勇者の姉、召喚

奏多

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5章 勇者の姉、説得

最強の説得相手が出てきました

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「えーと、お久しぶりです」

 四年ぶりに会う弟は、伊織にどこか他人行儀な挨拶をしてきた。
 昔より顎の骨格がごつくなって、確実に伊織より年上に見える。日本に帰ったら、誰に聞いても二十五歳ぐらいに間違われそうだ。
 旅空の下で少しよれてしまった詰襟の上着や外套。それでも茶色いくせっ毛は伊織が知っている悠樹のままだ。

 元気そうな姿を見て、本当のところ伊織は泣きそうだった。
 これがシーグたちの懐柔策だとはわかっている。だけど弟に再会できると聞けば、自分の気持ちを曲げてでも会う方を優先せずにいられなかった。

 かといって、弟はトレドの王城へ戻ってきたわけではない。
 ここは伊織が召喚されたあの暗い部屋だ。

 そこに二人か三人がかりではないと持ち上げられないような大きな水盤が置いてある。水盤には青い光る水がなみなみと注がれ、魔法使いが怪しげな呪文を唱えたあげくに火をつけた。
 そして「この水燃えんの!?」と驚く伊織の目の前で炎がだんだんと弱くなり、消えうせると同時に弟の姿が映ったのだ。
 まだ魔法に慣れていない伊織としては、この映像が本物かどうか見分けがつかない。よって非常に信じがたい。

「あんたがそんな他人行儀な言葉遣いしてると、なんだか変よ?」

 疑惑の眼差しを向けると、悠樹は照れたように笑う。

「いやだって四年ぶりだぜ? それにしても姉ちゃんは変わんないよな。背、伸びてないんじゃないか?」

「うるさいわね。姉は日本人女性の平均的身長にはなってるわよ」

 一五七センチは、確か標準だったと思う。

「それよりあんた、本当に悠樹でしょうね?」

「……へ?」

 水盤に映るユーキがぽかんと口を開ける。

「今から言う質問に答えてちょうだい。悠樹が六歳の時、わたしにとりあげられて泣いたのは、バービーちゃんとリカちゃ……」

「わあああああぁぁぁあっ、やめてくれ! 後生だ姉ちゃん!」

 泣き出さんばかりの表情に、伊織はようやく彼を本物だと認めた。
 六歳になるまでリカちゃん人形を大事にしていた件は、十二歳ごろまでネタにしてからかっていた。十六歳の青少年には、立派な黒歴史だろう。

「いや待てよ。とりあえず遮っておけばそれらしく見えるし? ちょっと悠樹、とりあえずどっちか頭文字だけでも答えて」

 羞恥のあまりだろうか、顔を真赤にしたまま悠樹は答えた。

「リの方……。なんだよ姉ちゃん。再会したてだっていうのにさ。妙にやさぐれてんじゃん」

「わたしだって素直に再会を喜びたいわよ。だけどあんたがお世話になってた三兄弟の一番上が、わたしを不信感の塊にしてくれたのよ」

「一番上ってシーグのことか?」

「確かそんな名前だったわね」

 斜め後ろですごく苛ついた気配が発生したのがわかる。が、伊織は意図的に無視した。
 その苛つきは、悠樹の一言で極限まで高まった。

「……またか」

 背後から「お前たち姉弟はっ!」という罵り声と「兄上抑えて!」「殿下おやめ下さい!」という必死な制止が聞こえる。
 そちらに気をとられる前に、水盤の向こう側で誰かが吹き出す。悠樹は口を動かしていない。弟の近くにいる誰かだ。

「お前の兄ちゃんだろ、ヴィル」

「いやいや。うちの兄貴が人でなしなのは元からだけど、お前の姉ちゃんもかなりのもんだよ」

 悠樹に応えながらひょっこり顔を出したのは、茶金の髪を短く刈り込んだ、日に焼けたスポーツマンっぽい男性だった。悠樹よりもがっしりした体格。話の内容から推測するに、彼こそが悠樹に同行している第二王子ヴィクトールだろう。

