31 / 43
第一部 ガーランド転生騒動
恋人同士らしくってかなり難しいよね
しおりを挟む
計画開始の予定時刻は、午後3時45分。
なんでこんなHR直後なんだ。もっと時間をとれと言えば、笹原さんがすぐ帰ってしまうからだとキースが返してきた。
今週の笹原さんは掃除当番でもないので、光の速さでご帰宅予定なのだ。
うぬぅ、と私は呻くしかない。
キースに関わらないよう、すぐさま帰宅すべしと指示したのは自分だ。
過去の自分が恨めしいけれど、今更それをキースには知られたくない。なので件の二人に、メールで指示をした。
《今日の帰宅は3時50分より開始で。キースと私が近くをちょろつくので、玄関前にてアンドリューと笹原さんは待ち合わせの後、笹原さんの乗る電車の駅まで二人で歩いて下さい》
その後、キースがしつこく電車に乗る笹原さんを追いかけようとしたときには、電話を鳴らして合図するので、アンドリューが笹原さんを車に乗せて連れて行ってほしい旨も付け加える。
エドにはキースが暴走したときに笹原さんを救い出すよう指示し、私のさらに後方から追いかけてきてもらうことにする。
ここまで準備しておけば万全だろう。
うん、とうなずきながら、私は先を行く笹原さん達を追いかけるように学校の玄関を出発した。
キースとは校門を出たところで合流だ。
双方共に、同じクラスの人間に目撃される可能性が高すぎる場所で、一緒に歩くのを避けたかったからなのだが。
「……ぎゃっ!」
するりと伸ばされた手に、手を握られる。
思わず手を振って離そうとしたら、よけいに強く握られる。
「ちょっと何すんのよ!」
「最初に頼んだだろう『手をつないで歩く』と。一緒に歩いてくれるんだろう? それに我が妹に恋人同士かもしれないと錯覚させるためには、手を取り合うぐらいしなければな」
今や笹原さんを完全に妹呼びしているキースは、そう言って話してくれない。
確かに一緒に歩くとは言った。こちらにも利点がありそうなので、キースに協力するとは約束した。
しかしだ。
(すっっごく気味悪い!)
私とて女に生まれて十数年。お姫様と王子様がハッピーエンドを迎える絵本をいくつも読んできた者として、かっこいい男子と手を繋いで歩いてみたいとか、そういう願望はあった。
でも今ならはっきりと言える。
(顔が良くても変態とは嫌ぁああっ!)
行動が薄気味悪い。ついでに握られてる手の感触も薄気味悪い。このまま邪魔者としてどこかに放り投げられるんじゃないかと、疑惑を抱いてしまう。だから片手を拘束されていることに警戒感があった。
だって変態だ。何をするか分からない。
意に反したことをしたとたん、手を握って逃げられない状態で、脅すためだけに握りつぶされるフルーツ牛乳の末路を見せつけられるかもしれないのだ。
しかも相手は異世界人で騎士もやってた相手だ。
こんなことなら、協力するなどと言わなければ良かった。
後悔しながらも、学校前の道をてくてくと歩き続ける。
こちらは渋面なのに、キースがなぜだか優しげな微笑みを絶やさない所もぞっとした。
何を企んでいるんだ……。
先を行く笹原さんは、ちらりとこちらを見ては不安そうな表情をしている。私のことを心配してくれているのだろう。大丈夫だとうなずいてみせる。
そこでアンドリューとも目が合った。
……なんだろう。笑ってるのに、冷たい空気が漂ってくる気がする。
しかもその目が「君、自分の状況わかってる?」と言ってるような気がする。
解せぬ。充分理解してるつもりなのだが。
「ふ、期待通りだ」
キースは満足げだ。口の両端が上がっている。
笹原さんが不安そうにしていることが嬉しいのだろう。サドっ気がひどいなぁ。
嘆息していると、角を曲がったところで手を離したかと思うと肩を掴まれ、キースの右側に移された。
首をかしげる私に、キースが呆れたように言う。
「危険な場所を、女性に歩かせるわけがないだろう」
その言葉に私は「ほー」と感心する。
ガーランドのレディーファーストは徹底しているらしい。しかも庇う位置につくということは、あれか。レディーファーストの発祥がこちらの世界とは違うのかもしれない。
(さすが魔物が実在する世界。純粋に弱い存在を守るための風習なのかも)
騎士達は驚くべき跳躍力や膂力を持っている。でなければ、ゴジラやモスラみたいな代物とは戦っていられない。
実際にゴジラそのものが異世界にるわけではないが、写真や映像で見たことがある魔物というのが、ゴジラ的トカゲの発展系と巨大昆虫だったで、ついその二つを連想するのだ。
翻って、そういう資質を持たない人は、本当に私たちとさして変わらない身体能力しかそなえていない。
だから弱い者を庇う風習が発展したのだと考えると、実に自然だ。
しかしキースの手が、なかなか肩から離れない。
異性と手を握るくらいなら小中学生でもするけど、肩を抱く態勢というのは、女子同士でもそうそうするものではない。
アンドリューならドキドキできるだろうが、相手はキースだ。
近づきすぎると、手を握るよりさらに無気味さを感じた。まるでお化け屋敷に踏み込んだように、居心地が悪い。
「ちょっ、そろそろ離してくんない?」
「人にぶつかったら危ないだろう?」
そう言って人が良さそうな笑みを見せるが、こっちは演技だってわかってんだぞ。
しかし笹原さんの動揺がひどくなる。振り返る回数が増え、顔色も青白くなっていくのだ。
するとなぜか、アンドリューが笹原さんの手を引いて、オープンカフェに入ってしまった。
どうしたアンドリュー。喉が渇いたの?
