まつろわぬ番【完結済・番解除した僕らの末路シリーズ】

藍生らぱん

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まつろわぬ番・裏 V視点

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入院中は珍しく両親が揃って俺の世話を焼きにきたりとせわしなかった。
普段、家庭にも番にも無関心なマッドサイエンティストな母親マムが、俺を優先して親父を顎でこき使ってる様は笑えた。
親父はデレまくって、喜んでこき使われているし、ウィルは頻繁に病室にやってきては母親と俺の写真を無言で撮って去って行くし、死にかけたけど、平和だ。

大学の授業の方はリモートでも受けられたから、大した不便も無く、数か月後には退院して学校に戻ることができた。

「トール、お前が助けたやつ、世界コンクールで優勝したみたいだぞ。」

大学から帰宅すると、ヘンリーが興奮した様子でタブレットを渡してきた。
動画でヴァイオリンを演奏している人物を見ても誰なのか思い出せない。
「誰?」
「それも覚えてないのかよ・・・」
「まあ、でも優勝したなら助けた?甲斐があったんじゃない? 覚えてないけど。」
「優勝者はコンサートするからさ、チケットとるか?」
「演奏はすごいと思うけど、コンサートは海外でしょ? わざわざ行くの面倒だからこの動画だけでいいよ。」
「あ、そう? 俺、一人で行っちゃうよ?」
「おめでとうって言っといて。」
「冷たいな~」
「だって、覚えてないし。ウィルだって無理に思い出そうとしなくていいって言ってたじゃん。それより、俺は勉強で忙しいの。」
「・・・なあ、最近、眠れてるか?」
「ああ、番ができたお陰でオメガの匂いから解放されたからか、夢も見なくなったし、セックスもさ、しなくちゃっていう強迫観念みたいなのも無くなったよ。健康で健全! 番様様だね。どこの誰か知らんけど~」
「どこの誰か知りたくないのか?」
「誰なんだろうって思うときはあるけどさ、知るのが怖い気持ちもあるんだ。全然覚えてないからさ。」
「そうか・・・」
「だから、思い出してから捜すかどうか決めるよ。」

数か月がすぎ、年が明けても俺の番だという人物は現れなかった。
事故から何年か過ぎても、記憶も戻らないし、番だという者も現れなかった。

でも、三年分の記憶が無くても特に不便はないし、オメガの臭いヒートの匂いがわからない状態が心地よくて、番解除はしなかった。

もしかしたら、向こうもアルファの匂いがわからなくなって快適なのかもしれない。
お互いに利があって番になった可能性もありそうだな、なんて軽く考えていた。

学生時代に研究していた抑制剤の新薬の特許がとれて、卒業後は大手製薬会社から専用の研究室を貰えた。
実家ではなく、母方の祖父の会社だけど、色々と融通が効くのがいい。
まあ、でも一応自立できたということで、実家を出て研究室に近い、セキュリティがしっかりしているフラットに移り住んだ。

家事は実家の家政婦長ハウスキーパーで、俺たち兄弟の乳母だったマーサに教えてもらって自分でするようになった。
フラットと契約している家事代行のスタッフに頼むこともできたけれど、知らない他人に部屋に入られるのが無理で、自分でするしかなかった。
帰って寝るだけの、そんなに広い部屋でもないから、思っていたよりは苦でもなかった。

「トール坊ちゃん、完璧です。」
「やればできる子だからね。」
ドヤ顔でマーサを見れば、マーサはクスクスと笑って、焼きあがったばかりのアップルパイを切り分けてくれた。

今日は定期健診で、ウィルの病院で検査のための採血をしてきた帰りに実家に寄った。
急にアップルパイの作り方を知りたくなって、レシピだけ教えてもらうつもりが、こうしてマーサ―と一緒に作ることになってしまった。
マーサも楽しそうだから、いいんだけどね。

「どう? 美味しい?」
「手順も火加減も味も合格です。でも、トール坊ちゃん、アップルパイ、大好きって程じゃなかったですよね?」
「うん、誰かがさ、スイーツではリンゴパイが一番好きって言ってたんだ。」
「リンゴパイ?」
「ああ、アップルパイのことだよ。」
「トール坊ちゃんの番さんが、でしょうか?」
「わかんない。ただ、なんとなく作ってみたかっただけ。あとさ、他にも作ってみたい料理とかあるからさ、またこっちに帰った時に教えてくれる?」
「お安い御用ですよ。上手にできたことですし、残りは旦那様方に出してもよろしいですか?」
「食べるかな?」
「感極まって泣くかもしれませんよ?」
「まさか~」
「隠れて見てみますか?」
「ふふ、面白そう。」



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