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第11話 - 手を差し伸べる者、手を取る者
しおりを挟む「……ギィィィィ! 実に、くだらん! シェラード、即刻、帰るぞ!」
「ぐふふ。おや、ハミルトン殿。まだメインが来ておりませんが、よろしいので?」
「いらんわ、こんな痩せた土地の料理など! 貧乏臭いのが匂ってかなわん!」
そう吐き捨てると、ハミルトンは慌ただしく立ち上がり、扉の外へと向かっていく。やれやれと笑いながら、シェラードが大きな腹を揺すりながら、追随していった。
そして、扉に手を掛けた瞬間、ハミルトンがキースのほうを振り返り、怨念を秘めた声色で、捨て台詞を吐き捨てるのであった。
「馬鹿な足掻きを見せたものだ。第六王子との『領地交換』が迫っているだろうに。我らの仲介など、泡と消えたと思うがいい」
そして、彼らは荒い靴音を鳴らしながら、退出していく。
その後、メインの肉料理を持ってきたクロードが入室してきた。
「先ほど、ハミルトン様とシェラード様がお帰りになられました。ご案内も、料理はいらないと仰っておりましたが……キース様は如何いたしますか」
「もらうよ。せっかくだしね。クロシェも一緒に食べよう」
そう言って、ふぅ、と一息つき、肩の力を抜く。目の前に供された肉料理を切り分け、黙々と口に運んでいた。
異世界からやってきた彼に、圧倒されるように、クロシェは、言葉を失っていた。
説明不足のまま、いきなり連れてこられた【テーブル】に、その場でどんどん順応し、最後にはあの貴族二人を凌駕し、交渉を終わらせた。
キースが、【妖精たちの箱庭】でフォークの位置をずらせ、という指令してきたときは、耳を疑った。つい先刻までマナーバトルのルールに動揺していた男が、その本質をすぐに見抜き、彼らのスキを突く戦術を実行させた。
話している感じは、多少頭のいい、同じ年頃の少年、という印象だったのに、何故こんなにも交渉に長けていて、相手の裏をかくような陰謀が得意なのか。
説明ばかりで、彼自身のことを聞けていなかったが、果たしてそれは秘したままにしておくのがいいのではないか。この箱を空けると、なにかしらの禁忌に触れるのではないか、なんていう、恐怖すら感じていたのだ。
どこから切り出そうかと、悩みながら食事を続けていると。
「食べ終わったらさ」
キースのほうから、そう話かけてきた。
「もう一度、第七領の街を見たい。一緒に来てもらっても、いい?」
「……はい、もちろん、です。お供させていただきます」
クロシェは気付いたら、そう返事をしていた。
※
第七領最大の街は、やはり、静まり返っていた。
人通りも少なく活気が無い。第七王子と暗黒姫が通りを歩く様を、恨みの籠った視線が貫く。
「マナは土地に紐付きます。また人も、土地に紐付く。マナの恩恵を受けられるものは、その土地に住まうもののみとなります」
クロシェは、小さな声で、この世界の法則を説いた。
「故に、自国、自領にいる間は、膨大なマナを使うことができますが、例えば敵国に攻め込む、など、自国から離れれば離れるほど、使えるマナは少なくなっていきます」
キースは、クロシェの説明を聞いて、この世界の法則を掴み始めていた。
つまり、自分が統治する第七領内では強い効力の魔法が使えるが、例えば第一領など、己の土地から離れれば離れるほど、効力は薄まっていくのだろう。
これも、まだ同じ国内だから魔法は使える方で、他国などへ離れれば離れれるほど、魔法は使えなくなっていく、ということだと認識した。
「圧倒的に守るほうが有利、だね。戦争を仕掛けるのなんか馬鹿らしい……それが、分割統治なんていう、事実上の内紛みたいな政策が続けられる理由か」
「仰る通りです。ここ数十年は大国同士の戦争は無く、外交戦術が中心となっております」
余程の戦力差がなければ戦争は起こりえない。この世界において、暴力は下策なのだ。よって、重要となるのは、謀略と交渉、そして、マナー違反によるマナの奪取。
マナの法則は、戦争に強烈なデメリットを課し、平和をもたらした。だが枷はあまりに強力だったようだ。
「しかし、例えば相手の国でなんらかの条約を結ぼうとしても、こちらは魔法は使えず、相手はいくらでも使える。そんな状況で、約束など結ぶことができません。また逆に、卑劣な魔法で無理矢理条約を結ばされた、などと主張して、反故にされることだって、あり得るのです」
「そこで出てくるのが【テーブル】か」
「はい。【テーブル】は、お互いの合意を経て発動されます。出現する天秤に、参加者全員のマナが回収され、その中から平等に「2」ずつのマナが配られるのです。土地による有利不利が一切排除される、中立な場。ここでの決定事項は正式なものとされ、言い訳は無効とされます。世界共通の公平な交渉の場が、それなのです」
「公平に、ね。それだったら、全てのマナを使えなくしたらいいのに」
その単純な疑問に、クロシェは首を振った。
「いえ。魔法とは神の奇跡。それ自体を否定することは、禁忌でございます」
口にするのも恐ろしい、とばかりに彼女は首を振った。
「なので、いたずらに争わないよう、紳士淑女としての振る舞いを強いております。それがマナーであり、これを違反した者は、罰としてマナを没収されます。マナーは、我々の魂の奥深くに刻まれており、逃れられるものではありません」
「なるほどね。で、だけどそのルールが逆に」
「マナを奪い合う戦場、と化すことがございます」
静まり返る我が街のあり様を見て、より【テーブル】の重要さ噛みしめていく。
「第七領は、マナが少ないから、質の悪い仕事しかできない。だから貧しくなるし、領主への恨みが募る。そのマナを増やすには【テーブル】でマナを奪う必要がある」
「はい。その通りです。お兄様は【テーブル】での戦いを、その、適当に済ませてしまっておりまして。負けることが多かったため、この土地は痩せていきました」
キースは歩きながら、果物を販売している店を見つけ、赤い果実を一つ購入した。店主は怪訝な目つきで、ぞんざいに商品を渡す。
がり、と果実を噛むと、果汁が溢れるが――どこか、薄い。
これが低マナ地域の現実か、と、キースは嘆息した。
表通りは、寂しいわりには、露天や酒場などの店がちらほらとあった。
だが、裏通りに入ったところでは、景色が一変した。
明らかに、真っ当な生業でない者どもが潜んでいて、虚ろな目でそれら裏の住人と話し込む、貧しい人々の姿があった。
彼らは、感情のない目で、キースとクロシェを、ただただ見つめていた。
「クロシェ、あれは、なんだ」
キースが指をさす先には、路地に座り込んで、手元の革袋を顔に突っ込み、何かを必死に吸い込んでいる男の姿があった。
「――待ちなさい!」
それを見たクロシェは、突如、その男の下へと走り出す。が、それを機敏に察した男は、すぐさま立ち上がり、迷路のように入り組んだ路地の先へと逃げてしまったのであった。
「……もうこんなところにまで、広まってる」
「何を吸い込んでたんだ?」
「あれは……近頃、この国で流行している、新型薬物です。短時間で、多幸感を得ることができる、安価な薬物。風景、音楽、食事、様々な刺激が何倍にも増幅されるのだとか」
それは、国全体に広がっている、病魔の名であるが、特に貧しく、希望も無い第七領では、こうした紛い物の幸せが蔓延するのは早かった。摘発してもイタチごっこが続くだけで解決にはならない。根本的な原因に向き合わなければならないのだ。
そんな薬などなくとも、当たり前に幸福を享受できる、豊かな地にしなくては。
キースは、薄暗い通りを眺めながら、容赦のない暗い現実を、思い知らされるのだった。
「今日みたいな貴族を相手取って、マナを奪い、国力を取り戻す。まずはそこからだね」
「……その通り、ではありますが、そう簡単ではありません。貴族たちは、幼いころから【テーブル】の立ち振る舞いを叩きこまれます。マナー違反を一つ取るのもかなり難しく、むしろ、返り討ちに合う可能性もございます」
キースの提案に対し、クロシェは、悲しそうに、そう返すばかりであった。
「人は土地に紐付きます。つまり、土地の支配者は、そこに紐付く全てのマナを背負うことになります。貴族は領主から任された土地があります。なので彼らは自身が管轄する土地のマナを背負っておりますが、王子達は、各領地全てのマナを背負っています。つまり」
「……つまり、僕が負けたら、僕だけのマナじゃなくて、この第七領全体のマナが、また減る、っていうこと、だよね」
例えば、国王が【テーブル】に臨むと、その国全体のマナが賭けられる。領主が臨むと、その領のマナが、貴族だと、その貴族が統治する土地のマナが。というように、参加者の身分によって、マナの大きさ、影響度が変わっていく、とういことだ。
クロシェは、少年の頭の回転の早さに驚いたような顔をして、頷いた。
これらの知識を統合させて、キースは一つの回答を導き出す。
「だから、貴族が僕から奪うマナは大きいけど、僕が貴族から奪うマナは少ない。リスクとリターンが釣り合ってないんだ。やるならば――同じ、王子同士でないと」
彼女は、頷いた。そして、第七領が直面している、最も重要な問題を語った。
「我々は今、第六王子から、ある交渉を持ちかけられています。議題は領地交換について。それを巡り、一ヵ月後、第六王子との【テーブル】が開かれる予定です。……でも、転生者の貴方に、強要することはできません。ただの民草として生きるという選択肢も、あるかと思います」
彼女の細く、白い指が、微かに震えているのが見えた。
その先に待ち受ける苦難と陰謀の影を見据えたまま。キースは不敵に笑い、彼女の震える手を取った
「お兄様、でいいよ」
「……え」
「あの時、街で僕を助けてくれたときのお礼を、まだ返せていないからね」
不敵に微笑む彼の顔は、きっぱりとしていて、清々しく見えた。
「僕は、第七王子、キース・ユークリッドだ。とりあえずそう生きることを、今、決めた。クロシェ、やるからには、徹底的にやってやろうよ」
――そして、この時、新たな第七王子が生まれた。
路地裏の暗がりで差し出された手を、クロシェは、縋るように握り返すのであった。
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