さっと笹原さんをエスコートして席に着いたアンドリューは、どこかへ向かって何か指を振ったり曲げたりしている。
何の合図だろうと思いながら「これは好機だ」というキースと共に同じカフェで席ついた私だったが、唐突に椅子を引きずってやってきて、隣に座ったエドに驚く。
「え?」
「殿下の指示です」
無表情でそう言ったエドは、唖然とするキースにもかまわず、さっさとメニュー表を手にする。
「き……君、無粋なことをしないでもらえないか?」
動揺しながらもキースが抗議しても、
「殿下のご指示が最優先です。支払いは自分でしますので、ご迷惑はおかけしません」
梨のつぶての対応をする。
いや……たぶんそういう意味じゃないよエド……と思うが、正直夏にもなっていないのに、妙な恐怖体験をするのはゴメンだった私は、防波堤になるエドの存在を歓迎した。
「一杯ならおごってあげるよエド」
「恐縮です。ではこのカフェラテとティラミスを……」
「え、ケーキも食べるの? もうお腹空いたんだ。そっちはさすがにおごれないわー。お小遣いがちょっとね」
「元々自腹を切るつもりでしたので、お気遣いなく、師匠」
「あ、私こっちのオレンジアイスティーにしようかなぁ」
早速メニューの相談を始めたところで、苛ついた表情のキースが割って入ってくる。
「おい小幡沙桐、お前の分は俺がおごってやる!」
「あそう? じゃあエドはこっちのケーキおごってあげる」
「有り難き幸せにございます」
「でも一口だけちょーだい」
「承知致しました」
ケーキのシェアについて話していると、今度はキースが髪をかきむしっている……禿げるよ?
一方の笹原さんはほっとした表情で、こちらも一つのケーキをアンドリューとシェアしていた。
「太りそうなので、私も一口で……」
そんな彼女が頼んだのはフルーツが添えられたオレンジのシフォンケーキだ。本当にカロリーを心配しているのだろう。
「そんなに太ってないでしょう。それ以上、君に綺麗になられると困るな」
しかしうっとりするような笑みとともにアンドリューに囁かれると、笹原さんは真っ赤な顔をして「ではもう一口……」とフォークを動かす。
別な対象を視界に入れる作戦は、上手くいきそうな感じだ。
よしよしと思いながらチーズケーキの端を頂いて、皿ごとエドに回す。エドは体育会系らしい豪快さで、残りを一口で食べてしまった。
なかなか爽快な食べっぷりだ。しかも口を拭う必要もないほど、綺麗に平らげている。
「そんな風にケーキを節制しなくても、少し太った方が君は綺麗だよ」
横からキースがそう言ってくるが、君の趣味など関係ないんだよね。
「私基準で、これ以上自分が太るのはアウトなの」
「そ……そうか」
ばっさりと切り捨てると、キースは戸惑ったように引く。
女心が分かってないなぁ。太っていいって言われてもうれしくないよ?
