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きびしい始まり
第9話
しおりを挟むうす暗い牢屋にとじこめられて一週間目の朝、リツェルは柵越しに見張り役のセドリックへ声をかけた。
「あのさ……、おれがいた部屋って、今どうなってんだ?」
「リツェル坊ちゃまのお荷物は、ひとまとめにしてありますよ。あなたが地上の部屋へもどれる可能性はないに等しいと思いますが、まいにち欠かさず、掃除もおこなっております」
「おれの荷物は、どうする気だ……」
「べつにどうもしません。ときがくれば、処分するだけです」
「ハッ、なんだよそれ。ひとの私物を勝手に燃やすのか? 返せ! おれの持ちものには、母さまの形見もはいっているんだ」
「そのようなものは、見当たりませんでしたが……」
とっさにうそをつくリツェルだが、首をかしげるセドリックを見て、これならばいけると思った。鉄柵をつかんで「たのむ」と訴える。
「部屋のどこに隠したかは、おれだけが知っている。唯一の形見だから、誰にもさわらせたくなかったんだ。……なあ、セドリック。少しだけここから出してくれないか? 母さまの形見は、おれの手で取りもどしたい」
リツェルの母が早逝だった事実を把握するセドリックは、おろかな性奴隷と成り果てた彼を(ほんの一瞬)気の毒に思った。朝から酒をのんで上機嫌のタドゥザは、広間で使用人たちの尻を追いかけまわしている。今夜は確実に、伯爵によって純潔をうばわれるリツェルをまえに、セドリックは小さくため息を吐いた。
仮にも、貴族の令息として生まれたリツェルだが、今朝の食事にはいくらも手をつけておらず、しびれ薬の副作用で胃腸が弱っていた。これまで、幾人もの若者がタドゥザに凌辱される場面を見てきたセドリックは、少なからず同情した。
「たのむよ、セドリック……」
「リツェル坊ちゃま……、そんな泣きそうな顔でわたしを見ないでください。本来ならば、ハミルトさまの許可なく地下室からお出しするなど、あり得ないことです。しかし、そのような理由とあらば致し方ありません。……ただし、おとなしく牢屋へもどることを条件といたします。いいですね?」
「わかった。約束する(よし、うまくいったぞ!)」
今のところ、脱走をうたがう気配はない。七日ぶりに宮殿の廊下を歩くリツェルは、セドリックの虚を突いて逃亡を実行した。
「リツェルさま!? どちらへ行かれるのですか!」
現在地は二階だったが、思いきって窓から飛びおりると、庭木がクッションとなって芝生の上に転落した。すぐさま起きあがって全力疾走するリツェルは、もう二度とふり返らないときめた。
「はぁっ、はぁっ、……やった、……やったぜ! 外にでられた! おれは自由だ!!」
日が暮れるころ、見知らぬ小さな町へたどりついたリツェルは、皿洗いなどをするかわりに空き部屋へ泊めてもらえないかどうか、いくつかの宿屋で頭をさげた。
「なんだい、裸足で出歩くなんて、ずいぶん汚い子だねぇ。まずは顔と足を洗ってきな。それに、その恰好もひどいもんだ。まさか、罪人や身売りじゃないだろうね」
「ち、ちがいます。おれは道に迷って……、みんなに置いていかれちまったみたいだ。あしたには、この町を出ていく……」
「ふうん、家族とはぐれたのかい? まあ、ひと晩くらいなら、一階の角部屋を使っていいよ。あそこは倉庫がわりに木箱が山積みになっているけれど、それでもよけりゃ、泊まってきな」
三軒目にして、女主人に寝る場所と着がえを提供されたリツェルは、ホッとため息を吐いた。うかつに素性を告げては危険だと思い、旅芸人のひとりだと名乗っておく。イルシュタット州はタドゥザの息がかかる土地につき、慎重に行動する必要があった。云われたとおり洗い場で作業をするリツェルの横顔を、じっと見つめる男がいた。女主人の息子である。二十代前半らしいが、実年齢より老けて見えた。
「ふう、疲れた」
逃亡劇のさなか、慣れない仕事をしてまぶたが重くなるリツェルは、木箱のすきまで丸くなって眠った。夜半に目をさますと、キィッと扉があいた。
「……あんたは……たしか」
リツェルが着ている服の持ち主で、女主人の息子が部屋へはいってきた。蝋燭の火をゆらめかせ、じりじり近寄ってくる。こんな時刻になんの用かと口をひらくより先に、いきなりシャツを裂かれておどろいた。
「なにをする!」
「おまえ性奴隷だろ? 一発やらせろよ」
宿屋の息子に身の上を誤解されて襲われたリツェルは、強引な手つきでズボンを脱がされた。
《つづく》
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