私、ニセモノ令嬢から帝国皇子の愛され侍女になったようです

奏多

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1 殺されたくないので逃げさせていただきます!

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「ああ、娘の婚約破棄の話もお聞き及びですか……。いえ、ちょっとした行き違いがありまして」

 目の前には、白柱に薔薇の蔓がからむ四阿。
 四阿のテーブルには白い陶器のティースタンドに、砂糖漬けの花が飾られたケーキやクッキー。
 一緒に、うっとりとするような赤や黄色のジャムと、いくつものティーセットが置かれている。

 それを囲んでいるのは三人。
 墨色のドレスにベールをした、品のよさそうな60代の皇太后。
 青い顔をしながらも、必死に口を動かして説明している口ひげの伯爵様。

 そして私。

「婚約のお話を聞いて、このお話を持ってきたのですよ、クラウス伯爵」

 皇太后は柔らかな口調で、本題をきり出す。

「帝宮で新しいお相手を探すのも良いと思って。クラウス伯爵の娘さんでしたら、きっと立派なお嬢さんだろうと思いましてね」

「は、あはは」

 クラウス伯爵は引きつった笑みを浮かべる。
 隣で私も、小さな声で「お、おほほ」と笑いながら冷や汗をかいていた。
 なにせ肝心の『娘』として横に座ってる私が……身代わりの、ニセモノ令嬢だから。

 私の名前は『リリ』だ。
 元は騎士の娘。
 母も父も相次いで病気で亡くしてしまったので、伯爵家のメイドとして働いている。
 農家や商家の娘ではないからと、お嬢様の小間使いとして雇われているけれど……。

 貴族の約束事や慣習を、騎士の娘なら平民より知っているから、と、お嬢様は私を自分の身代わりにさせていた。

 理由は様々だ。
 やれ、あそこの貴族と偶然知り合わされて、婚約の話を進められるのは嫌。
 あのお茶会の主催者は私のことを嫌ってるから、何をお菓子に混ぜられるかわかったもんじゃない。

 色々と、代理を頼まれるたびに説明されるけど……ようは内弁慶外公方なお嬢様なのだ。
 あれこれと理由をつけては出たがらないだけ。

 父である伯爵も、そんなお嬢様のわがままにはオロオロするばかりで、たしなめる気配もなく。
 結果として、私は数々の代理をこなさなくてはならなくなっていた。
 ただ……普通なら、どこかでバレていたと思う。
 なんとかうまくやれたのは、私には騎士の娘以上の知識があったからだ。

(前世で本の虫だったのが、異世界に来て役に立つとは思わなかったけど)

 実は私、転生してきた人間だ。
 病気で亡くなって、気づいたらなんだか昔の洋風な世界にいた。

 記憶が戻ったのは、確か10歳を過ぎたあたり。
 そして私は……たぶん、ゲームの世界らしきところに生まれ変わったのだろうとあたりをつけていた。
 病床でやってたRPGゲームに世界観が似てたし、名称も同じだったから。

 そのゲームは、侵略されそうな国の王子が、仲間と一緒に周辺国や竜なんかの協力を得て、戦争を阻止するゲームだ。

 住んでる国の名前はランヴェール帝国。
 聖女や聖者がいて、この国は隣の国ヴァール王国とそこにいる聖女の力によって戦争をしかけて負けた。
 それから60年ぐらい経っている。

 そこに、私が生まれ変わった。

 現在の私は騎士の娘として生まれて、メイドとして働いている状況。
 明らかにモブ人生でしょこれ。
 だからゲームのことに巻き込まれるどころか、関われるわけもない。
 そう思って、とにかく穏やかに暮らすことを目指しているんだけど。

 私を身代わりとして派遣することに慣れたお嬢様は、今回も私に代理をやれと言い出した。

「あたし、帝宮で侍女になるのは嫌なのよ。皇太后陛下とのお茶会に身代わりで出て、上手く話を壊してきてよ」

 そうお嬢様に言われたのは、今朝のこと。
 昨日までは、相手が皇太后と聞いてしぶしぶ出席すると言ったはずなのに……。
 でもお嬢様は、完全に拒否態勢だ。
 薄ピンクのいわゆるゴスロリなフリルいっぱいのドレスを着て、ソファーに寝そべっている。
 