気がある相手に、そのままでも綺麗だと言われたら騙されるかもしれないが、ご遠慮願いたい相手に言われても、さして効果はないのに。
てか、容姿に特別見るべき物がない自分としては、せめて痩せ型ぐらいは維持しておきたい。なけなしの女の矜持というやつである。
きっと美しいオディール王女とかばかり相手にしていたから、褒めるところが少ない平凡女へのお世辞は苦手なのだろう。
「し、しかしそんな事を言わずにほら、あーん」
しかしめげずにキースは、自分が頼んでいたショートケーキを一片フォークに刺して、向かい側にいる私に差し出してくる。
私は無言で手を伸ばし、その手首にそっと手を沿えたところで微笑んでみせた。
かかった、と笑みを見せるキース。
油断した隙を突いて、私はキースの手首を掴んでキースの口にフォークの先を突っ込んだ。
「うぼっ!」
「手を繋げとはいわれたけど、恋人ごっこまでは了承してないってば。でもそれじゃ悪いから、代わりにあーんしてあげたんだけど?」
突然食べ物を口に突っ込まれてむせたキースにそう言って笑いかけると、彼は非常に困惑した表情になる。
「これは……お前が私に食べさせたことになるのか?」
「そうそう。わりとこっちの世界では、このやり方が標準」
知らないのを良いことにしれっと告げると、キースが納得したようにうなずく。
ふ、騙されてくれてよかった。
さすがにこの人から「あーん」なんて真似をされたら、家に帰った後で絶叫して頭を壁に打ち付けかねない。
一息ついてちらりと横を見た私は、笹原さんにメールを送りたくなった。
顔に『騙されてるよキース君!』って書いてありそうな、焦った表情しちゃってる。ダメだよ笹原さん。
しかしそつのないアンドリューが、上手く笹原さんを自分の方に向け、席を立った。
アンドリューも既にケーキは間食していた。どうもルーヴェステインの人間は早食いが得意らしい。
なんでこんなHR直後なんだ。もっと時間をとれと言えば、笹原さんがすぐ帰ってしまうからだとキースが返してきた。
今週の笹原さんは掃除当番でもないので、光の速さでご帰宅予定なのだ。
うぬぅ、と私は呻くしかない。
キースに関わらないよう、すぐさま帰宅すべしと指示したのは自分だ。
過去の自分が恨めしいけれど、今更それをキースには知られたくない。なので件の二人に、メールで指示をした。
《今日の帰宅は3時50分より開始で。キースと私が近くをちょろつくので、玄関前にてアンドリューと笹原さんは待ち合わせの後、笹原さんの乗る電車の駅まで二人で歩いて下さい》
その後、キースがしつこく電車に乗る笹原さんを追いかけようとしたときには、電話を鳴らして合図するので、アンドリューが笹原さんを車に乗せて連れて行ってほしい旨も付け加える。
エドにはキースが暴走したときに笹原さんを救い出すよう指示し、私のさらに後方から追いかけてきてもらうことにする。
ここまで準備しておけば万全だろう。
うん、とうなずきながら、私は先を行く笹原さん達を追いかけるように学校の玄関を出発した。
キースとは校門を出たところで合流だ。
双方共に、同じクラスの人間に目撃される可能性が高すぎる場所で、一緒に歩くのを避けたかったからなのだが。
「……ぎゃっ!」
するりと伸ばされた手に、手を握られる。
思わず手を振って離そうとしたら、よけいに強く握られる。
「ちょっと何すんのよ!」
「最初に頼んだだろう『手をつないで歩く』と。一緒に歩いてくれるんだろう? それに我が妹に恋人同士かもしれないと錯覚させるためには、手を取り合うぐらいしなければな」
今や笹原さんを完全に妹呼びしているキースは、そう言って話してくれない。
確かに一緒に歩くとは言った。こちらにも利点がありそうなので、キースに協力するとは約束した。
しかしだ。
(すっっごく気味悪い!)
私とて女に生まれて十数年。お姫様と王子様がハッピーエンドを迎える絵本をいくつも読んできた者として、かっこいい男子と手を繋いで歩いてみたいとか、そういう願望はあった。
でも今ならはっきりと言える。
(顔が良くても変態とは嫌ぁああっ!)
