まつろわぬ番【完結済・番解除した僕らの末路シリーズ】

藍生らぱん

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まつろわぬ番 A視点

 後編

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あの時、俺が振り返っていたら、
それともヴィクトールが呼び止めてくれていたら、
今と違った未来があったのかもしれない。


Year 12(高校一年生位)になった頃、寄宿学校の校舎裏の木陰で、マントのフードを深く被ってひとりで丸くなっている少年をみかけた。

「君、大丈夫? 具合でも悪いの?」

声をかけると、彼は薄目を開けて俺の顔をぼんやりと見つめた。

学年首席で、最高位のアルファと噂されているヴィクトールだった。

初めて間近で見た彼は、とても綺麗だったけれど、どこか疲れ切った様子で儚く見えた。
今にも消えてしまいそうで、心が苦しくなった。

「・・・寝てただけだから。」

気だるげにそう言った彼の目は、まっすぐ、俺だけを映していた。

「そう、でも雨が降りそうだから部屋に戻った方がいいよ。」

俺は目を逸らして、それだけ言うと、彼の前から立ち去った。

呼び止めて欲しい・・・

そう願ったけれど、呼び止められることはなかった。

学年は同じでも、クラスが違えば接点は殆どない。
たまに見かけると、目が合うこともあったけれど、それだけで、もう一歩踏み出して話しかける勇気がなかった。

彼には、かなり派手に遊んでいるという良くない噂もあった。
彼の周りには成績優秀で上流階級のアルファの友人たちや美しく洗練されたオメガたちが常にいたから、口さがない者たちは、その取り巻きたち全員とヴィクトールができていると言いふらしていた。
それが嘘でも、本当だったとしても、彼に対する憧憬の念が消えることは無かった。

友達になりたい。
そして親友になって、いつかそれ以上の関係になれたら・・・

そう思って、願っていた。

けれど、その思いも願いも全部、壊されてしまった。


*****

俺はウィリアムとの約束通りヴィクトールの担当医になった。
「初めまして。」
ニコニコと相変わらず人当たりのいい笑顔でヴィクトールが診察室に入ってきた。
「初めまして。」
俺はヴィクトールと目を合わせないように、パソコンのモニターにMRIで撮ったステージ1の腫瘍の画像を見せながら投薬治療のスケジュールを説明した。

「何か、質問はありますか?」
「アーサーって呼んでもいい?」
「お好きにどうぞ。」
「アーサーは俺のこと何か聞いた?」
「ウィリアムから記憶喪失のことは伺っています。」
「ほんの数年分の記憶がなくて、その数年の間に番を持ったみたいなんだけど、誰なのか覚えていないんだよね。身近にいたオメガの誰も番じゃなくて、でもヒートの時期になれば俺のところに来るかなって思ったんだけど、何カ月経っても、何年過ぎても来なかった。アーサーのことは定期検査で来た時にチラッと見かけただけだったんだけど、すごく気になって、調べちゃった。アーサーは俺と同じ寄宿学校卒業して、同じ大学にいたんだよね。」
「ええ。」
「どうして、大学を入学早々退学したの?」
「退学する二年前に両親を事故で亡くしました。支えてくれる友人もいて一人でもなんとかなると思っていたんですが、精神的にきつくなって、叔父家族がいた国に渡航したんです。」
「アーサーと俺は友達だった?」
「いいえ。お互い、名前と顔を知ってる程度で、寄宿学校時代はクラスが一緒になったこともないですし、大学の学部も別でしたよ。」
「そうなんだ。あのさ、・・・アーサーは俺の番が誰なのか知ってるんだよね?」
「何故、そう思うんですか?」
「ウィルが、番解除しないとアーサーが担当になれないから、解除しろと言ってきて・・・」
「守秘義務があるので、知ってるとしか言えません。ウィリアムは他に何か言っていましたか?」
「いや、ただ、かなり怒ってたかな。俺に対してだけどね。」
「そうでしょうね。」
「俺は、その、番に酷いことをした・・・?」
その問いに俺は何も答えなかった。
記憶がないヴィクトールに恨み言を言ったって伝わらないだろう。

月にたった一回の診察、ほんの三十分程度でも、俺の精神はかなり疲弊した。
会う度に大声で罵倒して殴ってしまいたい衝動を抑えて、冷静な振りをするのも限界だったが、ようやく治療が終わって、次の診察は半年後になった。

「アーサー、大丈夫?」
あいつの診察があった日の最後の患者は従弟のルイだった。
ルイは椅子に座ると俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「ああ、ルイの顔を見たら元気になったよ。」
「アーサー、いやなことがあったら無理しないでね。」
「ああ。」
ルイの無邪気な笑顔に癒やされる。

ルイの診察と採血が終わり、結果は後日、叔父宛てにデータを送る手続きをした。
「今日はもう帰れる?」
「ああ、一緒に帰ろう。」
ルイの診察のある日は、叔父の家に一緒に帰って夕飯を食べるのが定番化している。
「お母さんが、今日のデザートはアーサーの好きなリンゴパイ作るって言ってたよ。」
「やった、叔母さんのリンゴパイ、楽しみだな。」

一緒に帰るために、ルイの定期検査や診察はいつも俺の終業時間に合わせて入れている。
ロッカールームで白衣を脱いで、ルイが待つロビーに向かった。
「ルイ、お待たせ・・・」
ルイが座るソファーには何故か一緒にヴィクトールが座っていて、食い入るようにルイを見つめている。
アルファの圧に呑まれたのか、ルイは青ざめ、その場から動けなくなっていた。

