【旧】竜の傭兵と猫の騎士

たぬぐん

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第二章 竜神教

第二十二話 初任務

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 真昼の日差しが差し込む執務室で事務作業をしていたキルブライドは、廊下から聞こえてきた声に顔を上げた。

(そうして私との初戦闘に勝利した団長は、手を差し伸べてこう言ったんです。『お前の剣技に一目惚れした。これからは俺の隣で共に戦ってくれないか?』と)

(かっこいいなぁ。私も言われてみたいなぁ)

(そんな歯の浮くセリフ、一言も言ってねえよ! ほら、着いたぞ。二人とも静かにしろ)

 今更口を閉じても手遅れであるが、キルブライドは素知らぬ顔でノックに答えた。

「入りたまえ」

「失礼します」

「うん、よく来てくれ……ふははは!」

 ドアの奥から聞こえた会話の雰囲気とは一変して、入室してきたシルの凛とした表情のギャップにキルブライドは笑いを堪え切れなかった。

「――? どうかされましたか?」

「おほん! すまない。ここ数日机に向かいっぱなしでな。どうも笑いのツボが浅くなっているらしい」

「ああ、例の件ですか」

「例の件と言うと、キルブライド団長が先日治めた竜人の暴動ですか?」

 先の餓食戦にキルブライドを筆頭とした優秀な騎士達が参戦できなかった理由、それはこの竜人の反乱だ。
 事の発端は、餓食が復活した日の明朝。ザンドーラからやや南に位置する都市【リュースルト】で暴動が起きたとの一報がキルブライドの下に舞い込んできた。
 この反乱を治めるためにキルブライド直々に多くの騎士を率いて出陣したため、餓食戦に参加できたのは留守を任された騎士だけだったというわけだ。

「その通りだ。だが、暴動と言っても突発的なものでな。起こした当事者達も何故こんなことをしたのか、よく覚えていないとのことだ」

「覚えていない? どういうことですか?」

「どうもこうもそのままの意味だ。捕縛した者達が声を揃えて言っていたよ。『何も覚えていない。気がつくと街中で暴れていた』とな」

 シルの質問にキルブライドは包み隠さず真実を話した。
 リュースルトで起きた暴動では明確な動機が確認できず、突然数十人の竜人が一斉に暴れ始めたというものだった。
 当初は破竜大戦以降どこの地域でも差別を受けやすい竜人の不満が爆発した結果であると思われた。しかし、リュースルトでは竜人を虐げる風潮は特に無く、実際に暴れた竜人達が虐げられていた証言は、住民からだけではなく竜人達からも得られなかった。

「状況的に今回の餓食戦と関係があるのでしょうか? キルブライド団長達をザンドーラから遠ざけるための何者かの陰謀と考えることもできるのでは?」

「明確な証拠は存在しないが、私もリナ君の意見に賛成的だ。少々状況が出来過ぎている」

「何者かが竜人達を操作したという可能性は確かに高いでしょうね。固有魔力か竜具でしょうか? シューネはどう思う?」

 不特定多数の竜人を記憶を残さずに操ったとなれば、何かしらの固有魔力か竜具を使用した可能性は高い。

「うーん、色々思うところはあるけど、今は何を話しても机上の空論だし、とりあえず私達が呼ばれた件の話をしませんか?」

「おっと、そういえばそうだった。キルブライド団長、俺達は何故呼ばれたのでしょう?」

 シューネの言葉でようやくシルはキルブライドの執務室に来た理由を思い出した。

「うむ、それでは本題に入ろうか。本題と言っても今までの話も決して無関係ではないと言い訳はしておこう」

 己に向けられる疑いの目を華麗に無視して、キルブライドはようやく本来の目的を話し始めた。

「――今も話した通りここ数ヶ月に渡って、各地で異変が続いている。王国を守護するシグルズ騎士団として、この事態を放置することはできない」

 一度言葉を止め、三人の顔を真正面から見据えてキルブライドは再び口を開いた。

「ミラー隊並びに竜と猫の諸君には、件の暴動の調査を行なうためにリュースルトに向かって欲しい」

シル達に言い渡された任務は、リュースルトへの調査を兼ねた遠征。

(わざわざ一部隊と傭兵団を派遣となると、治安維持のための巡回と俺達の試運転も目的の内かな)

「シル殿はアンゴラ副隊長と共に戦えた方がいいだろう? 竜と猫の諸君には、基本的にこれ以降もミラー隊と共に行動してもらうことにした」

 今回の遠征を命じられた理由を想像していたシルであったが、実際はキルブライドが気を回してくれたらしい。
 その内シューネと共に戦える様に手を回そうとシルは考えていたが、これは手間が省けた。

