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新しい生活のはじまり2
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台所には、石組のカマドがあった。これで煮炊きするのだ。
昨日のうちに使い方をおさらいしたくて、火のつけ方を見学させてもらっていたので、難なく点火することができた。
着火は魔石で行う。
火の加減を調節するには、鍋を置く位置を、一段高い場所を使ったりするなど、私が知っている物とほぼ同じようだ。
そのカマドには、昨日のうちにジュリアンが作ってくれたのか、シチューが鍋に残っていた。
二人で食べても余りそうなほどたっぷりと。
そしてこれもジュリアンが自分で焼いたのか、薄いパンが台所のお皿の上に積んであった。こっちも、お昼までまかなえそうなほどの量がある。
「料理も完璧だわ……」
彼が魔術師として世を忍んでいなければ、さぞお嫁さんになりたい人が大量発生したことだろう。
いや、あちこちへ行く度に、その町や村の女性が彼に魅かれたに違いない。
そうでなくとも、侯爵位まで持っている王族の親戚という血筋。
さらには魔術師でもある。
オルフェ王子なんかでは、足元にも及ばない好物件だ。
「でも、本当に私と結婚する必要なんてあったのかな」
一晩眠って、すっきりしたせいか、改めて考えてみるとおかしい気がしてくる。
魔術師協会の権威はなかなかのものだ。
国王を脅せる要素は他にもある。多少面倒かもしれないし、穏便ではないと思うけど。
「いえ、手っ取り早いのが好きなだけかもしれないわ」
今それを追及したところで、私にはどうにもできない。
結婚の方が長い間守ってもらえるので嬉しいし。
いいことなのに、あれこれ追及する必要はない……か?
考えることをやめて、私は食事の支度をする。
シチューとパンを温め終わった頃、二階からジュリアンが降りて来た。
魔法使いらしいローブを着ていない、簡素なシャツとズボンだけの姿のジュリアンに、素顔を盗み見てしまったような不思議な感覚があって、少しドキッとした。
「おはようございます」
挨拶されて、慌てて私も返す。
「おはようございます。すみません、昨日は食事の途中で眠ってしまったみたいで……」
「疲れていたんでしょう。元気になりましたか?」
「はい、おかげさまで」
あたりさわりのない会話の後、食事を始めた。
「あ、おいしい」
シチューをひと匙食べて、つい言葉が口からこぼれた。
「口に合ったようで良かった」
微笑むジュリアンを見ていると、私は思わず言ってしまう。
「私、旦那さんに料理を作ってもらうことになるとは思いもしませんでした」
「くっ……」
ジュリアンはびっくりした目で私を見た。
それを見て、私はようやく変なことを口にしたとわかった。
「あの、すみません。なんか変な話してしまって。その、つい思いついてしまって……」
「いえ、旦那様と呼ばれたのが意外で。でも、夫になるのは間違いないですからね。夫婦だという認識で生活するべきなんでしょう。私も……奥さんと呼ぶべきでしょうか?」
「……!」
今度は私が驚く番だった。
恥ずかしさのあまりに、口に入っていたシチューでむせてしまう。
ゴホゴホとせき込む私を見て、ジュリアンが笑う。
驚かされた仕返しだったのかもしれない。そう思った私は、少しだけ彼のいじわるな面を見たことに気が楽になりつつ、ジュリアンに要望した。
「奥さんというのは、こう、言葉の破壊力がすごすぎるので、できれば名前で呼んでいただけると有難いです」
ジュリアンは楽し気な表情でうなずいてくれる。
「では、セリナ。今度から名前で呼びます」
――う、これもけっこうすごい!
