【旧】竜の傭兵と猫の騎士

たぬぐん

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第一章 再開する恋

第十九話 ギャンブル

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「悪いなジャック。助かった。今は一人でも助けが欲しい」

「ん? あいにく助けは私だけではないぞ。ほら」

 ジャックが指差した王都の方角から馬に乗って駆けてきたのは、その身を鎧に包んだ騎士の集団。見紛うはずもない。待ち望んだシグルズ騎士団の到着だった。
 その数は実に百を有に超えている。

「ザンドーラを守るぞ‼ シグルズ騎士団としての誇りを見せる時だ! 掛かれ!」

 一団の先頭の騎士が指示を出すと、騎士達は瞬く間に餓食を包囲し、起き上がろうとしている餓食に攻撃を始めた。

「アルカス王国の最高戦力たるシグルズ騎士団のお出ましとは実に心強い。けど、準備は万全とはやっぱり言い難いか」

「鋭いな。何とか直ぐに動ける騎士をかき集めてきたんだが、如何せん決定力に欠ける。キルブライド団長が居ればよかったんだけどな……」

 破竜出現の報告を受け、王都の東側の警備に当たっていたジャックやその他の騎士は、速やかに準備を整えて出撃した。
 アルカス王国中の強者が集うシグルズ騎士団には、強力な固有魔力や竜具を保有する騎士も複数人所属している。そして、その中にはたった一人で破竜の脅威になり得る人物もいる。

 しかし、何の偶然かキルブライドを筆頭にしたそれらの強者達は、軒並み直ぐにはこの場に来ることが出来ない状況にあった。
 それ故に今こうして救援に来ることが出来たのは、対破竜においては効果的な手段を持たない者だけだ。
 それでも、彼らは破竜を討伐する効果的な手段を持っていないだけで、戦闘能力自体は超一級。相手が破竜でも雑兵が如く蹴散らされる事はそうそうない。

「一番隊後退せよ! 五番隊攻撃開始!」

「見事だな。正確な指揮に加えて、各々が役割を十分理解して動いてる。集団行動の模範だ。そこいらの傭兵団や軍隊じゃこうはいかない」

 騎士団と餓食の戦闘を見物して、シルは感嘆の言葉を口にせずにはいられなかった。
 餓食を包囲している騎士の内、一部が攻撃を行い、餓食がそれに反応し反撃してくる前に退避し、また別の方向から別の騎士が攻撃を行う。一部が判断を誤れば、階段式に全てが崩れる高度な戦法だ。

 それにもかかわらず、ジャックの話から推察するに急造で組んだ隊であるはずなのに、どの隊も長年の戦友と共に戦っているようにお互いに支え合っている。
 餓食からすれば、鬱陶しい羽虫が周囲を飛び回っている程度の認識だろうが、今はそれで十分。
 餓食を討伐できない今の状況では、できる限り犠牲者を出さず、足止めもできるこの戦法が最適なはずだ。

「お褒めにあずかり光栄だが、所詮はその場しのぎだ。こうしてる間も奴に周囲の魔力が吸われてる。時間稼ぎが成功するほど戦力差は開いていく」

 騎士団が餓食を手玉に取っている状況ではあるが、餓食が周囲の魔力を吸収している限り、戦況がこちらに傾くことはない。

「早急に何か手を打つ必要がある。シル、何か策は無いか?」

「いいのか? あの破竜の核になってるのは……」

「ヴァイスだろう?」

「気づいてたか」

「声を聴いてまさかとは思ったがな。気遣ってくれるのはありがたいが、問題は無い。騎士一人の命と国民を天秤にかけるわけにはいかない」

 ジャックの答えは、国を守る騎士として至極全うなものだった。
 そう答えられたのでは、シルから言うことは何もない。

「そうか。それなら一応奴を倒せるかもしれない策がある。だが、失敗したらそれで終わりだ。それでもやるか?」

 ジャック達が来てくれたおかげで見えてきた一つの勝ち筋がシルにはあった。失敗すれば全てお終いだが、上手くいけば餓食を討伐できるそんな策だ。

「全額ベットか……さて、どうしたものか」 

 文字通り全てを賭けるシルの策に賛同するべきか、やや迷いを見せたジャックの背中を押したのは、意外な人物だった。

「やりましょう、ジャックさん。どちらにしてもこのままじゃジリ貧です。まだ余裕があるうちにやれることはやっておきましょう」

 普段の会話ではどっちつかずの中立を保つシューネが、はっきりと自分の意見を述べたことにジャックは目を丸くした。
 何か憑き物が落ちたような清々しい顔をしているとは思ったが、一体この短時間で何があったというのか。

「驚いたな。初めて見たよ。君のそんな真っ直ぐな目は。何が君をそこまで変えたのか……」

 口ではそう言いながらも、ジャックはにやけながら温かい目線をシルの方に送った。何やらこの二人が並々ならぬ関係らしいことは薄々感づいていたが、これはジャックが想像していたよりも面白い話が聞けそうだ。

「はいはい。あれを上手く倒せたら嫌になるほど話してやるよ。で? やるのか?」

「シューネ君がそこまで言うのなら、やる価値はありそうだな。それに」

「それに?」

 そうしろと言われている気がして、シルは素直にジャックに先を離すよう促す。

「私はこう見えてギャンブルは嫌いじゃない」

「はっ! 高潔が鎧着て歩いてる騎士様がギャンブル好きとはな」

「好きとは言ってない」

「大して変わんねえよ。そんなことより作戦の説明だ。ルート! 居るか?」

 ささやかな抵抗を試みるジャックだが、一切取り合わずシルは作戦の説明を行うため、大声でルートの名を呼んだ。

「おお、居た居た。探したぜ団長」

 名を呼ばれ、森の奥からルートはすぐに姿を見せた。その体には、ついさっき餓食の連撃を受けたにもかかわらず一切の傷はなく、ルート自身も何事も無かったかのようにぴんぴんしている。

「わ! シル君が心配してないから無事なんだろうとは思ってたけど、そこまで元気だと逆に怖いよ……」

「完全に同意だ。一体どの様な能力なんだ……?」

 当然ながらルートの能力を知らない二人の頭の上には疑問符が浮かんでいるが、今はルートの能力を説明している暇はない。

「シューネ、お前の【簒奪の大鎌】は斬りつけた対象が所持する魔力を約十分の一奪う。この認識で問題ないか?」

 この作戦を成功させるうえで重要なのは、シューネの竜具の能力だ。能力の概要次第では、作戦の達成が不可能な可能性がある。

「うん。問題ないよ」

「【簒奪】と【施し】の能力にそれぞれ限界は?」

「私も具体的な限界はわからないけど、この場の魔力を全部奪うことはできると思う。【施し】の方は一度に与えられる魔力量に限界は無いよ」

 シューネの答えは、シルの策を現実的なものにするには十分過ぎるものだった。

「よし。これでピースは全て揃った。ルート、レイ達に伝言を頼む」

「りょーかい。何て言えばいいの?」

「【零番】を使う。援護を頼む、と伝えてくれ」

 不敵な笑みを浮かべながらルートに仲間への伝言を預け、シルは作戦の詳細を話し始めた。
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