「お心遣い感謝します。ですが戦力が偏りはしませんか? 自分で言うのもどうかと思いますが、俺達はそれなりに強いですよ?」

 シルとしてはミラー隊に組み込まれるのは願ったり叶ったりだが、ミラー隊にはかなりの腕利きが揃っている。
 シューネはもちろんのこと、隊長のローランもかなり腕が立つらしい。その他にもここ数日でシルが耳にしたミラー隊の評判は、戦闘面ではかなり高評価だった。さすがは一部隊で破竜相手に戦い抜いただけはある。
 そのミラー隊に自分達が助力する様になれば、シグルズ騎士団内でのパワーバランスが崩れるかもしれない。それをシルは懸念していた。

「シル君、そこは心配しなくて大丈夫だと思うよ」

「アンゴラ副隊長の言う通りだ。ミラー隊は餓食との戦闘でかなりの負傷者が出ていてな。未だに傷は癒えていないものも多い」

「だから近々ミラー隊は編成を見直すことになるだろうから、その時にシル君達の戦力を考慮して隊を編成すれば問題無いよ」

 最初の餓食との戦闘でミラー隊に死人は出なかったが、ローランを始めとして重傷を負ったものは多い。その傷が数日で完治するはずもない。
 加えて後遺症を抱えて、今後騎士として今までの様に活動できない者もいる。
 こういった事情があってシル達の存在は、騎士団側からしても渡りに船であった。

「なるほど。それなら俺から申し上げることはありません。アルカス王国のため、この剣を振るいましょう」

「ですが、クレアさんがいらっしゃるのに完治していない方々がいるんですね。団長は数日で治してもらえましたよね? クレアさんの能力には何か制限があるんですか?」

 更なる疑問を挙げたのは、ここまで黙って話を聞いていたリナだった。
 リナの疑問は、回復系の固有魔力を持つクレアがいながら、傷が癒えていない騎士がいることについてだ。
 数日前に重傷を負ったシルが、クレアのおかげで普通ならあり得ない速度で完治する様子を見ていたリナが不思議に思うのも無理はない。

「それは単純な理由だよ、リナちゃん。ただシル君の体が、普通に考えたらあり得ない人外のレベルで頑丈なだけだよ」

「これ褒められてる?」

「もちろん褒めてるよ。クレアちゃんの能力は、使い過ぎると過剰な治癒力で体が自壊しちゃうの」

 魔力を治癒力に変換するクレアの能力は、一見すると便利な能力に見えるが、実際は短期間で大きな傷を癒せるほど便利なものではない。
 ほぼノーリスクで治せるのは軽い擦り傷が関の山だ。仮に餓食によって全身をボロボロにされたローランを一瞬で治療しようとすれば、大怪我を治療しようとするローラン自身の治癒力で体が爆ぜる。

 クレアの能力はあくまで変換であって、治癒力そのものを操作することはできない。よってクレアの能力は、怪我の程度と怪我人の体の限界を見極めて使用する。
 体が自壊しない程度に治癒力を高め、その先は怪我をした本人次第ということだ。
 これが通常のクレアによる治療であるが、シルはこの通常には収まらなかった。

「完全に理解しました。要するに団長の体が爆発しない程度を見極めていたら、数日で瀕死の重症が完治するレベルまで治癒力を高めちゃったと。団長の体の頑丈さが、治癒力を上回っちゃったんですね」

「そういうこと。クレアちゃんビックリしてたよ? 普通の人間なら、皮膚は裂けて骨は粉々だって」

「俺の体は、身体強化の負荷に耐えるために人一倍丈夫なんだろうさ。まあ、人並外れた魔力の特典みたいなもんだな、多分」

 身体強化は纏う魔力量が多いほど体に負担が掛かる。シルほどの魔力量であれば数割の魔力を纏うだけで、並の人間では体が身体強化に耐えられず体がボロボロになってしまうだろう。
 生まれ持った才も、十分に発揮されなければ意味がない。幸運なことにシルの体は、自身の身体強化に耐えるに十分な人の何倍も頑丈さを兼ね備えていた。

「――私からの話は以上だ。何か質問は?」

「特に」

「では早速準備に取り掛かってくれ。竜と猫の初任務だ。期待している」

「ありがとうございます。期待に応えられるよう全力を尽くします」

 話を終え、三人はそれぞれキルブライドに挨拶をして執務室を退出した。

 最後に頭を下げて退出したシューネを見送ってから、誰もいなくなった執務室でキルブライドは一人呟く。

「破竜出現回数の増加と意図的な人間の破竜化に加え、原因不明の暴動の発生。ただの偶然ならいいんだがな……」
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