19 / 93
スーツの下の化けの皮
第16話
しおりを挟むさすがに血迷いすぎた幸田は、ジャケットの内ポケットから煙草の包みを取りだすと、姫季の了解を得て、ライターで火を点けた。室内に烟が充満しないよう、ひと喫みするだけにとどめ、すぐに携帯灰皿で潰して捨てた。
「……すまない」
キッチンで熱いコーヒーを淹れ直す姫季は、幸田の謝罪を聞き流した。誰かと体温を共有した感触は久しぶりにつき、むしろ、胸が高鳴った。マグカップをふたつ持ち歩き、幸田にはミルクを添えて差しだす。
「……どうもありがとう」
気分を落ちつかせるため、最初のひと口はブラックで飲んだ。苦味が咽喉の奥を通過すると、ほぅっ、と、息を吐く。ミルクを足して、ふた口目を飲むと、ようやく平静を取りもどせた。
「幸田さんって、男と寝たことないの?」
せっかく調子が回復したところで、またもや心臓に悪い質問を受けた。
「あるわけないだろう。だいいち、どうしてきみは、いちいち、そんなふうに考えるんだ」
「キスがうまかったから、ベッドでもテクニシャンかと思って」
「うまいものか。きみのほうが熟練者だろうに……」
「おれのことをもっと知りたければ、いつでも部屋へ来なよ。そうだ、合鍵を渡しておくのを忘れてたっけ」
姫季はサイドボードの抽斗から犬のキーホルダーをつけた合鍵を持ちだすと、幸田の前へ、カチャンとおいた。
「悪いが、こういうのは受け取れない。きみは、俺を信用しすぎだ」
「信用なんかしてないよ。勝手に依存してるだけ。幸田さんが持っていると安心するから、受け取ってほしい。……どうしても迷惑なら、最後くらい、おれと寝てから別れてよ」
幸田は、究極の二択を迫られた。どちらを択んでも、姫季は満足を得る結果になる。当然ながら、後者だけは避けたい幸田は、しかたないとばかり、合鍵を一時的に預かるほうに決めた。携帯電話の番号を交換し、ふたりきりで外食をして、ディープキスをする。部屋の合鍵まで渡された幸田は、姫季の恋人以外、何者でもないような気がした。
「……ところで、それはなんだ?」
いくぶん疲労を感じる幸田は、本題を見ぬき、風呂敷の中身を訊ねた。姫季は、仮縫いまで仕上げた衣服をテーブルにひろげた。
✰つづく
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
35
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる