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第1部
第25話
しおりを挟む「あれ、ノネコさんがいない」
「どうせ、いつもの散歩だろ」
亮介はキールと樽へ水を移し終えると、畑に水をまくハイロへ目を留めた。ミュオンは木陰で休んでいる。いつのまにか、両足の見た目がもどり、ミュオンの透けている部分は胸もとから膝くらいまでに、狭まっていた。しかし、あいかわらず右腕はスケスケで、元にもどらない。完全復活まで、もう少し、時間がかかりそうだった。
(ミュオンさん、だいじょうぶかな……。前みたいに、僕とキスをすれば、回復が早まるなら、協力するのに……)
人間と意味もなく口づけをするほど、精霊は浅はかではない。ファーストキスを奪われた亮介だが、ミュオンの顔色がよくなるさまを見て、衝動的な感情によるものではなく、応急処置として必要な接吻だったのではと解釈した。
(それに、ハイロさんはなにも言わないけど、人型になって、からだの調子はだいじょうぶなのかな……。ふたりとも、無理してなきゃいいけど……)
8歳の亮介に悩みを相談するほど、ミュオンもハイロも子どもではない。とはいえ、なにも話してもらえない状況は、さびしく感じた。
「リョースケって、いつから人間なんだ」
質問の突飛さに驚いたが、キールこそ、ハイロのように先祖がえりした場合、人型になるのかどうか気になった亮介は、率直にたずねた。
「僕は、生まれたときから人間だよ。キールのご先祖さまは、どんなひとたちだったの?」
「おいらの祖先は、動物界のイタチ亜科さ。地上のほかに、地中に巣穴を掘るアナグマとか、樹上性のテン、水生のカワウソとか海獺なんかも、生活様式が異なるけどイタチ科だぜ」
「カワウソ、ラッコ……、人型になったら、きっと、お目々がクリッとして、かわいいだろうなぁ」
動物園で飼育される彼らの姿をテレビで観かけるたび、温厚なイメージをもつ亮介だが、野生のカワウソは肉食につき、カモメを水中へ引きずりこんだり、ザリガニをバリバリ食べる一面がある。海獺といえば、おなかの上に石を置き、貝をたたきつけて食べるしぐさはかわいらしいが、激しい交尾で雌が命を落としたり、欲求不満で他の海洋生物を襲うという怖い側面もあった。
「おいらは、あいつらを見てかわいいとは、これっぽっちも思わないけどな。人間ってのは、いつも都合よく情報を処理しやがるから、下手な事故が起こるんだ」
「そ、そうかもだけど……」
「やい、リョースケ。まさか、おいらをかわいいとか思ってねーよな?」
「えっ? えーと……(思ってました。むしろ、抱っこしてみたい)」
イタチのキールは、ぴょこっとした耳や、小さくて毛深いフォルムは、まるでぬいぐるみのようである。
「おいらたち野生種の半獣はなぁ、ペットとはわけがちがうンだ。やすやすと懐柔できると思うなよ。おいらがその気になれば、リョースケなんか、頭からガブッと食っちまうぜ!」
手なづけたのはミュオンだが、亮介は「ご、ごめん」と素直に詫びた。キールのような小動物を見て癒やされるのは人間側の勝手な感情につき、当の生きものたちは、思う以上にきびしい日常を送っているのかもしれない。一見愛らしい姿の動物ほど、本性は凶暴であったりする。見た目の判断ほど、不十分であいまいな基準はない。
(そうだった。キールは小さいけど、いちおう肉食なんだよね……。ハイロさんだって……)
畑のほうから、ドサッという音が聞こえた。見れば、ハイロが俯せになって倒れている。亮介とキールは、あわてて駆け寄った。
★つづく
※タイトル、ほんの少し変えました。お読みいただき、誠にありがとうございます。
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