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5章 勇者の姉、説得
打ち合わせ~アルヴィン~
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「何だあれは!」
シーグは怒鳴って自分の机を蹴りつけている。
フレイと三人だけになったシーグの執務室で、アルヴィンは深く息を吐く。
まるで狐と狸の喧嘩を見せられているようだった。この二人はもしかして、性格が似ているのではないだろうか。
同族嫌悪という単語が頭のなかを過ぎり、アルヴィンは背筋がぞっとする。
「私に向ってよく考えろだと? あんな女を保護するために、どれだけの労力を裂いているのかわかっているのか!」
もう一度机を蹴るシーグ。
兄のいう事も、アルヴィンにはよくわかる。
国王は魔によって侵食された自国の建て直しに忙しく、勇者姉の保護に関しては全てシーグに任されているのだ。おかげで異世界からの転移に関する準備から、護衛の手配から始まる雑事を、通常業務と平行で捌いているのだ。
いかにアルヴィンが手伝っているとはいえ、シーグの疲労はピークに達している。
「そうは言いましても殿下」
フレイが淡々と問題の焦点を述べる。
「保護対象者の信頼を失ってしまっては、効率良く護衛することなど不可能です。ましてやイオリ殿は奥の手を獲得なされた。これがもし重要人物でなければ、殿下とて自ら囮になるという話を受けておられたでしょう?」
問題はそこだ。イオリの手には武器がある。上手く使えるようになってしまったら、アルヴィン達は手出しができないかもしれない。
シーグはますます柳眉を吊り上げた。
「確かに、囮になってくれるという提案には賛同したい。しかしどうあっても許可できない。あの女には人質以上の価値が発生したんだよ、アルヴィン」
イオリの価値は、勇者の姉であることだ。
勇者に対して人質に使える人間。でも、兄弟のように一緒に過ごしてきた自分たち自身も、人質になったらユーキは苦悩することだろう。
彼女が人質として使いやすいのは、アルヴィン達のように自分の身を守れないことだ。
「イオリが先見の魔法を使えるからですか?」
尋ねるとシーグは苦笑う。
「訓練も無しで先見ができた、と聞けば誰もが驚くだろうな。だが、それが本当に魔法ならばいい。でも疑う者もでることだろう。他に、生まれながら能力を持つ人間が近親者にいるからな」
「ユーキですか?」
アルヴィンは息を飲む。
しかし予言がなかった以上、イオリには勇者として期待される能力はないと、誰もがわかっているはずだ。
「二人の共通点はただ一つ。異世界の血を引いていることだ。その特異性から、他国の者に異世界の血が混じると希少な能力を発揮する、というデマが流れる恐れがある。
現状、あの女の世界に我々が転移することはできない。ユーキの母親は異例中の異例だ。そしてユーキが魔術による予言にひっかかったのも、彼やアレを召喚できるのも我々の世界の血を引いているからだ」
シーグは『アレ』の部分を憎々しげに発音する。どうやら名前を呼びたくないほど嫌になったらしい。
「だが異世界の血筋に付加価値があると考えたら、どこの国も召還魔術を開発するだろう。魔に侵食される恐怖から逃れるためにな」
「そして新たな……自分の国だけの勇者を創り出そうとする可能性があると、殿下はお考えなのですね?」
シーグはようやく落ち着いた表情になって、フレイにうなずいた。
疲れたように執務机の椅子に座る兄の姿を見ながら、アルヴィンは血の気が引くような思いでいた。
無差別に召喚を行われたら……そして事実誤認だったとわかったら?
