スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮/二幕

第52話

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 新幹線を降りると、幸田は姫季の荷物を引き受けて、旅館から迎えにきたワゴン車の運転手に状況を説明した。

「そうですか、お連れさまが乗り物酔いですか。いやはや、これから向かう旅館は、山道を走りますので、よく到着してから気分を悪くされてしまう方がおりましてね。こちらは市販品の胃薬ですが、よろしければお飲みになりますか?」

 接客に慣れているベテランの運転手は、ダッシュボードから薬箱を取りだし、自動販売機を指で示した。高齢者ドライバーに見えたが、背筋はピンと伸びている。幸田は荷物を預けると、バス停のベンチで項垂うなだれる恋人の元へ引き返した。

「姫季くん、酔い止めの薬だ。飲むかい?」
「……うん」
「まだ吐きそうか?」
「……へ、平気」
「あまり気にするなよ。今、新しい水を買ってきてやろう」

 頼りがいのある大人の男性に、姫季の胸は、熱くなるいっぽうだ。ひと月ほど前から、きょうの日のことばかり考えていた姫季は、期待と緊張のあまり、車内で具合が悪くなった。ゲェと胃液を吐く失態から始まってしまったが、旅行期間は二泊三日もあるため、汚名は返上できるはずだ。

「……ここまで来たからには、絶対するぞ。……おれが、あなたを本気で好きだってこと証明しなきゃ」

 いくら受け身とはいえ、ヘテロの幸田に任せてばかりはいられない。きちんとした手順を誘導し、愛し合う時間を長く共有し、深いところまでつながる必要がある。

「……って、うわわっ。なに興奮してんだ、おれ!」

 うっかり先走りそうになった姫季は、下半身を鎮めることに集中した。ペットボトルを片手に、幸田が歩いてくる。姫季が仕立てたライトブルーのシャツを、カジュアルに着こなしていた。シルエットが細く見えても、幸田の躰つきは、姫季よりもずっとたくましい。いわゆる、着痩せする体形の持ち主だった。

「……幸田さんって、よく見ると男前だよな」

 姫季は、幸田にすがりつきたい衝動を抑制し、飲料水を受け取って薬を飲んだ。ワゴン車に乗って山道を移動する際、こみあげてくる胃液を吐かずにがまんした。山奥に立つ老舗旅館に到着すると、着物姿の若女将に客室まで案内された。

「それでは、夕餉ゆうげの時刻までにはおへやにお戻りください。露天風呂は貸し切りとなっておりますので、いつでもご利用いただけます。ごゆっくりどうぞ」

 幸田は、客室と風呂場の鍵を受け取ると、たたみのうえでぐったり、、、、する姫季をふり向いた。

「布団を敷いてやろう。その恰好かっこうでいるよりも、浴衣に着がえたほうが、リラックスできるのではないか?」
「……じゃあ、お願い」
「お願い?」
「服、脱がせてよ」

 姫季が大の字になっていうと、幸田は一瞬、変な顔をした。とはいえ、周りを気にするような場面ではないため、相手のシャツに腕をのばし、ボタンいた。ベルトを外してズボンを脱がせると、姫季から抱きつかれた。

「ねぇ、セックスしよっか?」
「今からか? まずは風呂が先ではなかったかい」
「……あ、そっか」
「それに、まだ顔色がよくないな。夜まで少し休んだほうがいい」
「わかったよ、そうする。……おれを抱く気、あるよね?」
「もちろん。今度こそ最後までしよう」
「……うん」

 姫季のほうから幸田に口づけると、浴衣に袖を通した。細い腰に帯を結ぶと、幸田が敷いた布団へ横になる。「靴下は脱がせてくれないの?」といって片足をあげる姫季に、幸田は「はいよ」とこたえ、ふくらはぎに手を添えて、ひざにキスをした。


✰つづく
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