 というか最近、あまりにも外に出ることがなくなったせいで、ちょっと身なりにかまわなくなりつつあるのが不安だ。
 服選びも適当になって、目をつぶって指をさして決めている。
 髪は櫛を通して、寝そべりやすいよう横にゆるく結ぶのみ。

 とにかく動かなくなったせいで、頬もぷくぷくしてきてるし、体力も落ちているみたいだ。
 かといって鬱になっているわけでもないので、ただわがままなだけだと思う。

 ……前世病死した私としては、モヤモヤしてしまうが、何も言えない。

 とはいえ、お嬢様に心配を伝えるのは難しい。
 そんなことしたら、クビになる。
 たかが小間使いが『お嬢様、それはダメです』なんて注意したからって、あっさり聞いてくれるお優しい貴族なんてそうそういないのが現実だ。

 身分差は絶対。
 そのために、メイド一人ぐらい闇に葬れるだけのお金と人手と、法律の盾まで持っているのが貴族なわけで。
 なにせ反抗したらクビになったあげく、今までの身代わりの件をバラされないよう、罪人にされて牢屋行き、なんて可能性もあったりする。

 とはいえ、今回ばかりはマズイ。
 だから私は、儚い抵抗をこころみたのだ。

『お嬢様、さすがに皇太后陛下の前で身代わりは……。お嬢様も罪に問われてしまいます』

 メイドの私だけではない、実行を命じたお嬢様だって皇族をだましたと、罪に問われて牢に放り込まれるだろう。
 でもお嬢様は最近の怠惰な生活で、深く物を考えるのがすっかり難しくなったようだ。

『リリはいつも私の身代わりでお茶会に出てくれたじゃない! それにリリは騎士みたいに強いから、追っ手をまいて逃げられるでしょ! さすがは騎士の娘よね!』

 私が嫌がっているのだと思い、やってよ! と繰り返すばかりだった。

 結果、私は悲壮な決意をしつつお茶会に出ることになった。
 身代わりをするため、私はお嬢様が私用にサイズを直した中から、オレンジ色のドレスを着た。
 これが一番、皇太后様に会う場へ行けるだけの格があるドレスだから。

 顔に少しだけベールがかかる小さな飾り帽子。半分だけ結い上げたミルクキャラメル色の髪にピンで留めた。
 この帽子を選んだのは、ベールで少しでも顔が隠れるからだ。

 そうして望んだお茶会。
 皇太后への挨拶はクリア。
 着席した後も、おほほと笑って、お茶を飲んでいる今はまだ、おかしいとは思われていない。

 不安なのは、クラウス伯爵様だ。
 明らかにうろたえている。

(もうちょっと、平然としていてほしいのに!)

 これでは不審に思われて、身代わりがバレてしまう。
 クラウス伯爵家そのものの危機だ。
 そして私は、メイドの職を追われるどころじゃなくなる。
 貴族じゃないから、処刑されてしまうかも……。

 気をもんでいると、ふいに目の前に剣先がつきつけられた。

「お前は誰だ。この家の令嬢ではないな?」

 剣の持ち主は、いつの間にか近づいていた護衛の騎士の一人のようだ。
 冷や汗をかき、全身が震えそうになりながら、どうにか言い訳できないかと見上げて……あれ? 妙に見覚えがある人だな? と思う。

 紺碧の衣服には、銀の模様が刺繍され、羽織っている黒のマントにも銀の紐や|肩章(けんしょう)がある。
 その制服だけでも造りが美しくて、かなりの品だろう。
 でも身に着けた灰銀の髪の騎士は、衣服に見劣りすることのない、一瞬見とれるほどの麗しさを持っていた。

 やや長めの前髪は、しっとりとした色気を感じさせ……でも怨念を背負ってそうな鋭い目つきが、ひやっとする恐怖を感じさせるせいで、現実を取り戻させてくれたけど。

 でもその顔に、ものすごく見覚えがある。
 いや、今はそれどころじゃない。

「あの、その、これには訳が……」

 立ち上がってクラウス伯爵が言い訳をしようとしてくれたのを見て――私はとっさに逃げた。

 命が惜しければ逃げるのだ!
 だって言い訳をしようったって、あれだけお嬢様を放置してたクラウス伯爵が、上手く取り繕えるわけがないもの!

