スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮/二幕

第81話

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[姫季視点より]

 
 春、造形大学の1年生として新しい生活を送り始めた姫季は、市外に位置するラブホテル〈ムーンズ〉にいた。

「どうした? 早く脱げよ」

「……あ、あの、おれ」

「いきなり全裸ヌードになれとは云わない。きょうのところは上半身をスケッチさせろ。シャツを脱いで、そこのベッドに座りな」

 知り合って間もない石津は、命令口調で姫季をしたがわせる。ラブホテル代は石津の負担であり、モデル役に躊躇されては時間がもったいないため、「さっさとしろ」と、催促してくる。途惑とまどいながらシャツのボタンいた姫季は、云われたとおりダブルベッドの端へ腰かけた。ぎしっ、という音が響くと、心臓がドキッと跳ねる。

あごを軽く引いて、両手は膝のうえにおけ。へそは隠すなよ。そこから、鼻筋がとおっているからな。……寒かったら教えろ。風邪を引かれたら面倒だ」

「……わかりました」

 石津は、オールレザー製の間口が広いメッセンジャーバッグからスケッチブックと筆記用具を取りだすと、備え付けのテーブルに膝を組んで座り、姫季を正面から観察した。イノセントアッシュの瞳で素肌を凝視される姫季は、寒いどころか、じわじわと熱を帯び、気持ちが高揚してくる。ときおり、緊張のあまり咽喉のどが小さくふるえた。

「おい、動くなよ」
「……す、すみません」
「おまえ、下の名前はつかさといったな」
「はい」
そのシャツ、、、、、、なにか意味があるのか」
「え?」
「入学式にも着ていたが、自分で作ったやつだろう? よく見ると、えりに白い花が刺繍されていたんだな」

 石津は鉛筆を動かす手を止め、胸もとへ視線を向けてくる。姫季はそわそわとして、肩を揺らした。脱いだシャツが床に落ちている。それは、自ら仕立てた最初の作品につき、意味を問われても返事に困る。気に入っているわけではないが、完成度は高い。先が丸いラウンドカラーのえりに、ホトトギスをモチーフにした刺繍を施してある。花びらの斑点は再現しておらず、形だけで種類をいい当てるのは至難のわざだろう。ちなみに、ホトトギスの花言葉は、“永遠にあなたのもの”や“秘めた思い”である。以前、母が仕立てたシャツは、すべて衣装ケースの底に押しこんであった。


✰つづく
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