5 / 42
第3話
しおりを挟むなにか、やわらかいものが口唇を塞いでいる。洞窟でロンファの接吻を受けた際、青年の唾液を呑み込んだジェイクは、その光景が脳裏をよぎる。憶えていないはずの場面が、はっきり頭の内奥に浮かんできた。
(……あいつなのか? あいつが俺に、何かした張本人か!?)
フッと、金縛りが解けたジェイクは、目の前の男衆を押し退けて走りだす。士官学校時代、短距離走の記録保持者でもあるジェイクの脚力は、島民を(ますます)驚かせた。砂浜まで一直線に向かっていくと、青年はジェイクの接近を避けるように、サッと、岩陰へ姿を消した。
「ふん、いいだろう。どこへ行こうと必ず見つけてやる」
逃げるように立ち去る青年だが、向かった先はあの洞窟だろうと思われた。そこが彼の棲家だと、そんな気がするジェイクは、短靴の底で岩場の窪みを捉えながら、しっかりとした足取りで登ってゆく。胴体に巻きつけたシーツが落ちそうになると、いったん立ちどまり、胸もとできつく結び直した。
(……なぜ、わざわざ脱がせる必要があった? あいつが俺の服を持っているというわけか。どの道、用があるのはこっちのほうだ。聞きたいことが山ほどある。……あいつは、何者なんだ。この俺自身も……)
怪我を負った記憶がないため、ジェイクは青年の行動が理解できず、顔をしかめた。もっとも、背中の傷は深く、頭部から流れた血の量も多かった。ただでさえ、海水を飲んで内臓が弱り、皮膚の表面はスリ傷だらけであった。ロンファの応急処置と唾液のおかげで完治していたが、あのまま海岸に放置された場合、ジェイクは確実に命を落としていた。
「……あいつは、どこだ」
裸族の島民とちがい、彼は太腿まで隠れる白い麻布を着ていた。高い岩場から辺りを見まわし、人影や洞窟がないかを探す。ザァーンッと、波が打ち寄せて返すようすは、ひどく穏やかに見えた。振り返ると、緑の山や、鮮やかな草花へ目が留まる。島の空気も爽やかで、嵐の海に溺れ、瀕死の状態で流れ着いたとは考えもしなかった。
健忘症という、忘れてしまったこと自体を覚えている記憶障害がある。原因となった頭部の外傷は完治していたが、ジェイクが脳に衝撃を受けた事実は変わらないため、名前以外の記憶が抜け落ちていた。また、かつての記憶が戻るかどうかは、症例により異なってくる。これより先、ジェイクが己の立場と目的を思い出したとき、帝国の計略と島の行末に、ひどく葛藤することになる。
✓つづく
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる