勇者の姉、召喚

奏多

文字の大きさ
23 / 32
6章 勇者の姉、捕獲

事態は急変していく

しおりを挟む
「でも、待つのって本当に退屈よね」

 伊織はため息混じりに呟いた。
 うららかな日差しが、退屈感を助長する。ルヴィーサの勧めに従って庭園でお茶をしているのだが、風も弱すぎてぬるい雰囲気が増すばかりだ。

 伊織が弟と話をしてから四日。
 最初は会ったら何を話そうとか、いろいろ考えて過ごすだけで楽しかった。けれど二日目にはそのネタも尽きた。

 あげくにシーグをからかいすぎたのか『いつ何時人の目を盗んで動き回るかわからない』と言われ、行動範囲まで狭められてしまった。
 城内散策をしようにも、先日は笑って通してくれた人々に「お帰り下さい」と懇願されてしまう。
 庭に出たいと言えば、フレイかアルヴィンが付き添わないと許可が出ない。衛兵では伊織に押し切られてしまうとばれてしまったようだ。

 先日気晴らしにつきあわせた衛兵は、怒られなかっただろうか。
 今も彼は少し離れたところに控えているのだが、時々顔を合わせて笑みを交わすぐらいで、詳しい話はしていない。

「もうちょっとなんか刺激がほしい所よね。本見るのも飽きたし、こんな異世界まで来てちまちまと刺繍なんてしたくないし。そういえば城下町も見てない」

「状況が状況なんだから、仕方ないだろ」

 目前でカップを傾けているアルヴィンに、一刀両断された。

「せめてシーグのことからかって遊ぼうかと思ったら、マジ切れするし。つまんないの」

「頼むからやめてくれ……」

 アルヴィンが額に手を当ててうつむいてしまった。かわいそうなので、この辺までにしておく。
 と、そこでアルヴィンを呼ぶ声が聞こえた。

「アルヴィン殿下!」

 庭園の向こうから衛兵が一人駆け寄ってくる。彼は伊織たちから少し離れた場所で膝をついて訴えた。

「城壁付近で、不審な者を捕らえました。エンブリア・イメルを所持しておりまして、今魔術師殿と兵長を呼んでおりますが、念のため殿下にもお知らせをと」

 アルヴィンは慌しく席を立った。

「俺も見に行く。イオリを頼んだ」

 控えていたルヴィーサと女官、そして衛兵二人がお辞儀をして了承の意を示している。
 走っていくアルヴィンの背中を見送った伊織は、自分もついていきたいのを堪え、もう一度ティーカップを持ち上げた。自分の能力は戦闘には向いていない。足手まといになるよりは、大人しく待つべきだろう。
 自分を納得させながらカップに口をつけ、ソーサーに戻した瞬間。

「…………っ!」

 音高くカップが砕け散る。
 伊織は驚きで、思わずその場に立ち上がった。
 破片が散らばるテーブルの上には、ソーサーを二つに叩き割ったナイフが突き立っている。

 次に金切り声が聞こえ、振り返ると女官達を守って衛兵が黒服に黒覆面をした男と対峙している。衛兵の一人が剣を抜くと、ナイフを武器に持っていた男は、間合いを取る為に一歩後退する。

「イオリ殿、こちらへ!」

 もう一人の先日伊織が迷惑をかけた衛兵に手を引かれ、伊織は庭園の中へと走り出した。
 狙われてるのは自分だ。離れた方が、ルヴィーサたちが助かる可能性が上がる。

「殿下のところへ行きましょう」

 伊織はうなずいて、走り続けた。
 やがて低木の生垣の向こうに、数人の衛兵がいる場所へたどりつく。
 しかしその手前で、足を止めてしまった。

「アルヴィン……?」

 三人の衛兵に囲まれて、アルヴィンは地に倒れ付していた。
 まさか、と思う。
 彼が捕まった不審者に逆に殺されたのだとしたら?

 とにかく怪我をみなくては。ふらりと近づきかけて、伊織はおかしな事に気づく。
 どうして彼らは、アルヴィンを介抱しないのか。だれかが医者を呼びに言ったとしても、このまま転がしておくのは不自然すぎる。
 それでも一歩足を踏み出して、衛兵に手を掴まれていたままだったことを思いだした。

「衛兵さん、アルヴィ……」

 伊織は言葉を飲み込んだ。彼は、緊急事態だというのに楽しそうに微笑んでいた。
 穏やかに見えた表情が、実は目を細めていたからだと気づく。真正面から自分を見る彼の目は、猛禽類のように鋭い金色をしていた。

「大丈夫、まだ死んではいません。ほんの少しだけ我々の元へご足労頂くにあたり、邪魔をして頂きたくないので、少し眠ってもらっているだけです」

「どうしてそんな」

 言いかけて、ようやく回り始めた伊織の頭が一つの答えを弾き出す。
 彼はあの黒服の襲撃者の仲間なのだ。アルヴィンを囲んでいる人達もみんな。アルヴィンが邪魔だった彼らは、自分から引き離して意識を失わせたのだ。

 思わず彼らから離れようとしたが、衛兵の左手は、どんなに引っ張っても腕から離れない。
 衛兵の握った手の隙間から、青い光がこぼれる。

 よく分からないが、とてもマズイ気がした。
 伊織は必死で逃げようとしたが、相手は男性だ。びくともしない。青い光はどんどん強くなる。他の三人の手からも、同じ光が溢れ始めた。
 その時になって、伊織はようやく叫ぶ事を思い出した。

「誰か!」

 ここに現行犯がいる。
 しかも黒覆面の人達と違って、茶髪の彼はいろいろと知っていそうだった。それにアルヴィンを、誰かアルヴィンを助けに来て。眠っているなんて信用できない。きっと怪我をしてる。

「イオリ殿、落ち着いて!」

 無我夢中で暴れ始めた伊織を、衛兵がとりおさえようとする。

「だってアルヴィンが!」

「死んではいませんよ」

「でも怪我させたんでしょう! 離して!」

 伊織は囮になるつもりだった。けれどこんな不意打ちじゃなく、アルヴィンや他の人に怪我をさせない方法を考えていたのに。
 その時、別な声が自分を呼んだ。

「イオリ殿!」

 振り向けば、そこには走ってくるフレイの姿があった。だけど青い光が強まり、その姿が霞んでよく見えない。
 思わず手を伸ばそうとした伊織に、誰かがぶつかってくる。
 その瞬間、視界が青一色に染まった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

処理中です...