勇者の姉、召喚

奏多

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3章 王太子の策謀

兄の策略~アルヴィン~

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 ノックをすると入室を許可する声が聞こえた。
  そして入ってみれば、シーグは机の上で本を片手に紙片とにらみ合っている。

 「これが……大きな学ぶ? 学ぶに入る……。もっと大きな学校へ入るのを、休むってことか」

  シーグの呟きに、アルヴィンはピンとくる。


 「兄上っ、まさかイオリの手紙を盗み見してるんですか!?」

 「必要があって書き写してるんだよ。ちょっとそこに座って待ってなさい」

  顔を上げもしないシーグに、アルヴィンが近づいてさらに抗議する。

 「イオリの書く手紙に、一体何の用があるんです? 別に機密が書かれているわけでもない、異世界の言葉で書かれてるだけで……」

 「問題は内容じゃないんだよ、アルヴィン。敵の動きが気になるのでね、万が一届かなかった場合のことを考えて、時間差で二度送るためだ。ああ、この辞書貸してもらったよ、助かった」

  ようやく顔を上げたシーグは、一冊のノートを差し出してくる。
  それを見てアルヴィンは「げっ」と声を上げた。昔、羊皮紙でしっかりと装丁してもらったアルヴィン自作の
「ユーキの母国語辞書」だ。

 「いつの間に……」

  そう思ったが、兄がアルヴィンの部屋からノートを取り出す隙はいくらでもあった。なにせフレイが別な調査にかかりきりで、アルヴィンは一日、イオリの周囲をぐるぐると歩き回っていたのだから。

 「お前の熱意が役に立ったよ。アルヴィンが、イオリ殿が来た時のためにとあちらの世界の言葉を勉強してたおかげだ」

 「兄上、もうあれは昔の話です」

  アルヴィンはまだ十二歳の子供だったのだ。

 「しかし、今回イオリ殿とお会いしてひどく落胆したと聞いたが」

  シーグに言われて、アルヴィンはフレイを振り返った。

 「フレイ……」

  裏切ったなと恨みを込めて睨んだが、年上の青年は思い切り無視してくれる。

 「落胆したというより、聞いていたのと印象が全然違ったから……」

 「それを落胆したと言うんだよ。確かに可憐という感じではないがね。私としてはなかなか使えそうな人で安心したよ」

  シーグの物騒な単語に眉をひそめる。

 「使えそう?」

 「そうだよ。今回の事件を画策した犯人を、早急に捕まえるためにね」

  シーグが微笑んでいる。
  それは本心からの笑みに見えた。が、シーグが心から嬉しそうにしている時というのは、得てして何か企んでいるのだ。

 「兄上、イオリに一体何をさせる気ですか?」

 「それに答える前に、まずフレイの報告を聞こうか」

  シーグが促すと、それまで黙っていたフレイが口を開く。

 「まず侵入者の足跡についてです。転移したらしい痕跡が数カ所に渡り、侵入経路の特定はほぼ不可能な状況となっております」

 「何度も転移で侵入してきていると?」

  アルヴィンは疑問に思う。
  そもそも転移はそれほど簡単な魔法ではない。しかも自殺した賊自身は魔法が使えないだろうと推測されている。なにせ窓を破って逃走したのだから。

 「相手はかなりの財力か権力がある、という裏づけがとれただけだな」

  感想を述べたシーグは「次は?」と話を振る。

 「殺された女官の件についていくつかわかりました。彼女の身辺について複数人に聞き込みをさせ、いくつか不審な点を見つけまして」

  あの女官のことも、疑ってたのか?
  アルヴィンは驚きの眼差しを兄シーグに向ける。

 「最近城下に下りていたようです。行き先は宝飾店。そこで馴染みの細工師からエンブリア・イメルを受け取っていたと」

  シーグは獲物を見つけた獣のように目細める。

 「彼女が内通者本人だったわけか」

  転移の魔法は、いくつかの元素を含む鉱石を媒介にして発動する。中でもエンブリア・イメルは、時空を歪める魔法に必須の鉱石だ。そして通常の手段では手に入りにくい。

 「細工師は彼女が訪れた数日後、店を辞めています。周囲とのかかわりも希薄だったようで。このことからも、女官も細工師も同士だったと思われます」

 「そんな……」

  アルヴィンは苦い気持ちで泣いていたイオリのことを思い出す。
  女官にごめんと謝っていたイオリ。その女官こそが自分を攫おうとした敵を引き入れたのだと知ったら、彼女はどう思うだろう。

  その一方で、アルヴィンは自分のことを省みる。
  自分もうかつだった。転移を使って侵入したのなら、女官のことも疑うべきだったのだ。そこに思い及ばなかった分、兄への尊敬の念は強くなる。

 「結局、どこの手の者かはわからず仕舞いか」

  シーグは数秒目を閉じ、机を指先で叩く。彼が考え事をするときのクセだ。

 「彼女を召喚したその日に刺客が来るということは、間違いなく内通者が複数いる。しかし一斉に取調べをしたところで、そちらに気が向いている隙をつかれる恐れがある。ならば、やはりイオリ殿に協力してもらうしかないだろう」

  シーグがフレイに視線を向ける。

 「彼女が母君の墓へ行きたいと言っているらしい。明日、さっそく出かけてもらう。伏兵の準備をするように」

 「承りました」

  フレイが敬礼をシーグに返す。

 「アルヴィンは侍女にこの件を伝えて、付き従う者の人選をさせるんだ。その時、くれぐれも侍女や女官、イオリ殿にも囮に使うことは話すな」

 「イオリも騙すんですか?」

  母親の墓参りができるとイオリは喜ぶだろう。けれど、何も知らせないままでは彼女自身もとっさに行動できないのではないだろうか。

 「相手に悟られないためだよ。知ってしまえば、必ずボロが出る。彼女が無邪気に亡くなった母親との再会を喜んでくれないと、女官の中に間者がいても騙せないだろう?」

  兄はいつでも正しい。彼が立太子後、政務に関わるようになってからというもの、国全体がよりよく治まっているとアルヴィンも感じている。
  でも、とアルヴィンは言いかけた。

  きっと彼女はそれほど強くはない。
  何も知らされずに嬉しそうに母親の墓前に立つイオリの姿を見なければならないと思うと、辛い。そうして喜ぶのも全部シーグの策略の上だったと知ったら、イオリはまた傷つくだろう。

 「気になることでもあるのか?」

  シーグに尋ねられたが、イオリに蹴られたことを思い出して言葉を飲み込む。本人が言われたくないと望んだ事だ。口にするわけにはいかなかった。
  するとシーグが楽しそうにアルヴィンに言ってきた。

 「そういえば、良かったなアルヴィン。特別な人はいなかったようだね」

 「なんのことですか?」

 「イオリ殿の元の世界の事だよ」

  シーグは机の上に肘をたてて手を組み、アルヴィンを見上げるようにする。

 「仮病で長期間の不在でも誤魔化せるということは、常に一緒にいてもおかしくないような人物がいないってことだよ、アルヴィン」

  首を傾げたアルヴィンは、シーグが笑いだす頃ようやくその言葉の意味に気づく。

 「兄上、俺は別に……」

 「気にしていないならいいんだよ」

  兄に抗議しようとしていた言葉を奪われ、アルヴィンは口をつぐむ。
  そうして兄に言われて初めて、イオリにそういう相手がいてもおかしくないという可能性に気づいたのだった。
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