勇者の姉、召喚

奏多

文字の大きさ
14 / 32
3章 王太子の策謀

夜中のちょっとした騒動~アルヴィン~

しおりを挟む
 その夜、アルヴィンはまだ暗いうちに目を覚ましてしまった。
  なんだか喉が渇く。
  寝台脇のテーブルにおいていた水差しから、コップに水を注ぐ。一気に飲み込んでほっと息をついた。

  窓辺近くに置かれた青い水が淡く輝く時計は、三巡時を指している。それほど長く眠ったわけではない。が、なんだか目が冴えていた。
  少しその辺を歩くかと着替え、廊下に出た。

  様子を見ておこうとイオリの部屋へ行く。そっと部屋の中を覗いて、今日の当番になった近衛騎士と女官に声をかけてみた。

 「何か変わったことは?」

  すると、なぜか二人は泣きそうな顔で振り返る。
  一体なんなんだ?
  戸惑う間にも彼らはアルヴィンの下へ駆け寄り、囁き声で訴えてきた。

 「殿下、もしかしてイオリ様は気が触れてしまわれたのでしょうか?」

 「……は?」

 「御就寝されてしばらくの間は静かだったのですが、間もなく呪文のようなものを唱えられはじめて」

 「呪文?」

 「勇者様の故郷には、なんか特別な呪術でも伝わっているのかも……」

 「しばらく続いては途切れて、また再開して。普通の魔術と違っていくら待っても何も起きないし、余計に不安で。とにかくお聞きになってみてください」

  女官に促されて、アルヴィンはそっと寝室の扉に近寄る。

 「……………」
 
 かすかな声だが、確かに何かを言っている。でも魔術という感じではない。さてどうするべきか。
  ほんの少し考えて、アルヴィンは寝室の扉をノックする。ぴたっと妙な呟きは止まった。

 「入るぞ」

  そう声をかけたが、何の応答もない。
  首をかしげながら寝室に踏み込んだ。今度は相手が起きているとわかっているので、変なためらいはない。
  しかし寝台を覗いてみれば、イオリは頭から上掛けをかぶって顔を隠していた。

 「何をしてるんだ?」

  尋ねるが返事はない。
  でも起きているのは確かなので、一応言っておく。

 「お前が長時間何ごとか呟いてるせいで、女官達が怖がっている。怪しげな呪術で呪い殺されるとか、気が触れたとか言われないうちにやめるように」

  そう宣告してきびすをかえそうとしたとき、がばっとイオリが起き上がった。

 「呪術とか気が触れたとかってどういうこと!?」

 「なんだ起きてたのか」

  寝たフリについて遠まわしに嫌味を言うと、イオリはむっとした顔で言い返してくる。

 「あんたも兄ちゃんに似て、イヤミな奴ね……。あれはわたしの世界では標準的な、眠れない時の暗示みたいなものよ」

 「なんだそれは?」

 「この世界にはないの? 眠れない時に数かぞえるの。ひつじが一匹、ひつじが二匹って」

 「変に考え事をしてたら、余計眠れなくなるんじゃないのか?」

  ごくごく普通に思ったことを述べると、イオリは「うっ」と言葉に詰まって黙り込んでしまう。
  アルヴィンはため息をつき、扉近くで様子を伺っているはずの二人を振り返った。

 「俺が代わる。しばらく休んで来い」

  手を振って見せると、二人はほっとしたような表情で一礼して顔をひっこめた。すぐに扉が開閉する音が続く。
  それに反応してか、イオリの肩から力抜けたような気がした。

 「まさか、今日になって急に人の気配が気になったっていうのか?」

  話しかけながら、アルヴィンは近くの椅子にかけられたガウンを手に取る。
  寝巻き姿で寒そうに見えた肩にかけてやると、どうしてかイオリは驚き、恥ずかしそうに「ありがと」と言ってくる。
  そしてため息まじりに白状してきた。

 「昨日は妙に眠たくて。事件の後で話し合いをしている間も、意識がなくなりそうだったから」

 「今日は眠くないのか」

 「あんまり。眠たいって気はするけど、目が冴えてきて」

 「なら、せっかく女官がいるんだから、傍に呼んで話しでもさせたら良かっただろ」

  一人で悩むことはないと言ったのだが、イオリの声が沈む。

 「そしてわたしの一番傍にいて、わたしのこと庇って死んでも責任がとれない」

  小さくしたランプの明かりの中、彼女の少しうつむいた顔は陰影が増し、いつもより大人びて見える。なんだかそれが妙に、アルヴィンの勘に障る。

 「俺だって、自分のために死んだやつに対して責任なんてとれないさ」

  思わず口に出していた。

 「でも守られる側の人間に、守る側は責任をとってほしいわけじゃない。そもそも今ここに敵が現われて、俺がお前のことをかばって死んだらどうする気だ?」

 「だって、アルヴィンは強いでしょ?」

  いつもと違う気弱な声に、苛立つ。

 「人数が多ければ俺だって負ける」

 「じゃあ、わたしのこと置いて逃げて」

 「できるかこのバカ!」

  思わず怒鳴ると、イオリは目を見開いてアルヴィンを見上げたまま動かなくなる。口を引き結んで何かに耐えているような表情に、アルヴィンは「しまった」と後悔した。

  これは泣く。きっと泣く。
  だが、どうしていいかわからない。

  そして思い出したのが、叱られた時に抱き締めてくれた母の思い出だった。アルヴィンはイオリに手を差し伸べる。
  怒られると思ったのかイオリがかすかに身を縮めたが、気にせず腕の中に抱き込んだ。
  子供のように小さな肩とやわらかな腕の感触に、弱い生き物を苛めてしまったような罪悪感に苛まれる。

 「怒鳴って悪かった。でもこれだけはわかって欲しい。俺はお前を置いて逃げたりしない。命に代えても守ってみせる」

  逃げたりなんてできない。

 「ユーキに守るって、約束したんだ」

  ユーキの名前に安心したのだろうか。ふっとイオリの体が緊張を解いてよりかかってくる。

 「俺だけじゃない。女官も兵たちもお前を見捨てたりしない。主のために死ぬ可能性がある事を、皆承知の上で城に仕えてるんだ。でもそれ以上に、みんなユーキを哀しませたくないんだ」

 「悠樹は勇者だからってわけじゃなくて、みんなに好かれてるんだね」

  ぽつりとイオリがつぶやく。
  アルヴィンは「いいやつだからな」と返した。

 「わかったら寝ろ。充分睡眠がとれなかったせいで万が一の場合にお前が逃げ遅れたら、俺たちはユーキに顔向けできなくなる」

  背中を軽く叩いてイオリを離すと、なぜか彼女は不安そうな表情になった。
  それを見た瞬間、アルヴィンは心の中に妙な焦りを感じる。手を離さなければよかったような。しかしもう一度手を伸ばすのは気恥ずかしい。
  だからイオリがいつもの調子で文句を言ってくれた時には、正直ほっとした。

 「そんな簡単に眠れるなら、今苦労してないってば」

 「よし、なら俺が秘蔵の薬をわけてやる」

 「睡眠薬?」

 「いいからちょっと待ってろ」

  部屋を出るとあの女官と近衛がすぐそこにいたので、自分が席を開けている間、また待機してるように言いつける。
  そしてアルヴィンは自室へと急いで戻った。


  一人になった部屋の中でイオリは今更ながらに赤面していた。

 「アルヴィンたら、なんつー殺し文句をあっさりと……」

  けれどその口元には、消えない笑みが浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

処理中です...