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まつろわぬ番 A視点
前編
しおりを挟むその日は大学で新入生歓迎会のダンスパーティが開催されていて、キャンパスはどこもお祭り騒ぎで賑やかだった。
寄宿学校の時に特に仲の良かった同級生、エイベルとベンジャミンとナイジェルが、学部は違うけれど同じ大学の新入生だったので、この日は一緒に行動する約束をしていた。
「アーサー!」
待ち合わせ場所に着くと、ベンジャミンとナイジェルが待っていてくれた。
「待たせてごめん。エイベルは?」
「器楽科の先輩に演奏しろって連れて行かれたよ。」
「新入生なのに?」
「エイベルはコンクールの本選出るの決まったから、耳のこえてる人はエイベルの演奏で踊りたいんじゃない?」
「それにエイベルも踊るよりはヴァイオリン弾いてる方が楽しいだろ?」
「それもそうか。」
「だから、僕たちは三人で楽しもう?」
ベンジャミンはそう言って俺の腕に抱き着いてきた。
「・・・そうだね。」
「行こうぜ。」
ナイジェルに肩に手を回され、誘導されるように俺たちは歩き出した。
本会場は一番広いホールで、器楽科の生演奏でワルツを踊っている学生たちが結構いた。
「混んでるね」
「外に行くか?」
外は外で、ポップスのカバーを演奏したり歌ったりしているグループがいるので、それに合わせて踊ったり、酒を飲みながら聞き入っている学生たちもいた。
俺たちは外に出て空いてるベンチに腰掛けた。
「のど、乾いたよね。ナイジェル、お願い、レモンティー買ってきて。」
「オーケイ。アーサーは何飲みたい? 奢るぞ。」
「じゃあ、ホットコーヒー、ブラックで。」
「じゃあ、ちょっと行ってくる。」
ナイジェルは軽い足取りでキャンパス内にあるパーラーに向かった。
「アーサーは」
ネイジェルの背中を見送っていると、ベンジャミンが俺の肩にもたれかかってきた。
ベンジャミンは最近、妙に距離を詰めてくる。
勝手に触れられるのは苦手だから、やんわり注意しているんだけど、止めてくれない。
「アーサーは誰か番になりたい人、できた?」
「いや、気になってる人はいるけど、同じアルファだから・・・」
「え・・・」
「ベンジャミンは?」
「・・・僕は、今は番は考えられない、かな。」
そう言ってベンジャミンは俯いてしまった。
気まずい・・・
「お待たせ!」
ナイジェルが飲み物が入った紙コップが入った袋を持って戻って来た。
そして、ベンジャミンと俺の間に割り込むように座った。
「ちょっと!」
ベンジャミンの抗議の声を無視して、ナイジェルはホットコーヒーが入った紙コップを渡してくれた。
「ありがとう。」
蓋の飲み口を上げて一口飲んだ。
「・・・・・・」
「どうした?」
「いつもより苦い?」
「豆の入れすぎか?」
「そうかも?」
少し冷ましてからまた一口飲んだけれど、今度は後味がおかしい。
「アーサー?」
ナイジェルが俺の顔を覗き込んだ。
いつもの明るい顔じゃない。
何か思いつめたような、暗い顔・・・
手に力が入らなくなって、カップを落としてしまった。
「薬、効いた?」
ベンジャミンがナイジェルにそう聞いた。
薬?
「アーサー、これから三人で気持ちいいことしよう?」
「なに、を・・・」
立ち上がって二人から離れようと思ったけれど、体が言うことをきかない。
「アーサー、つかまって。」
ナイジェルとベンジャミンに両脇を支えられて、ズルズルと引きずられるように運ばれた。
「は、あ・・・」
意識がもうろうとしているのに、体中が熱い。
その熱はアルファの本能を刺激して、近くにいるオメガを犯せと囁いている。
「アーサー、早く僕と番になろうね。」
ベンジャミンの期待に満ちた声が、とても恐ろしく感じた。
いやだ
誰か
助けて!