「よっ、初めまして!」

 ヴィルのさわやかな笑顔に釣られて、伊織も思わず笑ってしまう。

「イオリちゃんだっけ? うちの兄貴がいじめたみたいで悪かったな」

「いえいえ。悠樹がお世話になってます」

 彼は悠樹の大事な同行者だ。深々とおじぎをしておいた。

「俺と同い年だって? なんかユーキより小さい子みたいだなぁ」

「そういう人種なんで」

 欧米系と同種の体格と老け顔人種にしてみれば、伊織なんて子供にしか見えまい。

「そうだよな。姉ちゃん十六になったのに、まったく色気もなんもないのな」

「ユーキ、あんたはお姉様になんて口を……」

 苦言を呈そうとしたものの、悪気のない笑顔に尻すぼみになってしまう。

「それにしても、今回姉ちゃんが来なきゃいけなくなった理由は聞いてたけど、こんな事でもなかったら顔合わせる機会もなかったもんな。姉ちゃんの誘拐なんて目論んだ国があるなんてのは迷惑だけど、そこだけは感謝したいよ」

「あんたは前向きね」

 感心のあまりため息が漏れた。
 十二歳で勇者になると決意した時もそうだった。これで母さんを故郷に帰してあげられるよ。そう言ったはずなのに、母は……。

「で、なんで急に通信してきたんだ?」

 悠樹の視線が伊織の後ろへ向けられる。つられるように振り向くと、やや疲れた表情のアルヴィン、フレイの横で、冷静さをとりもどしたシーグが咳払いをして口を開く。

「緊急事態にて召還した姉君の件なんだがね。犯人の見当はついたのだが、今度は証拠を固めるために自ら敵地に乗り込むと言って聞かないんだよ」

 隠しきれないほど忌々しそうに告げたシーグに、悠樹が「はあっ?」とすっとんきょうな声を上げる。

「姉ちゃん何考えてんだよ……」

「そうだろう、そう思うだろう? だから説得してくれたまえ」

 速攻で悠樹を煽るシーグに、伊織はきっちり釘を刺す。

「このまま証拠が挙がらなかったら、どうせ『また』わたしを囮にするつもりなんでしょ? 攻めに行くか待ち構えるかだけの違いじゃない」

「兄貴、そんなコトしたのかよ」

「そりゃ嫌われるよな」

 水盤の向こうのヴィルと悠樹にまで責められ、シーグは今にも歯ぎしりしそうだった。

「早期解決が第一義に決まってるだろう。相手がわからないままでは、お前達の旅にも支障が出る。そちらからは連絡ができないんだ。彼女を捕まえたからと言われても、確認しようがないだろう?」

 まともな反論に、悠樹とヴィルは考え込んでしまう。かくいう伊織も、悠樹の邪魔になるとわかっては反論できない。
 しばしの沈黙の後、口を開いたのはアルヴィンだった。

「ユーキそういえばお前、今どこにいるんだ?」

「あ? メルキドの南」

「じゃ、近いな。一度戻って来いよ」

 あっさり帰還を勧めるアルヴィンを、全員がぎょっとした表情で振り向いた。

「アルヴィン、それではユーキの行動が遅れて被害が出る可能性がある」

「わたしはユーキの邪魔をしにきたわけじゃ……」

「メルキドからなら、一週間で着く。どっちにしろ、離れている状態ではユーキもリスクを負うんだ。そのまま行動していたら、噂を聞いた別な国に嘘でもつかれて、余計な回り道をすることになる。
 しかも今は魔について大きな被害の報告はない。もし連絡があったとして、その場合でもメルキドなら一度城に戻って鳥を使った方が速く到着できる」

 他全員の意見を、アルヴィンはあっさりと封じ込めてしまった。
 意外だ、と伊織は思った。どちらかといえば肉体派っぽいイメージがあったので。思えば前にもそんな事があった。確か自室で襲撃された後だ。女官を付き添わせると聞いて、伊織が抗議した時。アルヴィンはルヴィーサの意見とフレイの意見を調停していた。
 ややあってユーキが「そうだな」とうなずく。

「それが一番良い方法だと思う。ま、せっかくだから四年ぶりに会おうぜ姉ちゃん。それまでは大人しくしててくれよ」

「確かにこの辺りが妥協点だな」

 シーグもため息をつきつつ、納得しているようだ。
 伊織としても、ユーキに会える機会を捨ててまで敵地に突撃することは出来ない。これでシーグが外交工作を行う猶予を与えてしまうことになるわけだが、仕方ない。

「わかった。待ってる」

 そう答えると、悠樹が嬉しそうに笑ってくれた。
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