スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮

第25話

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「本当に、これをきみが作ったのか?」

 そうだよ、と云う姫季の声は、すきま風に吹かれて消えた。学生が課題として制作した展示品のなかに、姫季が仕立てたシャツとパンツを着せたマネキンが立っている。幸田は、思わず絶句した。機械を使わず、すべてを手縫いで作ることは可能だが、技術と時間だけでなく、根気もいる作業である。見事にやり遂げた姫季の作品は、素人しろうとが見ても、良質なものだとわかるほど、異彩を放っていた。

「展示期間が終了するまで持ち帰れないけど、これは幸田さんのために作ったものだから、プレゼントするよ」

「いいのかい? こんなすごいものを俺がもらっても……」

「なに云ってんのさ。これはあなた、、、にしか着れないものだぞ。幸田さんの体形に合わせて縫ってあるんだからな」

「……そう、だったね。どうもありがとう、姫季くん」

 “あんた”呼ばわりから“あなた”へと固有名詞が変化(昇格)していたが、幸田は作品に目を奪われており、気にとめなかった。大量生産品よりも太口の糸で縫ってあるため、長持ちする仕様で、どちらの生地も、綿と合成繊維の組み合わせで織られている。幸田の肌味になじむ、、、よう、明るめの配色を選んである。

「なんという色なんだい?」
「シャツのほうはライトブルーで、パンツはカーキだよ。細身のデザインにしてあるけど、どんな季節でもカジュアルにキマると思う」
「ここまで完璧なコーディネイトをしてもらえるとは、恋人冥利みょうりに尽きるのかな?」
「さあ、どうかな。あなたの私服があまりにも絶望的だったから、つい、お節介を焼きたくなっただけかもよ」
「云うね」
「……事実だろ?」

 姫季が上目遣いで念をおすと、幸田から脇腹わきばら小突こづかれた。ふだんの姫季は、学友の沢村にさえ、身体的な接触はゆるしていない。だが、幸田の場合、なぜか例外の部類に分けられていた。最初に腕をのばしてつかまえたのは姫季のほうだが、身体には手をださず、スーツの裾に触れていた。

「どうかしたのかい」
「え……」
「指、怪我でもしたのか?」

 じっと、手のひらを見つめる姫季に、幸田は怪訝けげんそうな顔をした。「なんでもない」とこたえた学生は、話題を変更した。

「これから、手芸店に付き合ってよ。材料を補充したいんだ」
「ああ、いいよ」


✰つづく
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