「ルイ!」

俺は震えるルイを抱き上げ、ヴィクトールから距離をとった。
「アーサーがふたり・・・?」
ヴィクトールが不思議そうに俺とルイを見比べた。
俺とルイは髪と目の色が微妙に違うだけで、顔が結構似ている。
俺がアルファで、ルイがオメガで、年齢も10歳離れているから、骨格や体格、全体的な雰囲気は違うけれど、一緒にいれば「兄弟」だと思われることが多い。
そして今のルイの顔は俺が寄宿学校に入学した年頃の顔によく似ていた。

「アーサー・・・こんなところにいたんだね。」
ヴィクトールが俺の顔を見て嗤った。

思い出したんだ。

「逃がさない。また逃げたら、わかるよね?」

そう言ったヴィクトールの視線がルイに移った。
俺はルイの顔を隠すように抱き込んで、ヴィクトールと目を合わせた。
「大丈夫、これからはベッドで酷いことはしないよ。束縛はするかもだけど、仕事は続けてもいい。」
「俺とお前はもう、番じゃない。」
「また番になれるから大丈夫だよ。でもどうしても嫌って言うなら、代わりにその子、咬んじゃおうかな?」
「は? 何言って・・・」
「アーサーが俺のところへきてくれるなら、アーサーの大事な従弟おとうとには何もしないって約束するよ。俺はアーサーさえ傍にいてくれるならそれでいいんだ。」
「俺はお前が嫌いだ・・・大嫌いだ!」
「うん、でも、俺は愛してるよ。」
「お前とは友達でもなんでもなかった。話したことだってなかった! なのに何であんなことをしておいて、愛してるなんて言えるんだ?」
「理由なんかない。ただ、アーサーが欲しいだけ。だって、アーサーと俺は運命だから。」
「アルファ同士で運命なんかあるわけないっ!」
「俺が決めたんだ。遺伝子もバース性も関係ない。俺の運命はアーサーだけ。他はいらない。アーサーにも俺じゃない運命は必要ない。だから、ビッチングしたんだ。汚くて卑怯なオメガからアーサーを守るために。」
「そんなの一部だけだ。一生懸命生きていて、優しいオメガもいる。」
「ああ、その子? アーサーに似てるし、俺の威圧にぷるぷる震えて可愛いよね。」

ヴィクトールの記憶が戻った以上、きっともう逃げられない。
けれど、このままヴィクトールを恐れて従うだけの人生にルイたち家族を巻き込むことはできない。

「ヴィクトール、ちゃんと話をしよう。」

俺は、ヴィクトールから目をそらさずに言った。
ヴィクトールがただの執着だけでなく、本当に俺を好きなら俺の提案を少しは考えてくれるんじゃないか、という希望的観測を抱いて。

「話? あいつら、俺の話なんか聞かなかった。」

あいつら?
もしかしてヴィクトールを誘拐したやつらのことだろうか?

「俺は聞くよ。だから、俺の話も聞いてくれ。」
「アーサーの話?」
「ヴィクトール、友達になろう。」
「俺は番に戻りたい。」
「だから、友達から始めよう。」
「友達から、始める?」
「たくさん、お互いのことを話して、理解して、尊重しあおう。俺は昔、お前にあこがれていた。友達になりたかった。それ以上にもなりたいって思ってた。あんなことをされるまでは・・・なあ、ヴィクトール、お前は、俺がお前を憎んだままで、嫌いなままでいいのか?」
「俺は・・・アーサーに俺を好きになってほしいよ・・・」
「だから、やり直そう。最初から。友達になってくれるか?」
「友達になりたい・・・それから恋人になって、番になりたい。」
「俺はまだ、お前が怖い。だから、恋人になれるかどうかは約束できない。一生、友達のままで終わるかもしれない。でも、もう、逃げない。」
「本当に、逃げない?」
「約束する。」
ヴィクトールの目を見つめたままそう断言したのが功を奏したのか、ヴィクトールは威圧を解いてくれた。

***

その後、週に一回のペースで、まずは日中、公園のベンチで待ち合わせをするようになった。
そのベンチに横並びで座って、少しずつお互いの話をすることから始めた。

公園なら人目もあるし、閉鎖された空間もないから、病院で面と向かって診察するよりは精神的には楽だった。
それに、なんというか、話すことでお互いのカウンセリングをしあっているような、そんな感覚もあった。

「手を繋ぎたい。」
「いいよ。」
俺が手を差し出すと、ヴィクトールは嬉しそうに俺の手を握った。
「温かいね。」
「ああ。」
「ここから始めてたらアーサーは逃げないで傍にいてくれた?」
「そうだな。薬で無理矢理じゃなくて、お前がちゃんと俺に告白して、ゆっくり少しずつ心も体も繋がっていたら逃げることはなかった。」
「ごめん、アーサー、俺、本当に酷いことをした。」
「俺に対しては100%お前が悪い。でも、お前も辛かったんだよな。だから、許すよ。」
「ありがとう、アーサー。・・・あの、ハグしてキスしたい。」
「それはまだ早い。今は無理。」
「ええぇ・・・」
「少し、歩こう。」
「手は繋いでいていい?」
「いいよ。」

これから先、俺とヴィクトールの関係がどう変わるかは、まだわからない。
けれど、ヴィクトールが俺の心を尊重する限りは、逃げずに向き合おうと決めた。

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