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第三部
栄光の約束⒄
しおりを挟むクオンが皇宮の外へでたことを知らずに過ごすアセビは、朝食と薬湯を見かけない女官が運んできた点に疑問を抱きつつも、離宮への調査が可能となった今、たいして気に留めなかった。
「もうよい。下がれ」
先走る気持ちを苦心して抑えるアセビは、女官を追い払うと、早歩きで正殿を訪ねた。すでに身仕度を終えたリヤンは、老人の側近から離宮の鍵を受け取り、アセビへ手渡した。
「これで離宮にはいれるのか?」
「左様。見張りの兵士には伝えてある。くれぐれも離宮のものに手をつけるでないぞ。あくまで、見学を許可したまでだ」
「わかった。見てくる」
鍵を握りしめて頷くと、早速、離宮へ向かった。大王殿の透廊は迷路のようにつながっていたが、離宮は独立した建物につき、階段をおりて地面を歩く必要があった。
(ジュリアンさま、ジュリアンさま……!)
気持ちばかり焦っては、足もとの危険にまで意識が及ばない。うっかり大きめな石を踏みつけて、前方へよろめいた。すると、脇から伸びてきた腕に胴体を支えられ、転倒を回避した。
「すまぬ。助かった」
「寵主さま、お気をつけを……、あっ!」
若い兵士は、むにゅっとした感触に当惑し、「し、失礼しました」と、ひとこと詫びた。アセビの胸を摑んでしまった手を、おそるおそる引っ込め、微かに頬を赤く染めた。アセビが誰であるか承知しているため、皇宮のどこかで見かけているのだろう。
「おぬし、名は?」
寵主から名前を問われて驚く兵士は、一瞬ぎょっとして青ざめたが、すぐに背筋をのばして答えた。
「自分は〈エルツ・ホーエン〉と申します」
緊張ぎみに肩を張るエルツは、丈の短い甲冑や籠手をつけており、二十歳そこそこの若者に見えた。短甲がカラダに馴染んでいないようすから、まだ新米だと思われた。実戦経験の少ない兵士は、大王殿の倉番などに配置されている。
「エルツか。わたしは陛下の許可を得て、離宮の見学にきた」
「はい、側近の方から報せを受けております。どうぞ、お通りください」
エルツは離宮へ続く細道をあけ、寵主を見送った。3年前は越えることができなかった白亜の壁が見えてくると、衣服の内側から鍵を取りだし、鉄の門を解錠したアセビは、堅牢な離宮へ踏み込んだ。
✓つづく
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