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スーツの下の化けの皮/二幕
第78話
しおりを挟む姫季はシャワーを浴びながら、下腹部に残る性交痛を感じた。出血などは見られないが、開口部の表皮が炎症するのは、いつものことである。受け身である以上、それは不快な痛みではない。髪を洗いながら、ラブホテルでセックスをする理由を考えた。
「恋人同士なのに、いちいち外でする必要あるか? 幸田さん的には、ムダな出費じゃんか。マンションですれば無料なのに……」
身なりを整えると、先に帰り仕度を終えて待つ幸田に声をかけた。
「おれ、腹が減ったかも」
「もうこんな時間だしな。どこかで夕飯を食べて帰ろうか。……歩ける?」
「歩けるよ。ってか、おれの尻穴を心配するくらいなら、あんなにたくさん腰を振らなきゃいいだろ」
「そ、そうだな。さすがに、欲張りすぎたと反省している。……きみの反応が可愛いらしくて、つい夢中になってしまったよ」
「ちょっと、なにそれ。おれのせいにする気? ……ぁんっ!?」
姫季の腰を引き寄せてキスをした幸田は、重ねた唇を少しだけ浮かせると、「相談がある」と、話を持ちかけた。
「か、顔が近い……」
「いやか?」
「いやじゃないけど、もうちょい離れて話してよ。心臓がドキドキする……」
「はいよ」
たじろぐ姫季の髪から、シャンプーの匂いがした。備え付けのドライヤーで乾かしたあとにつき、ほんのり香っている。
「勘の鋭いきみなら、なぜ、俺がこんなラブホテルを選んだのか、気になっているだろうと思ってね。その疑問に答えてやってもいいが、その前に、許可をもらいたい件がある」
「許可って……?」
幸田は神妙な顔をして小さくうなずくと、姫季の肩に手のひらを添え、正面から向き合った。
「俺に、石津くんとふたりで話をさせてくれないか?」
「は? なんで、幸田さんが? 石津さんとはもう……、ってか、幸田さんは、あの人と関わらないで!」
案の定、姫季は取り乱したが、幸田は「頼むよ」と念をおす。
「幸田さんは、おれのこと信じてないの?」
「信じてるよ」
「だったらなんで、石津さんに逢う必要があるんだよ」
「こんどは俺が、きみのすべてを手に入れる番だからさ」
「……え?」
幸田は、動揺する姫季に笑みを浮かべて見せた。
「これでも、色々と抑制しているんだ。……わかるかい? つまり、遠慮なく姫季くんと交際できる方法は、ひとつしかない。俺たちの本番は、まだこれから始まるんだ」
「……お、おれがまだ、石津さんに未練があるとか思ってる? 全然ちがうからな。あの人とは、縁を切ったよ。絵のモデルも電話で断った」
「では、あえて訊かせてもらうが、俺に抱かれているとき、石津くんのことを少しも考えなかったか?」
問われた瞬間、姫季は背筋にザワッと寒気がした。シャワーを浴びた躰は温まっていたが、ゾクゾクと血の気が引いてゆく。心の底にある弱点を、幸田に見抜かれていた。顔を横向けて視線を逸らした姫季は、ぐっ、と眉をひそめた。
「……そりゃ、初めて石津さんとセックスした場所もラブホだったから、当時のことがチラついたけど、しかたないだろ。そう簡単に忘れられなくて、気まずいわけだし……」
「ああ、正直で結構だ。俺としては、過去を上書きしていこうと思っている。それには、あと何回、ラブホテルを利用すればいい?」
「元カレとセックスした回数なんて、白状したくない……。幸田さんは、好きなだけおれを抱けばいいよ。ラブホでもどこでも、ついて行くからさ……」
姫季は、幸田の腕から逃れると、いくらか拗ねた態度を取った。
✰つづく
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