行動が薄気味悪い。ついでに握られてる手の感触も薄気味悪い。このまま邪魔者としてどこかに放り投げられるんじゃないかと、疑惑を抱いてしまう。だから片手を拘束されていることに警戒感があった。
だって変態だ。何をするか分からない。
意に反したことをしたとたん、手を握って逃げられない状態で、脅すためだけに握りつぶされるフルーツ牛乳の末路を見せつけられるかもしれないのだ。
しかも相手は異世界人で騎士もやってた相手だ。
こんなことなら、協力するなどと言わなければ良かった。
後悔しながらも、学校前の道をてくてくと歩き続ける。
こちらは渋面なのに、キースがなぜだか優しげな微笑みを絶やさない所もぞっとした。
何を企んでいるんだ……。
先を行く笹原さんは、ちらりとこちらを見ては不安そうな表情をしている。私のことを心配してくれているのだろう。大丈夫だとうなずいてみせる。
そこでアンドリューとも目が合った。
……なんだろう。笑ってるのに、冷たい空気が漂ってくる気がする。
しかもその目が「君、自分の状況わかってる?」と言ってるような気がする。
解せぬ。充分理解してるつもりなのだが。
「ふ、期待通りだ」
キースは満足げだ。口の両端が上がっている。
笹原さんが不安そうにしていることが嬉しいのだろう。サドっ気がひどいなぁ。
嘆息していると、角を曲がったところで手を離したかと思うと肩を掴まれ、キースの右側に移された。
首をかしげる私に、キースが呆れたように言う。
「危険な場所を、女性に歩かせるわけがないだろう」
その言葉に私は「ほー」と感心する。
ガーランドのレディーファーストは徹底しているらしい。しかも庇う位置につくということは、あれか。レディーファーストの発祥がこちらの世界とは違うのかもしれない。
(さすが魔物が実在する世界。純粋に弱い存在を守るための風習なのかも)
騎士達は驚くべき跳躍力や膂力を持っている。でなければ、ゴジラやモスラみたいな代物とは戦っていられない。
実際にゴジラそのものが異世界にるわけではないが、写真や映像で見たことがある魔物というのが、ゴジラ的トカゲの発展系と巨大昆虫だったで、ついその二つを連想するのだ。
翻って、そういう資質を持たない人は、本当に私たちとさして変わらない身体能力しかそなえていない。
だから弱い者を庇う風習が発展したのだと考えると、実に自然だ。
しかしキースの手が、なかなか肩から離れない。
異性と手を握るくらいなら小中学生でもするけど、肩を抱く態勢というのは、女子同士でもそうそうするものではない。
アンドリューならドキドキできるだろうが、相手はキースだ。
近づきすぎると、手を握るよりさらに無気味さを感じた。まるでお化け屋敷に踏み込んだように、居心地が悪い。
「ちょっ、そろそろ離してくんない?」
「人にぶつかったら危ないだろう?」
そう言って人が良さそうな笑みを見せるが、こっちは演技だってわかってんだぞ。
しかし笹原さんの動揺がひどくなる。振り返る回数が増え、顔色も青白くなっていくのだ。
するとなぜか、アンドリューが笹原さんの手を引いて、オープンカフェに入ってしまった。
どうしたアンドリュー。喉が渇いたの?
さっと笹原さんをエスコートして席に着いたアンドリューは、どこかへ向かって何か指を振ったり曲げたりしている。
何の合図だろうと思いながら「これは好機だ」というキースと共に同じカフェで席ついた私だったが、唐突に椅子を引きずってやってきて、隣に座ったエドに驚く。
「え?」
「殿下の指示です」
無表情でそう言ったエドは、唖然とするキースにもかまわず、さっさとメニュー表を手にする。
「き……君、無粋なことをしないでもらえないか?」
動揺しながらもキースが抗議しても、
「殿下のご指示が最優先です。支払いは自分でしますので、ご迷惑はおかけしません」
梨のつぶての対応をする。
いや……たぶんそういう意味じゃないよエド……と思うが、正直夏にもなっていないのに、妙な恐怖体験をするのはゴメンだった私は、防波堤になるエドの存在を歓迎した。
「一杯ならおごってあげるよエド」
「恐縮です。ではこのカフェラテとティラミスを……」
「え、ケーキも食べるの? もうお腹空いたんだ。そっちはさすがにおごれないわー。お小遣いがちょっとね」
「元々自腹を切るつもりでしたので、お気遣いなく、師匠」
「あ、私こっちのオレンジアイスティーにしようかなぁ」
早速メニューの相談を始めたところで、苛ついた表情のキースが割って入ってくる。
「おい小幡沙桐、お前の分は俺がおごってやる!」
「あそう? じゃあエドはこっちのケーキおごってあげる」
「有り難き幸せにございます」
「でも一口だけちょーだい」
「承知致しました」
ケーキのシェアについて話していると、今度はキースが髪をかきむしっている……禿げるよ?