声が出せないから心の中で叫んだ。
その時、アルファの怒りのフェロモンを感じた。
誰かが、威圧を放っている。
「この、クソ野郎共め・・・」
顔に似合わない悪態をついて、俺を助け出したのは、同じ寄宿学校出身の同級生、ヴィクトールだった。
ヴィクトールは常にトップの成績優秀者で、強く美しいアルファだ。
優秀なアルファに囲まれていて、近寄りがたい雰囲気で、なかなか話しかけることができない高嶺の花だ。
「アーサー・・・」
ヴィクトールは心配そうに俺の名を呼んで、そっと抱き上げて歩き出した。
ずっと憧れていたヴィクトールが助けてくれた。
しかも、俺の名前を呼んでくれた。
嬉しさと、安心感に包まれて、俺はヴィクトールの腕の中で意識を手放した。
***
体の中を突き抜ける痛みで目が覚めた。
俺の両手首には紐のようなものが巻き付けられていて、ベッドの柱か何かに固定されていた。
大きく開かされた足の間から、ヴィクトールが全裸で俺の上に覆いかぶさっているのが見えた。
「あ、やっと起きた。」
「あ・・・何、なんで・・・っ!」
ヴィクトールは一時俺の中から痛みの原因を抜き取ると、俺をうつ伏せにして再び俺の中に楔を穿った。
「うぐっ!」
思わず呻き声が出たが、ヴィクトールはお構いなしに俺の中を蹂躙した。
多少ローションで滑りを良くしているようだが、痛みと摩擦で生じた熱しか感じない。
ようやく止まったと思ったら、俺の中でヴィクトールの楔がドクドクと脈打って奥に熱いモノを注がれる感触があった。
そして、うなじに激痛が走る。
咬まれた?
咬まれた瞬間からハイスピードで俺の中の何かが変質していくのを止めることもできずに、ただ呆然と流れに身を任すことしかできなかった。
俺はアルファなのに、たった一回のビッチングで体が勝手にオメガに変わろうとしている。
「アーサー・・・」
背後から名前を呼ばれて鳥肌が立った。
振り向くとヴィクトールが恍惚とした表情で俺を見下ろしていた。
どうして?
助けてくれたんじゃなかったの?
まさか、ナイジェルたちとグルだった?
友達に裏切られて、憧れていたヴィクトールに犯された。
信じられない状況に、俺はただただ混乱した。
「俺の番・・・」
「俺はアルファだ! お前のオメガになんかならない! 今すぐ、解除しろ!」
「そんなことするわけないでしょ。」
「なんで、お前ならどんな女でも男でも、傍にたくさんいるじゃないか!」
「でも、俺が欲しいのはアーサーだけなんだもん。ずっと前から、アーサーをオメガに堕として俺の番にするって決めてたんだ。」
「俺はお前なんか嫌いだ!」
「俺は好きだよ。愛してる。」
こんな状態でなければ歓喜したであろう言葉を何度も言われた。
けれど、全然心に響かない。
信じられない。
その日の晩は何度も何度もヴィクトールに犯された。
回を重ねるうちに痛みは快楽に変わったが、俺は必死にそれに耐えた。
俺の意思も尊厳も、何もかも無視して、勝手に行われた行為を受け入れることなんかできるわけもない。
解放されたあと、俺は大学を休学して、叔父が住む日本へ移り住んだ。
俺の両親は一昨年、二人とも事故で亡くなってしまったから、頼れる肉親は叔父とその家族だけだった。
日本にいる叔父は俺の母親の弟で、バース性の研究者で、日本の大学で教授をしている。
そして日本人の番と息子が一人いた。
俺の従弟にあたる10歳年下のオメガの男の子ルイは、俺を実の兄のように慕ってすぐに懐いてくれた。
小さな従弟とのふれあいで俺の心は救われた。
ビッチングで一時的にオメガに堕とされたけれど、すぐに番と離れたことによって、俺の体は緩やかにアルファへと戻っていった。
けれど、番の解除だけはこちらからはできず、向こうもしなかった。
「相手の方が解除してくれれば完全にアルファに戻れるんだけれど、今はアルファとオメガの両性具有のような状態になっているね。まあ、でも子宮と卵巣の形成は中途半端で止まっているから、ヒートがあるわけでもないし、他のオメガのヒートやフェロモンもわからなくなっているんじゃない?」
「はい。」
「過去の出来事を無かったことにはできないから、今の状態を前向きに捉えて、受け入れることも考えた方がいいかもしれないね。で、大学はどうするか決めた?」
「叔父さんたちと一緒に帰国する。叔父さんの次の勤務先の大学、医学部あるし、転学が無理なら受験したい。」
「情報が漏れないように徹底させよう。」
「うん、面倒かけるけど、お願いします。」
