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6章 勇者の姉、捕獲
事態は急変していく
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「でも、待つのって本当に退屈よね」
伊織はため息混じりに呟いた。
うららかな日差しが、退屈感を助長する。ルヴィーサの勧めに従って庭園でお茶をしているのだが、風も弱すぎてぬるい雰囲気が増すばかりだ。
伊織が弟と話をしてから四日。
最初は会ったら何を話そうとか、いろいろ考えて過ごすだけで楽しかった。けれど二日目にはそのネタも尽きた。
あげくにシーグをからかいすぎたのか『いつ何時人の目を盗んで動き回るかわからない』と言われ、行動範囲まで狭められてしまった。
城内散策をしようにも、先日は笑って通してくれた人々に「お帰り下さい」と懇願されてしまう。
庭に出たいと言えば、フレイかアルヴィンが付き添わないと許可が出ない。衛兵では伊織に押し切られてしまうとばれてしまったようだ。
先日気晴らしにつきあわせた衛兵は、怒られなかっただろうか。
今も彼は少し離れたところに控えているのだが、時々顔を合わせて笑みを交わすぐらいで、詳しい話はしていない。
「もうちょっとなんか刺激がほしい所よね。本見るのも飽きたし、こんな異世界まで来てちまちまと刺繍なんてしたくないし。そういえば城下町も見てない」
「状況が状況なんだから、仕方ないだろ」
目前でカップを傾けているアルヴィンに、一刀両断された。
「せめてシーグのことからかって遊ぼうかと思ったら、マジ切れするし。つまんないの」
「頼むからやめてくれ……」
アルヴィンが額に手を当ててうつむいてしまった。かわいそうなので、この辺までにしておく。
と、そこでアルヴィンを呼ぶ声が聞こえた。
「アルヴィン殿下!」
庭園の向こうから衛兵が一人駆け寄ってくる。彼は伊織たちから少し離れた場所で膝をついて訴えた。
「城壁付近で、不審な者を捕らえました。エンブリア・イメルを所持しておりまして、今魔術師殿と兵長を呼んでおりますが、念のため殿下にもお知らせをと」
アルヴィンは慌しく席を立った。
「俺も見に行く。イオリを頼んだ」
控えていたルヴィーサと女官、そして衛兵二人がお辞儀をして了承の意を示している。
走っていくアルヴィンの背中を見送った伊織は、自分もついていきたいのを堪え、もう一度ティーカップを持ち上げた。自分の能力は戦闘には向いていない。足手まといになるよりは、大人しく待つべきだろう。
自分を納得させながらカップに口をつけ、ソーサーに戻した瞬間。
「…………っ!」
音高くカップが砕け散る。
伊織は驚きで、思わずその場に立ち上がった。
破片が散らばるテーブルの上には、ソーサーを二つに叩き割ったナイフが突き立っている。
次に金切り声が聞こえ、振り返ると女官達を守って衛兵が黒服に黒覆面をした男と対峙している。衛兵の一人が剣を抜くと、ナイフを武器に持っていた男は、間合いを取る為に一歩後退する。
「イオリ殿、こちらへ!」
もう一人の先日伊織が迷惑をかけた衛兵に手を引かれ、伊織は庭園の中へと走り出した。
狙われてるのは自分だ。離れた方が、ルヴィーサたちが助かる可能性が上がる。
「殿下のところへ行きましょう」
伊織はうなずいて、走り続けた。
やがて低木の生垣の向こうに、数人の衛兵がいる場所へたどりつく。
しかしその手前で、足を止めてしまった。
「アルヴィン……?」
三人の衛兵に囲まれて、アルヴィンは地に倒れ付していた。
まさか、と思う。
彼が捕まった不審者に逆に殺されたのだとしたら?