 その後私を追いかけてきたのは、お茶会を遠巻きに見守っていた兵士達だ。

「待て!」

 そう言われて止まる人間がいるものですか。
 私はオレンジ色のドレスの裾をからげて、全力疾走する。
 でも普通なら、ドレス姿の女に兵士が追い付けないわけがないのだけど。

「なんだあの女? 速すぎる!」

「誰か、馬を!」

「それより、この先にいる兵士に誰か知らせられないのか!?」

 兵士達は、なかなか私に追いつけない。
 万が一を考えて、逃げやすくしていたおかげだ。

 スカートを膨らませるパニエは一枚のみ。
 クリノリンも拒否。
 さらにコルセットも緩めて動きやすくして、靴も走りやすいブーツにしている。

 それに私、母から『強い方が持てるのよ、この世は!』と騙されて剣術訓練までしていたので、他の女性より走るのに慣れているのだ。

 そんなわけで、私は庭を囲む塀の、一部崩れた場所を目指して走る。
 乗り越えた先に厩舎がある。
 たどり着いたら、即刻馬に乗って逃亡するのだ。

「でも、逃げおおせてもお尋ね者よね……」

 病死したと思ったら、お尋ね者にジョブチェンジだなんて。
 考えると泣きたくなるが、それも無事に逃げ伸びてからにしよう。

 私はようやく屋敷の周囲をとりまく壁にたどり着いた。
 崩れた場所は少し低くなっているので、そこへ飛び上がって乗り越える。
 しかし下りた場所に兵士が二人いた。

 皇太后の警護のため、塀の外にも配置されていたんだろう。
 私が追われているとは思っていないみたいで、ドレスを着た娘が飛び降りてきてぎょっとしている。

 私は着地してすぐ、無意識に二人に突撃。
 ふいをついた一人を突き飛ばして転倒させ、それを見て掴みかかった一人を投げ飛ばす。
 この強さは母の訓練のたまもの。

 ただし強くなりすぎて、結婚適齢期前から周囲の男性やその親から敬遠されたけど……。
 思い出すと、泣けてくる。

 とにかく無事に邪魔者を排除し、もうすぐ厩舎に到着できると思ったその時だった。
 手首をつかまれたと思ったら、あっけなく近くの塀に背中を押し付けられる。
 衝撃に一瞬息が詰まった。
 そして私を捕まえたのは、あの灰銀の髪の騎士だった。

「明らかに伯爵令嬢ではないな。その身のこなし、お前はどこかの暗殺者か?」

 にらみつけてくる青い目が怖い。
 この世の恨みを私にぶつけてくるようで、ぞっとしたせいか、馬鹿正直に答えてしまった。

「え、ただの騎士の娘です! た、ただ父が亡くなって、今は小間使いとして雇われて、その、お嬢様が……」

「言い訳は無用だ」

 灰銀の髪の騎士は、剣を鞘から抜く。
 だめだ。
 これでは殺されてしまう。

(うそうそうそ! なんでこんなことになってるの? どうしたら良かったのぉぉぉ…………せっかく転生して今度こそ健康に生きられるようになったのに!)

 誰か、私を救って。
 私を守って……。
 強く念じた時、心の中の悲鳴が、周囲の空気を震わせたような気がした。

 とたん、脳裏でカチリと何かが噛みあう感覚。
 そして音が自分から広がるような、不思議なイメージが訪れる。
 同時に、変化が起きた。

 ――私を中心に風が吹いた。

 瞬間、目の前の灰銀の騎士の様子が変わる。
 怨念が抜け落ちたようにはっとした表情になって、動かなくなった。

(……? よくわからないけど、これなら逃げられる?)

 私は彼の手をふりほどこうとした。
 でも急に灰銀の騎士が正気を取り戻したように私を拘束し、抱えあげてどこかへ移動する。
 さっきまでの殺意を思い出して、思わず縮こまってしまう。
 でもすぐに逃げるべきかと思ったけど。

(なんか、大事にされてる?)

 持ち上げ方も丁寧。
 抱え方もしっかりしてる。
 何より間近になった顔が……良すぎた。
 見とれそうになった自分を心の中でバシバシ叩いて、気を取り直してから尋ねた。

「ど、どこに行くの!?」

「黙っていろ」

 ぶっきらぼうな返事だったけど、一応剣は納めてくれている。
 もしかして、殺すのをやめてくれた?
 神様に願いが通じたのかなと思っていたら、後から追って来たのだろう、兵士の姿が見えた。
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