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第9部
第156話
しおりを挟む「リヒトがしゃべらない原因は、ずばり、愛情不足じゃないかな!?」
せっかく生き返ったとしても(正確にはからだが再生した)、成長過程において、いちばん必要とされる母親がそばにいなければ、リヒトは孤独を感じてしまうだろう。それは、リヒトが誕生した瞬間も同様で、父親だけでは心が満たされず、やがて大神との交流を深めていく。現在、ミュオンが消息を絶ち、リヒトを保護するジェミャは、まさに母親代わりとなっている(リヒトは成長した姿で蘇ったため、授乳は必要ない)。
自分なりに考えた意見をノネコに伝えた亮介は、ほんの少しリヒトに同情した。両親に祝福されて生まれてきた赤ン坊は、愛情に飢えている。そのことに本人が無自覚であったとしても、小さなからだを抱きしめる腕の強さや温もりは、潜在記憶として脳裏に刻まれるものである。
(リヒトを、ミュオンさんに逢わせてあげたい! 僕は、そう思う!)
ハイロとミュオンの再会は、リヒトとの顔合わせも意味する事象となった今、亮介の願いはただひとつだ。家族がいっしょに暮らすこと。種族がちがうといった理由だけで、これほど複雑な過程を歩むとは、異世界にかぎらず、現実は過酷である。運命を乗りこえるには、他者の力が必要だと思う亮介は、リヒトのためにも、ミュオンの回復が待ち遠しくてたまらなかった。
希望を語る亮介の表情は、至って真剣だ。ソファに伏せて前足を組んでいたノネコは、スクッと立ちあがり、亮介の足もとへ移動した。
「そうだねぇ。なにもかも、最初からやり直せたら、皆が幸せになれるかもしれないね。……けれど、そうかんたんにはいかないのさ。なにより、分化したミュオンさんがリヒトを見ても、わが子だと認識できないだろうからね。……ただでさえ、水の精霊は同じあやまちをくり返してはならないのだ」
「ちょっと待って。どうして、あやまちなの? ただ純粋に、ふたりの心が惹かれあった結果なのに、異種族に恋したら罪に問われるの? 両想いなら、その気持ちはあやまちなんかじゃないよ!」
「リョウスケくん、われわれ動物社会で生きる種族において、子孫を残すことは、とても重要な意味があるのだよ。人間のように、国境を越えて自由に愛しあっていたら、純血種が絶滅してしまうんだ」
「……あ、……そう……だよね。ごめんなさい、ノネコさん。僕、ついムキになっちゃって……」
まあまあ、おちつきなよとばかり、ノネコは亮介の脛に頭をこすりつけた。もふもふとした感触に、思わず亮介は「くすぐったいよ」と、笑みがこぼれた。当事者をよそに、亮介とノネコの意見が対立したところで、問題は解決しない。リヒトの復活は奇蹟的だと思えたが、すべては過去と未来をつなぐために用意された筋書きであり、それを希む意志が、森のどこかではたらいている。いったい誰が、なんの目的で、ミュオンの運命をいたずらに迷走させるのか。亮介はノネコの頭をやさしく撫でると、これまでの状況を整理するため、沈黙した。それから、リヒトとの関係性についても思考をめぐらせた。
(リヒトにとって復活は、なにを意味するのだろう。ずいぶん長いあいだ、黒蛇さんの体内にいたみいだけど、よく無事でいられたなぁ……)
仮にも、亮介は黒蛇に丸呑みされた経験をもつため、リヒトが受けたであろう苦しみは理解できた。
(あれ? 苦しかったっけ?)
ミュオンとハイロに救出されるまでの記憶があいまいな亮介は、初めて黒蛇の立場になって考えた。空腹なら、襲われて当然だ。黒蛇は、なにも悪くないのだ。
★つづく
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