とにかく怪我をみなくては。ふらりと近づきかけて、伊織はおかしな事に気づく。
どうして彼らは、アルヴィンを介抱しないのか。だれかが医者を呼びに言ったとしても、このまま転がしておくのは不自然すぎる。
それでも一歩足を踏み出して、衛兵に手を掴まれていたままだったことを思いだした。
「衛兵さん、アルヴィ……」
伊織は言葉を飲み込んだ。彼は、緊急事態だというのに楽しそうに微笑んでいた。
穏やかに見えた表情が、実は目を細めていたからだと気づく。真正面から自分を見る彼の目は、猛禽類のように鋭い金色をしていた。
「大丈夫、まだ死んではいません。ほんの少しだけ我々の元へご足労頂くにあたり、邪魔をして頂きたくないので、少し眠ってもらっているだけです」
「どうしてそんな」
言いかけて、ようやく回り始めた伊織の頭が一つの答えを弾き出す。
彼はあの黒服の襲撃者の仲間なのだ。アルヴィンを囲んでいる人達もみんな。アルヴィンが邪魔だった彼らは、自分から引き離して意識を失わせたのだ。
思わず彼らから離れようとしたが、衛兵の左手は、どんなに引っ張っても腕から離れない。
衛兵の握った手の隙間から、青い光がこぼれる。
よく分からないが、とてもマズイ気がした。
伊織は必死で逃げようとしたが、相手は男性だ。びくともしない。青い光はどんどん強くなる。他の三人の手からも、同じ光が溢れ始めた。
その時になって、伊織はようやく叫ぶ事を思い出した。
「誰か!」
ここに現行犯がいる。
しかも黒覆面の人達と違って、茶髪の彼はいろいろと知っていそうだった。それにアルヴィンを、誰かアルヴィンを助けに来て。眠っているなんて信用できない。きっと怪我をしてる。
「イオリ殿、落ち着いて!」
無我夢中で暴れ始めた伊織を、衛兵がとりおさえようとする。
「だってアルヴィンが!」
「死んではいませんよ」
「でも怪我させたんでしょう! 離して!」
伊織は囮になるつもりだった。けれどこんな不意打ちじゃなく、アルヴィンや他の人に怪我をさせない方法を考えていたのに。
その時、別な声が自分を呼んだ。
「イオリ殿!」
振り向けば、そこには走ってくるフレイの姿があった。だけど青い光が強まり、その姿が霞んでよく見えない。
思わず手を伸ばそうとした伊織に、誰かがぶつかってくる。
その瞬間、視界が青一色に染まった。
伊織はため息混じりに呟いた。
うららかな日差しが、退屈感を助長する。ルヴィーサの勧めに従って庭園でお茶をしているのだが、風も弱すぎてぬるい雰囲気が増すばかりだ。
伊織が弟と話をしてから四日。
最初は会ったら何を話そうとか、いろいろ考えて過ごすだけで楽しかった。けれど二日目にはそのネタも尽きた。
あげくにシーグをからかいすぎたのか『いつ何時人の目を盗んで動き回るかわからない』と言われ、行動範囲まで狭められてしまった。
城内散策をしようにも、先日は笑って通してくれた人々に「お帰り下さい」と懇願されてしまう。
庭に出たいと言えば、フレイかアルヴィンが付き添わないと許可が出ない。衛兵では伊織に押し切られてしまうとばれてしまったようだ。
先日気晴らしにつきあわせた衛兵は、怒られなかっただろうか。
今も彼は少し離れたところに控えているのだが、時々顔を合わせて笑みを交わすぐらいで、詳しい話はしていない。
「もうちょっとなんか刺激がほしい所よね。本見るのも飽きたし、こんな異世界まで来てちまちまと刺繍なんてしたくないし。そういえば城下町も見てない」
「状況が状況なんだから、仕方ないだろ」
目前でカップを傾けているアルヴィンに、一刀両断された。
「せめてシーグのことからかって遊ぼうかと思ったら、マジ切れするし。つまんないの」
「頼むからやめてくれ……」
アルヴィンが額に手を当ててうつむいてしまった。かわいそうなので、この辺までにしておく。
と、そこでアルヴィンを呼ぶ声が聞こえた。
「アルヴィン殿下!」
庭園の向こうから衛兵が一人駆け寄ってくる。彼は伊織たちから少し離れた場所で膝をついて訴えた。