叔父家族と一緒に母国に帰国して、叔父の次の勤め先になる地方の大学の医学部を受験して合格した。
精神状態が心配だからと、寄宿舎には入らずに、叔父の新しい住まいに部屋をもらって一緒に住んだ。
従弟がパブリックスクールに入るころ、従弟にがんが見つかった。
ステージ2で、手術で全て取り去ることができた。
けれど、従弟はオメガであるのに、手術と治療の影響で妊娠が難しい身体になってしまった。
この出来事をきっかけに、俺はがん治療の専門医になることを決めた。
従弟のこと以外は特に何事もなく、無事に卒業して、初期研修も終え、医師となった。
いつかヴィクトールが目の前に現れるかもしれない、という不安の中で過ごしていたけれど、その気配もなかった。
「愛してる。」とか言いつつも、遊び人としても有名だったあいつは、最高位のアルファで大富豪の息子で、見た目も極上だから、女にも男にも不自由はしていない。
俺がどこにいるのかは、あいつの家の力を使えば簡単に知られてしまう。
なのにあいつは一度も俺の前に姿を現さなかった。
俺のことなんか、すっかり忘れているのかもしれない。
毎日あいつのことを思い出して、ビクビク怯えて過ごしていた自分がばかみたいだ。
***
あの出来事から10年、仕事にも慣れたころ、思いもかけない場所で俺はヴィクトールと再会することになった。
「君に担当してもらいたい患者がいる。私の甥なんだが・・・」
勤め先の上司ウィリアムから呼び出され、カルテを渡された。
患者の名前はヴィクトールのフルネームが書かれていた。
そして・・・
「記憶喪失?」
「10年前、大学構内の階段から落ちて、数年分の記憶を失っている。まあ、不便なく大学を卒業して働いていたんだがね、初期のがんが見つかって投薬治療に入る予定だ。それで担当を君に頼みたい。」
「・・・無理です・・・」
「何故かね?」
「彼とは同じ寄宿学校からの同級生でした。大学に入学した時、新入生歓迎会のダンスパーティーで、睡眠薬を盛られて、ヴィクトールにレイプされました。俺はアルファですが、ビッチングされて咬まれて番にされました。同意もなく、勝手に、暴力で・・・オメガにされたんです。」
「嘘だろう・・・」
「それから10年、一度もヴィクトールには会っていません。番も解除されていないので、バース性が完全に切り替わっていません。今は7割アルファで、残り3割がオメガの両性具有の状態です。」
「信じられない・・・ヴィクトールがそんなことをしたなんて・・・」
「検査、されますか?」
「いいのか?」
「それで担当から外していただけるのなら。」
ウィリアムの指示で血液検査とMRI検査を受けた。
数日後、検査結果を見てウィリアムは頭を抱えていた。
「担当から外していただけますよね?」
「・・・それが、君じゃないと治療を受けないと言ってる。」
「は?」
「10年前の、君とのことは覚えていないようなんだ。だが、検査で病院に来た時に君を見かけたらしくてね・・・頼む、担当になってくれないか? 君ならあの子を救える・・・」
その後、ウィリアムから聞かされたヴィクトールが寄宿学校に入る前の話は信じられない内容だった。
ヴィクトールは10歳になったばかりの頃、誘拐されて複数のベータやオメガから性的暴行を受けた被害者だった。
そのトラウマで自尊心を取り戻すために性的に有利になろうとする衝動が止められないらしい。
「10年前、記憶をなくす数年前までは特に性的依存が酷かったんだ。だが、今は依存傾向は見られない。多分、番ができた影響だと思われる。」
過去のヴィクトールが受けた被害には同情する。
でも、だからといって、自分がされて嫌だったことを俺にしてもいい理由にはならない。
「どうしてもというなら、番解除が条件です。」
「番解除?」
「ヴィクトールの方から番解除すれば、彼の方には何のリスクもありませんよね。彼からの番解除が確認でき次第、担当になります。」
数日後、番が解除されたことを悟った。
叔父の研究室で検査して、完全に繋がりが消えたことも確認した。
形成途中だった子宮と卵巣はなくならないらしいが、再度オメガ化しない限り生殖器として機能することはないだろうとの見解だった。
うなじの咬み痕も消えつつあるし、元がアルファだからなのか、特に影響も不便もなく過ごせている。
やっと、解放されたんだ。
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