群青のしくみ

渚紗みかげ

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13.茜弥と眞夜

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 誰もいないと思い込んでいた廊下を鼻歌交じりに歩いていて、思いがけなく何かにぶつかった。吹っ飛んだのは向こうの方だった。痛みに一瞬呻きはしたが、思いっきり床に倒れた人間を目の当たりにすると気が動転するものらしい。茜弥はギャー! と廊下に悲鳴を響かせながらぶつかった誰かに駆け寄った。
「おおおおおい大丈夫か!? ごめん! 誰もいないと思って!」
「…………平気」
「吹っ飛ばされたのに!?」
 肩を支え起こそうとしたが、あまりの軽さにちゃんと食ってんのか!? と目を見開いた。シャツに着けられたバッジは同学年。見たことが――ある。確か友人の幼馴染。
「あ、ロクの」
「…………、ああ、サッカー部の。……悪い、面倒かけたな。怪我もないと思うから平気」
「え、ああ……うん」
 ならいいんだけど、と茜弥の手を退けるように軽く払い、立ち上がった彼を見ていた。確か名前は。
「空内、ロク呼ぶか?」
「……は?」
 低い声だった。先ほど受け答えしていたような気怠い、何もかもがどうでもいい、というような声とは程遠い。怒ったような、ぞっとする声。茜弥は思わず口を閉じた。
「なんで呼ぶ必要が?」
「いや、だって……」
「あいつは関係ないだろ。怪我もしてないって、――ッ」
 急に踏み出した空内が顔を歪めた。え、と再び驚いて、大丈夫か、と手を伸ばす。踏み出した瞬間にということは足でも捻ったか。サッカー部では死活問題だが確か彼は美術部だったはずだ。手じゃなかっただけマシだろう。
「保健室連れてくよ」
「……いい」
「けど足やっちゃったんだろ。俺ら足の怪我はよくやるからさ、湿布貼って包帯くらいは出来るよ。今日学校休みじゃん、開いてても先生いないかも」
 そう言うと、空内は途端に黙り込んでしまった。何かと何かを咄嗟に天秤にかけるような間をあけ、はあ、とため息を吐く。わかった、と頷いた彼に、じゃあ、と茜弥はその場にしゃがみ込んだ。
「……何」
「いや、足だろ? 痛いの。ここから保健室離れてるし、肩貸すより運んだ方が速そう」
「なんで」
「空内、ひょろひょろじゃん」
「…………」
 がっ、と背中に足裏の衝撃が走った。ぐうぇっ、と思わず体が前のめりになるが体幹のお陰で倒れはしない。後ろを振り返り、痛みと不愉快な言葉に不機嫌そうな顔をする空内に、「前から思ってたんだけど」と茜弥は口を開く。「ロクの近くだとお姫様みたいに大人しいけど、実際女王様っぽいよな」
「頭蹴った方がよかったか?」
「ヤダ~。あ、もしかして姫抱きの方が良かった?」
 あ、蹴らないで蹴らないで、悪化するだろ、と茜弥はもう一度足を上げた空内に言う。彼も足の痛みで自分をこれ以上痛めつけるのもわりに合わない、と悟ったのか、渋々肩に手をかけてきた。
「それじゃ帰るのも一苦労だろ。やっぱり呼ぶから、姫抱っこはロクにしてもらいなよ」
 後ろから無言で首を絞められた。
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