良くて放逐、権力者の逆鱗に触れたら虐殺もあり得る。そもそも、何も分からない人間を攫ってきて……などという所からして、醜悪極まりない発想だ。
しかも異世界の血がめあてなら、異世界から召還しなくてもイオリがいる。知られた瞬間から彼女は人質ではなく、実験動物としての価値を見出されるのだ。
そして机を蹴るほど苛立ちながらも、シーグはイオリを守ろうとしてくれている。アルヴィンは兄の理性に感心した。
「彼女にそれをお話しするのは……」
どうだろうかとフレイが言いかけた。
「逆に悪用方法を考えかねん」
シーグの言葉に、アルヴィンは深々とうなずいてしまう。
普通なら怯えるような話だが『囮なら狙われてる自分がやる』と言い出すような人間だ。垂涎の的になるとわかれば、それすら利用しかねない。
これが他人だったら、イオリは断固反対するんだろうに。どうしてこう、自分の事とわかると危険を回避しようとしないのか。本気で死に急いでるとしか思えない。
「兄上、なんとか事情を隠したまま説得するしかないでしょう。最初に彼女の意志を無視したのは確かにこちらなんです」
慣れない人間に殺し合いを見せたら、過剰反応しても仕方ない。イオリは、怯えすぎて恐怖が麻痺しかけている可能性もあるのだ。
アルヴィンの言葉に、シーグが顔を上げる。
「何かあの頑固者をうなずかせる、良い案でもあるのか?」
「説得できる人間は一人しかいません」
シーグは怒鳴って自分の机を蹴りつけている。
フレイと三人だけになったシーグの執務室で、アルヴィンは深く息を吐く。
まるで狐と狸の喧嘩を見せられているようだった。この二人はもしかして、性格が似ているのではないだろうか。
同族嫌悪という単語が頭のなかを過ぎり、アルヴィンは背筋がぞっとする。
「私に向ってよく考えろだと? あんな女を保護するために、どれだけの労力を裂いているのかわかっているのか!」
もう一度机を蹴るシーグ。
兄のいう事も、アルヴィンにはよくわかる。
国王は魔によって侵食された自国の建て直しに忙しく、勇者姉の保護に関しては全てシーグに任されているのだ。おかげで異世界からの転移に関する準備から、護衛の手配から始まる雑事を、通常業務と平行で捌いているのだ。
いかにアルヴィンが手伝っているとはいえ、シーグの疲労はピークに達している。
「そうは言いましても殿下」
フレイが淡々と問題の焦点を述べる。
「保護対象者の信頼を失ってしまっては、効率良く護衛することなど不可能です。ましてやイオリ殿は奥の手を獲得なされた。これがもし重要人物でなければ、殿下とて自ら囮になるという話を受けておられたでしょう?」
問題はそこだ。イオリの手には武器がある。上手く使えるようになってしまったら、アルヴィン達は手出しができないかもしれない。
シーグはますます柳眉を吊り上げた。
「確かに、囮になってくれるという提案には賛同したい。しかしどうあっても許可できない。あの女には人質以上の価値が発生したんだよ、アルヴィン」
イオリの価値は、勇者の姉であることだ。
勇者に対して人質に使える人間。でも、兄弟のように一緒に過ごしてきた自分たち自身も、人質になったらユーキは苦悩することだろう。
彼女が人質として使いやすいのは、アルヴィン達のように自分の身を守れないことだ。
「イオリが先見の魔法を使えるからですか?」
尋ねるとシーグは苦笑う。
「訓練も無しで先見ができた、と聞けば誰もが驚くだろうな。だが、それが本当に魔法ならばいい。でも疑う者もでることだろう。他に、生まれながら能力を持つ人間が近親者にいるからな」
「ユーキですか?」
アルヴィンは息を飲む。
しかし予言がなかった以上、イオリには勇者として期待される能力はないと、誰もがわかっているはずだ。
「二人の共通点はただ一つ。異世界の血を引いていることだ。その特異性から、他国の者に異世界の血が混じると希少な能力を発揮する、というデマが流れる恐れがある。
現状、あの女の世界に我々が転移することはできない。ユーキの母親は異例中の異例だ。そしてユーキが魔術による予言にひっかかったのも、彼やアレを召喚できるのも我々の世界の血を引いているからだ」
シーグは『アレ』の部分を憎々しげに発音する。どうやら名前を呼びたくないほど嫌になったらしい。
「だが異世界の血筋に付加価値があると考えたら、どこの国も召還魔術を開発するだろう。魔に侵食される恐怖から逃れるためにな」
「そして新たな……自分の国だけの勇者を創り出そうとする可能性があると、殿下はお考えなのですね?」
シーグはようやく落ち着いた表情になって、フレイにうなずいた。
疲れたように執務机の椅子に座る兄の姿を見ながら、アルヴィンは血の気が引くような思いでいた。
無差別に召喚を行われたら……そして事実誤認だったとわかったら?
良くて放逐、権力者の逆鱗に触れたら虐殺もあり得る。そもそも、何も分からない人間を攫ってきて……などという所からして、醜悪極まりない発想だ。
しかも異世界の血がめあてなら、異世界から召還しなくてもイオリがいる。知られた瞬間から彼女は人質ではなく、実験動物としての価値を見出されるのだ。
そして机を蹴るほど苛立ちながらも、シーグはイオリを守ろうとしてくれている。アルヴィンは兄の理性に感心した。
「彼女にそれをお話しするのは……」
どうだろうかとフレイが言いかけた。
「逆に悪用方法を考えかねん」
シーグの言葉に、アルヴィンは深々とうなずいてしまう。
普通なら怯えるような話だが『囮なら狙われてる自分がやる』と言い出すような人間だ。垂涎の的になるとわかれば、それすら利用しかねない。
これが他人だったら、イオリは断固反対するんだろうに。どうしてこう、自分の事とわかると危険を回避しようとしないのか。本気で死に急いでるとしか思えない。
「兄上、なんとか事情を隠したまま説得するしかないでしょう。最初に彼女の意志を無視したのは確かにこちらなんです」
慣れない人間に殺し合いを見せたら、過剰反応しても仕方ない。イオリは、怯えすぎて恐怖が麻痺しかけている可能性もあるのだ。
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