スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮

第16話

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 さすがに血迷いすぎた幸田は、ジャケットの内ポケットから煙草たばこの包みを取りだすと、姫季の了解を得て、ライターで火を点けた。室内にけむりが充満しないよう、ひと喫みするだけにとどめ、すぐに携帯灰皿で潰して捨てた。

「……すまない」

 キッチンで熱いコーヒーを淹れ直す姫季は、幸田の謝罪を聞き流した。誰かと体温を共有した感触は久しぶりにつき、むしろ、胸が高鳴った。マグカップをふたつ持ち歩き、幸田にはミルクを添えて差しだす。

「……どうもありがとう」

 気分を落ちつかせるため、最初のひと口はブラックで飲んだ。苦味が咽喉のどの奥を通過すると、ほぅっ、と、息を吐く。ミルクを足して、ふた口目くちめを飲むと、ようやく平静を取りもどせた。

「幸田さんって、男と寝たことないの?」

 せっかく調子が回復したところで、またもや心臓に悪い質問を受けた。

「あるわけないだろう。だいいち、どうしてきみは、いちいち、そんなふうに考えるんだ」
「キスがうまかったから、ベッドでもテクニシャンかと思って」
「うまいものか。きみのほうが熟練者だろうに……」
「おれのことをもっと知りたければ、いつでも部屋ここへ来なよ。そうだ、合鍵スペアを渡しておくのを忘れてたっけ」

 姫季はサイドボードの抽斗ひきだしから犬のキーホルダーをつけた合鍵あいかぎを持ちだすと、幸田の前へ、カチャンとおいた。

「悪いが、こういうのは受け取れない。きみは、俺を信用しすぎだ」
「信用なんかしてないよ。勝手に依存いぞんしてるだけ。幸田さんが持っていると安心するから、受け取ってほしい。……どうしても迷惑なら、最後くらい、おれと寝てから別れてよ」

 幸田は、究極の二択にたくを迫られた。どちらをえらんでも、姫季は満足を得る結果になる。当然ながら、後者だけは避けたい幸田は、しかたないとばかり、合鍵を一時的に預かるほうに決めた。携帯電話の番号を交換し、ふたりきりで外食をして、ディープキスをする。部屋の合鍵まで渡された幸田は、姫季の恋人以外、何者でもないような気がした。

「……ところで、それ、、はなんだ?」

 いくぶん疲労を感じる幸田は、本題を見ぬき、風呂敷の中身をたずねた。姫季は、仮縫いまで仕上げた衣服をテーブルにひろげた。


✰つづく
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