「城壁付近で、不審な者を捕らえました。エンブリア・イメルを所持しておりまして、今魔術師殿と兵長を呼んでおりますが、念のため殿下にもお知らせをと」
アルヴィンは慌しく席を立った。
「俺も見に行く。イオリを頼んだ」
控えていたルヴィーサと女官、そして衛兵二人がお辞儀をして了承の意を示している。
走っていくアルヴィンの背中を見送った伊織は、自分もついていきたいのを堪え、もう一度ティーカップを持ち上げた。自分の能力は戦闘には向いていない。足手まといになるよりは、大人しく待つべきだろう。
自分を納得させながらカップに口をつけ、ソーサーに戻した瞬間。
「…………っ!」
音高くカップが砕け散る。
伊織は驚きで、思わずその場に立ち上がった。
破片が散らばるテーブルの上には、ソーサーを二つに叩き割ったナイフが突き立っている。
次に金切り声が聞こえ、振り返ると女官達を守って衛兵が黒服に黒覆面をした男と対峙している。衛兵の一人が剣を抜くと、ナイフを武器に持っていた男は、間合いを取る為に一歩後退する。
「イオリ殿、こちらへ!」
もう一人の先日伊織が迷惑をかけた衛兵に手を引かれ、伊織は庭園の中へと走り出した。
狙われてるのは自分だ。離れた方が、ルヴィーサたちが助かる可能性が上がる。
「殿下のところへ行きましょう」
伊織はうなずいて、走り続けた。
やがて低木の生垣の向こうに、数人の衛兵がいる場所へたどりつく。
しかしその手前で、足を止めてしまった。
「アルヴィン……?」
三人の衛兵に囲まれて、アルヴィンは地に倒れ付していた。
まさか、と思う。
彼が捕まった不審者に逆に殺されたのだとしたら?
とにかく怪我をみなくては。ふらりと近づきかけて、伊織はおかしな事に気づく。
どうして彼らは、アルヴィンを介抱しないのか。だれかが医者を呼びに言ったとしても、このまま転がしておくのは不自然すぎる。
それでも一歩足を踏み出して、衛兵に手を掴まれていたままだったことを思いだした。
「衛兵さん、アルヴィ……」
伊織は言葉を飲み込んだ。彼は、緊急事態だというのに楽しそうに微笑んでいた。
穏やかに見えた表情が、実は目を細めていたからだと気づく。真正面から自分を見る彼の目は、猛禽類のように鋭い金色をしていた。
「大丈夫、まだ死んではいません。ほんの少しだけ我々の元へご足労頂くにあたり、邪魔をして頂きたくないので、少し眠ってもらっているだけです」
「どうしてそんな」
言いかけて、ようやく回り始めた伊織の頭が一つの答えを弾き出す。
彼はあの黒服の襲撃者の仲間なのだ。アルヴィンを囲んでいる人達もみんな。アルヴィンが邪魔だった彼らは、自分から引き離して意識を失わせたのだ。
思わず彼らから離れようとしたが、衛兵の左手は、どんなに引っ張っても腕から離れない。
衛兵の握った手の隙間から、青い光がこぼれる。
よく分からないが、とてもマズイ気がした。
伊織は必死で逃げようとしたが、相手は男性だ。びくともしない。青い光はどんどん強くなる。他の三人の手からも、同じ光が溢れ始めた。
その時になって、伊織はようやく叫ぶ事を思い出した。
「誰か!」
ここに現行犯がいる。
しかも黒覆面の人達と違って、茶髪の彼はいろいろと知っていそうだった。それにアルヴィンを、誰かアルヴィンを助けに来て。眠っているなんて信用できない。きっと怪我をしてる。
「イオリ殿、落ち着いて!」
無我夢中で暴れ始めた伊織を、衛兵がとりおさえようとする。
「だってアルヴィンが!」
「死んではいませんよ」
「でも怪我させたんでしょう! 離して!」
伊織は囮になるつもりだった。けれどこんな不意打ちじゃなく、アルヴィンや他の人に怪我をさせない方法を考えていたのに。
その時、別な声が自分を呼んだ。
「イオリ殿!」
振り向けば、そこには走ってくるフレイの姿があった。だけど青い光が強まり、その姿が霞んでよく見えない。
思わず手を伸ばそうとした伊織に、誰かがぶつかってくる。
その瞬間、視界が青一色に染まった。
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