141 / 171
第8部
第141話
しおりを挟む互いに策をめぐらして意見が対立するキールと大熊の勝負は、一瞬で決着がついた。生まれつき左目が開かないクマは、あきらかに身体的なハンデを負っている。キールは、素速く相手の左側へまわりこみ、脇腹に噛みつこうとしたが、作戦は失敗に終わった。
バキバキッと地面に亀裂がはいり、とっさに後退したキールの頭上には、シギではなく地の精霊が浮いていた。いつもの全裸状態ではなく、薄茶色の浴衣のような服を身につけており、素足のままキールの前に降り立つと、『生簀の法は、梟が証さねばならんぞ』と、意味不明な科白を述べた。
「あんた、出てくるのが早すぎだろ! せっかく大熊野郎が油断してたってのに……」と、キールが悔しがると、ジェミャは腰に手をあて『われの勝手ぞ』と、ため息を吐く。
「あ、あれは、いつかの全裸ヤロウですぜ、兄者! ……きょうは、服を着てるっスね」
キツネは大熊のかたわらに駆け寄り、ジェミャを見あげた。地の精霊が放つ霊力には、注意が必要である。また大熊が幼獣化させられては状況が不利になるため、グルルッと喉を鳴らして警戒した。大熊は、じっとジェミャを見据え、次なる策を思案する。
「……ったくよ、あんたって、ミュオンよりなにを考えてるかよくわかんねー精霊だよな」
『われを他の精霊と同じにするな。もとより、精霊は唯一無二なり。ひとつとして、同一個体は存在しない』
「……それって、ミュオンはミュオンってことだろ? わかってるさ。今のあいつは弱ってるからな。分化して助かっても、それはもう、あいつじゃない。まったく別の水の精霊になっちまうンだろ」
キールとジェミャの会話から察するに、大熊が存在をうらやむ水の精霊は、じきに消えるらしい。涙と苦しみに属さぬ愛はない。ハイロと愛しあったミュオンの代償は、心の裂傷である。ゆえに、ハイロに対して素直な気持ちで向き合うことはできなかった。好きだと伝えても、自分が消えてしまっては意味がない。
人間だけでなく動物や精霊も、奇異な別離は幸福を砕き、あすに起き立つ希望を失わせる。それでも、どんなに苦しくても、現実を生きていかねばならない。ひややかな大地の下で、生きるすべを知るときを待つ黒蛇のように、孤独な感情を押し秘めて、十字架の影を遠ざけて、かしこに燃える太陽に愛を語る。なにが起きても、なにを消されても、季節はめぐり、すべての生は流動する。
「おい」
と、大熊に声をかけられたジェミャは、くすッと笑い、高みの見物をする大鳥を一瞥した。本来、頻繁に半獣属との接点をもたない精霊が、ここまで亮介と関わる理由は、ひとつしかない。少年は、精霊の加護を受けている。それは偶然ではなく、黒蛇の体内で再生のときを待つリヒトに、必要な存在でもあり、森の行方を左右する大きな変換期が近い。地の精霊は、誰よりも早く、地中を活発に動きまわる黒蛇の気配を察知し、なにが起ころうとしているのか、緑の谷間で数々の夜を思いだす。
永遠と自由、ばら色の肌
やさしくつながった肉体
快楽と、苦悩、
いたるところで花が咲き
大地の扉をたたく
どれだけの苦痛に耐えれば
恐怖は平安に変わるのか
心の破綻 愛の終焉
森で いつも誰かが愛しあう
いつわりの幸福と、流れる涙
隠れ家は
真実を映すだろう
シギが得意げに歌うと、ジェミャは軽快に踊りだす。すると、大熊とキツネは戦意喪失となり、呆気にとられたキールも、ぽかんとした。
★つづく
28
あなたにおすすめの小説
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!
迷路を跳ぶ狐
BL
*あらすじを改稿し、タグを編集する予定です m(_ _)m後からの改稿、追加で申し訳ございません (>_<)
社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。
だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。
それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。
けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。
一体なんの話だよ!!
否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。
ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。
寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……
全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。
食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていたのだが……
*残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。
主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい
発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』
そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。
そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。
あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。
「あ、こいつが主人公だ」
超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる