙を流してばかりでは、命を落とした者たちが報われない」
混乱を整理して、欠陥を除去し、個人の献身によって新時代が成立する。リヤンを支えることが宿命だと悟ったクオンは、世上の平和を取り戻すため困難な道を選んだ。真の平和をいうならば、武力の戦が終わり、資源や経済が豊かになり、誰もが耕した土地を奪われずにすむ時代の到来こそ、治者の夢であり、希望そのものである。戦争は、あきらかに人を殺す行為であり、是認することはできない。クオンは、書物が好きな少年時代に、政治哲学や倫理観を身につけた。決断を下すのは、リヤンである。明晰な思考で突き動かされたのは、クオンだった。
ふたりの意志が合致した時、再構築された新しい時代が動きだす。
「……絶望の火が、希望を養うとは」
ぽつりと、リヤンがつぶやいた。勇気をだして発想を広げていく必要がある。雨がやむと、赤く燃える太陽に向かって少年が叫ぶ。大地には言葉が必要だと。生きる理由を叫ぶ声が、愛を語る声が、武器を持つものを裁く声が、風といっしょに心を変える声が、すべての生きている人のため、死者たちの名において、はて知れぬ忘却で、美しい国を夢みて──。
かつて、栄光を約束した記憶を思いだしたリヤンは、正殿へ戻るなり深い溜め息を吐いた。内側で待機していた護衛剣士は、その場から動かず皇帝の表情をさぐり、控えめな声で意見を述べた。
「おそれながら、進言させていただきます。陛下は計算がすぎるので、寵主さまに真実を告げるべきです。いつまでも誤解されていては、陛下が気の毒でなりません」
「頭が痛む故、小言は慎め」
「具合が悪いのですか? ならば、今すぐ医官を呼ばなくては!」
「そうではない。単純に疲労を感じているだけだ。長く闇に住んでいると、月明かりが眩しくてならん」
リヤンは自嘲ぎみに笑うと、中庭で月光を浴びて立つ義兄の姿を思い浮かべた。クオンこそ希望の光であり、アセビは意志を継ぐ人格者にふさわしい。黒いけもののように働く皇帝は、かろうじて人間の淵に立っていた。
✓つづく
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