一方の笹原さんはほっとした表情で、こちらも一つのケーキをアンドリューとシェアしていた。
「太りそうなので、私も一口で……」
そんな彼女が頼んだのはフルーツが添えられたオレンジのシフォンケーキだ。本当にカロリーを心配しているのだろう。
「そんなに太ってないでしょう。それ以上、君に綺麗になられると困るな」
しかしうっとりするような笑みとともにアンドリューに囁かれると、笹原さんは真っ赤な顔をして「ではもう一口……」とフォークを動かす。
別な対象を視界に入れる作戦は、上手くいきそうな感じだ。
よしよしと思いながらチーズケーキの端を頂いて、皿ごとエドに回す。エドは体育会系らしい豪快さで、残りを一口で食べてしまった。
なかなか爽快な食べっぷりだ。しかも口を拭う必要もないほど、綺麗に平らげている。
「そんな風にケーキを節制しなくても、少し太った方が君は綺麗だよ」
横からキースがそう言ってくるが、君の趣味など関係ないんだよね。
「私基準で、これ以上自分が太るのはアウトなの」
「そ……そうか」
ばっさりと切り捨てると、キースは戸惑ったように引く。
女心が分かってないなぁ。太っていいって言われてもうれしくないよ?
気がある相手に、そのままでも綺麗だと言われたら騙されるかもしれないが、ご遠慮願いたい相手に言われても、さして効果はないのに。
てか、容姿に特別見るべき物がない自分としては、せめて痩せ型ぐらいは維持しておきたい。なけなしの女の矜持というやつである。
きっと美しいオディール王女とかばかり相手にしていたから、褒めるところが少ない平凡女へのお世辞は苦手なのだろう。
「し、しかしそんな事を言わずにほら、あーん」
しかしめげずにキースは、自分が頼んでいたショートケーキを一片フォークに刺して、向かい側にいる私に差し出してくる。
私は無言で手を伸ばし、その手首にそっと手を沿えたところで微笑んでみせた。
かかった、と笑みを見せるキース。
油断した隙を突いて、私はキースの手首を掴んでキースの口にフォークの先を突っ込んだ。
「うぼっ!」
「手を繋げとはいわれたけど、恋人ごっこまでは了承してないってば。でもそれじゃ悪いから、代わりにあーんしてあげたんだけど?」
突然食べ物を口に突っ込まれてむせたキースにそう言って笑いかけると、彼は非常に困惑した表情になる。
「これは……お前が私に食べさせたことになるのか?」
「そうそう。わりとこっちの世界では、このやり方が標準」
知らないのを良いことにしれっと告げると、キースが納得したようにうなずく。
ふ、騙されてくれてよかった。
さすがにこの人から「あーん」なんて真似をされたら、家に帰った後で絶叫して頭を壁に打ち付けかねない。
一息ついてちらりと横を見た私は、笹原さんにメールを送りたくなった。
顔に『騙されてるよキース君!』って書いてありそうな、焦った表情しちゃってる。ダメだよ笹原さん。
しかしそつのないアンドリューが、上手く笹原さんを自分の方に向け、席を立った。
アンドリューも既にケーキは間食していた。どうもルーヴェステインの人間は早食いが得意らしい。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
疎遠だった叔父の遺産が500億円分のビットコインだった件。使い道がないので、隣の部屋の塩対応な美少女に赤スパ投げまくってる件
月下花音
恋愛
貧乏大学生の成瀬翔は、疎遠だった叔父から500億円相当のビットコインが入ったUSBメモリを相続する。使い道に困った彼が目をつけたのは、ボロアパートの薄い壁の向こうから聞こえる「声」だった。隣人は、大学で「氷の令嬢」と呼ばれる塩対応な美少女・如月玲奈。しかしその正体は、同接15人の極貧底辺VTuber「ルナ・ナイトメア」だったのだ!
『今月ももやし生活だよぉ……ひもじい……』
壁越しに聞こえる悲痛な叫び。翔は決意する。この500億で、彼女を最強の配信者に育て上げようと。謎の大富豪アカウント『Apollo(アポロ)』として、5万円の赤スパを投げ、高級機材を即配し、彼女の生活を神の視点で「最適化」していく。しかし彼はまだ知らなかった。「金で買えるのは生活水準だけで、孤独は埋められない」ということに。500億を持った「見えない神様」が、神の座を捨てて、地上の女の子の手を握るまでの救済ラブコメディ。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる