125 / 200
〘125〙安全地帯
しおりを挟むなぜ、そんな話をしたのか。キリコの思いを(もうひと息で)読み取れそうな気がしたハルチカは、仏間の花瓶に水を差す哥の姿を発見するなり、「おれにキスして!」と、詰め寄った。
「なんでだよ。」
アカラギのぞんざいな口ぶりは、むしろ爽快でさえある。ハルチカは負けずに首をのばしたが、あっさり避けられた。
「哥さん、人助けだと思って、おれにキスしてみてよ。」
「なにが人助けだ。それこそ、断る。」
「ちょっとだけでいいから、」
「お断りだ。」
「なんでさ? 前は、頼んだらしてくれたのに……、じゃあ、こっちからするもんね!」
気は関係ない。キリコの心情を理解するためにも、アカラギの協力は必須である。強引に迫ってくるハルチカの顔を片手で押し返すアカラギは、「いいかげんにしろ、」といって、仏間から廊下にでた。そこへ、いちばん鉢合わせたくないタカムラがやってきて、アカラギに書類の束を手渡した。
「目を通しておけ。午后には出かけるぞ。」
「承知しました。」
楼主は二号店の工事現場へ、アカラギと下見にいく予定を告げると、ハルチカには目も呉れず立ち去った。仕事のじゃまはしたくないハルチカだが、ほんじつは休業日である。アカラギの手許をのぞき込むと、新規雇用契約書という文字が見えた。
「哥さんは、いつも忙しそうだね。」
キスしてもらえなかったハルチカは、わざと厭味っぽく口走ると、フイッと顔を背けた。水差しと書類を持つアカラギの手は、ふさがっている。キスを強行するならば今が好機だが、ハルチカは見逃してしまった。
「まぬけ。」というアカラギのことばさえ、耳には届かぬようすで、階段をのぼっていく。「おまえら、もっとふつうの会話ができないのか?」ヒシクラが口をはさむ。休業日でも、作務衣を着て帳場に坐る。仏間でのやりとりを見ていたわけではないが、知ったふうな顔をして、アカラギとハルチカの関係を茶化した。
「ハルチカは、確信をほしがっている。云うべきことばがなければ、抱きとめたり、髪を撫でたり、いくらでも応える方法があるだろうに、」
ヒシクラにも、水差しと書類を持ち歩くアカラギの姿が、ぼやけて見えるらしい。手をあけるという選択肢は、アカラギの頭にはない。託されたものは、手放すまえに責任を果たす。対象は問わない。じぶんの甘さに腹を立てるハルチカと異なり、アカラギは無駄を省いて立ちまわる性分である。何事も安全確保が最優先で、ハルチカのいう人助けは、思わぬ事故をまねく危険があると直感した。
「ところで、」
お節介は要らない。アカラギは無言だが、そんな心の声が聞こえた気がするヒシクラは、話題を変えた。
「午后になったら、タカムラと出かけるんだろう? そのあいだ、おれがハルチカの部屋をたずねてもいいか? ……あいつとふたりきりになる場合、おまえさんの許可を得ていたほうが、いろいろと無難だろうからな。」
ヒシクラの手癖は、アカラギも承知していた。これまで、帳場でしごかれるハルチカの姿を幾度となく見かけてきたアカラギは、今さら許可を求めるヒシクラの態度に、変化を認めた。とはいえ、細かいことは気にしない。楼主とじぶんが留守となったあと、夜鷹坂を任せることができる人物は、目の前の男しかいなかった。ヒシクラは、信用できる数少ない人間である。
「ラギよ、どうだ? 嫌なら、そう云えばいい。簡単なことだろう?」
「なにがです? ハルチカは、俺の所有物ではありませんよ。その質問には返事をしようがない。」
口車をかわされたヒシクラは「そりゃ、そうだな。」と笑い声になった。
✓つづく
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる