群青のしくみ

渚紗みかげ

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6.紺碧と緑青

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 ガタン、と椅子が揺れる音がした。無言のままで居るのが珍しいので、何かあったな、とすぐにわかる。顔を上げると案の定、緑青はむすりとした表情をしていた。
「何。どうした?」
「…………なんでも」
「ない顔じゃないけど。空内絡みだろ。どうせ」
 何言われたんだ、喧嘩した? と、紺碧は緑青へ尋ねる。こういう時、きまって緑青は自分のところへくる。彼は人懐こく、明るい性格が幸いしてか、友人は多いのだが、実のところ腹を据えて話す友人というと、ほんの片手で足りるのを紺碧は知っていた。その筆頭が、彼の幼馴染の空内眞夜ただ一人だということも。
「珍しいな。喧嘩なんて」
「喧嘩じゃない……」
「じゃあなんだよ」
「さよならって言われた」
「なにしたんだお前」
 空内との交流はほぼない。クラスも違えば部活も違う。空内自身、ほぼ緑青しか友人がいないんじゃないか、と思うほど交友関係は狭い。美術部に一人友人がいるが、その友人すら事務的な会話以外は交わさないのだという。
 紺碧の彼に対する知識は殆どが緑青からのものだ。シンちゃんと彼は空内眞夜のことをそう呼ぶ。幼馴染、というのも、彼らは家が隣同士なのだという。いつから一緒にいたのか、それを思い出せないくらい前から一緒にいるらしいが。
「アトリエってどこ!? あーちゃん知ってる?」
「いや……アトリエ? 美大の受験とかで行くやつか?」
「そう! それ! シンちゃんそれ行くって。だからさよならだって意味わかんねぇよ~! ライン未読無視だし電話繋がんないし窓カーテン閉めっぱなしだし」
「お前ら窓越しに会話すんのかよ。少女漫画だけかと思ってた、そういうの」
「読むの? 少女漫画」
「母さんのやつ」
 オレにも読ませて、とすん、と鼻を啜りながら緑青が言う。いいけど、と答えながら、紺碧は緑青を見てぎょっとした。「お前、本当に大丈夫かよ」と、急に泣き出した緑青を見て紺碧は焦ってそう尋ねる。
「大丈夫じゃねえ~……。なあ、今から絵って書けるようになる? どうすればなれる? 半年で出来る? 勉強よりムズい?」
「いや……それは俺もわかんねえけど……。お前美術2とかいう伝説持ってるじゃん。無理だろ」
「だよなぁ!?」
「わかってんじゃん。というか、何故そういう思考に行ったよ。無理だろ、美大。第一何しにいくんだよ。……そっか。空内、美大行くのか。じゃあ確かに、お前とはさよならだな」
 なんだよそれ、と紺碧の言葉に緑青が言う。ぜんぜんわかんねえ、と。そういうもんだろ、と紺碧は言い、誰もいない教室の黒板の隅をちらりと眺めた。センター試験まであと、とカウントダウンが夏休みの前で途切れた日付。
 カキン、と遠くで、バットにボールが当たる小気味いい音が聞こえてくる。ホームラン、と呟いた後、緑青がそのボールに打たれたように、すうっと弧を描き、真後ろに倒れていくのを、紺碧はぼんやりと眺めていた。
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