私は胸を押さえて突っ伏しそうになった。
名前呼びも、なんかダメージが来る! でも奥さんよりマシだ。
急に親密になった気がして、落ち着かない気分になってしまうのだ。
でもやられっぱなしは嫌だ。
「私も、ジュリアン、と名前で呼びますね」
そう返したが、ジュリアンは今度こそ驚かずに、嬉しそうに微笑んだ。そこが少し悔しかったのだった。
昨日のうちに使い方をおさらいしたくて、火のつけ方を見学させてもらっていたので、難なく点火することができた。
着火は魔石で行う。
火の加減を調節するには、鍋を置く位置を、一段高い場所を使ったりするなど、私が知っている物とほぼ同じようだ。
そのカマドには、昨日のうちにジュリアンが作ってくれたのか、シチューが鍋に残っていた。
二人で食べても余りそうなほどたっぷりと。
そしてこれもジュリアンが自分で焼いたのか、薄いパンが台所のお皿の上に積んであった。こっちも、お昼までまかなえそうなほどの量がある。
「料理も完璧だわ……」
彼が魔術師として世を忍んでいなければ、さぞお嫁さんになりたい人が大量発生したことだろう。
いや、あちこちへ行く度に、その町や村の女性が彼に魅かれたに違いない。
そうでなくとも、侯爵位まで持っている王族の親戚という血筋。
さらには魔術師でもある。
オルフェ王子なんかでは、足元にも及ばない好物件だ。
「でも、本当に私と結婚する必要なんてあったのかな」
一晩眠って、すっきりしたせいか、改めて考えてみるとおかしい気がしてくる。
魔術師協会の権威はなかなかのものだ。
国王を脅せる要素は他にもある。多少面倒かもしれないし、穏便ではないと思うけど。
「いえ、手っ取り早いのが好きなだけかもしれないわ」
今それを追及したところで、私にはどうにもできない。
結婚の方が長い間守ってもらえるので嬉しいし。
いいことなのに、あれこれ追及する必要はない……か?
考えることをやめて、私は食事の支度をする。
シチューとパンを温め終わった頃、二階からジュリアンが降りて来た。
魔法使いらしいローブを着ていない、簡素なシャツとズボンだけの姿のジュリアンに、素顔を盗み見てしまったような不思議な感覚があって、少しドキッとした。
「おはようございます」
挨拶されて、慌てて私も返す。
「おはようございます。すみません、昨日は食事の途中で眠ってしまったみたいで……」
「疲れていたんでしょう。元気になりましたか?」
「はい、おかげさまで」
あたりさわりのない会話の後、食事を始めた。
「あ、おいしい」
シチューをひと匙食べて、つい言葉が口からこぼれた。
「口に合ったようで良かった」
微笑むジュリアンを見ていると、私は思わず言ってしまう。
「私、旦那さんに料理を作ってもらうことになるとは思いもしませんでした」
「くっ……」
ジュリアンはびっくりした目で私を見た。
それを見て、私はようやく変なことを口にしたとわかった。
「あの、すみません。なんか変な話してしまって。その、つい思いついてしまって……」
「いえ、旦那様と呼ばれたのが意外で。でも、夫になるのは間違いないですからね。夫婦だという認識で生活するべきなんでしょう。私も……奥さんと呼ぶべきでしょうか?」
「……!」
今度は私が驚く番だった。
恥ずかしさのあまりに、口に入っていたシチューでむせてしまう。
ゴホゴホとせき込む私を見て、ジュリアンが笑う。
驚かされた仕返しだったのかもしれない。そう思った私は、少しだけ彼のいじわるな面を見たことに気が楽になりつつ、ジュリアンに要望した。
「奥さんというのは、こう、言葉の破壊力がすごすぎるので、できれば名前で呼んでいただけると有難いです」
ジュリアンは楽し気な表情でうなずいてくれる。
「では、セリナ。今度から名前で呼びます」
――う、これもけっこうすごい!
私は胸を押さえて突っ伏しそうになった。
名前呼びも、なんかダメージが来る! でも奥さんよりマシだ。
急に親密になった気がして、落ち着かない気分になってしまうのだ。
でもやられっぱなしは嫌だ。
「私も、ジュリアン、と名前で呼びますね」
そう返したが、ジュリアンは今度こそ驚かずに、嬉しそうに微笑んだ。そこが少し悔しかったのだった。
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