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スーツの下の化けの皮/二幕
第80話
しおりを挟む学生相手に、臨戦モードな態度を取るのは、どうにも気が引ける。幸田は少し悩んだ末、カジュアルな服装で大学へ向かった。本日は年次休暇を取り、会社は休みである。急ぐ必要はないため、のんびり電車に揺られ、目的地まで到着した。
「さて、ここまで来たが、どうやって石津くんを探そうか……」
平日の昼間につき、キャンパスは学生の声で賑わっている。正門に佇む幸田へ最初に目を留めた人物は、ショートヘアの女子だった。
「あのぅ、ここで何をしているんですか?」
近づいてきて、そう訊ねる。脇に画集を抱え、左手に絵の具の木箱をさげているため、美術科の学生だと思われた。校庭で風景画を描いていたようだ。幸田は、臨機応変に対処する。
「人を待っているんだ。きみは、石津要くんを知っているかい?」
「はい、知ってます。彼なら、芸術学部の4年生です」
「ああ、その彼だ。もし可能であれば、呼んできてもらえないだろうか? 約束の時間より、早く着いてしまってね。俺は幸田という者だ。名前を云えばわかるだろう」
「いいですよ。美術科とは同じ校舎なので、もどるついでに伝えておきますね。あ、わたしは七架といいます。七架巴です」
「どうもありがとう、七架くん」
彼女はペコッと会釈をし、離れていく。なかなか親切な対応につき、とても援助交際をしているようには見えなかった(まだ沢村からは彼女として扱われている)。目の前の校舎のどこかに、守るべき存在の姫季がいる。石津を待つあいだ、幸田の心中はふしぎなくらい穏やかだった。玄関ホールから、見るからにスタイリッシュな学生が姿をあらわすと、
「誰がいつ、約束をしたって?」
と、イノセントアッシュの眼で睨みをきかせてくる。さすがに無理がある口実につき、幸田は苦笑いして「すまないね」と、ひとこと詫びた。恋敵とはいえ、話を合わせて足を運ぶ判断をくだした点は、評価に値する。
✰つづく
■用語⑧/援助交際……男性が女性に対して「金品」を差しだし、それと引き換えに「性交渉」するため、略して「援交」ともいう。内容によっては逮捕されてしまうケースもあるので、注意が必要。
✰ ✰ ✰ ✰ ✰ ✰ ✰
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