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まつろわぬ番・裏 V視点
10 幕間
しおりを挟むヴィクトールがエイベル・ワインバーグという将来有望なヴァイオリニストの卵を庇い、大学構内の階段から落ちて大けがをした。
落ちた時に頭を打ったせいでヴィクトールは三年分の記憶を失い、精密検査で「番」がいることがわかった。
ふたりがいつ、どこで出会って愛情を深めて「番」になったのか、ダンテは知らない。
けれど「番」の存在が、誰もヴィクトールの中から消すことができなかった悪夢を失くしてくれたことだけは確かだった。
だから「捜す必要はない」とヴィクトールに言われたものの、ダンテは念のために「番」を捜した。
少ない情報を頼りに最後に行きついたのがアーサー・リチャード・バーンスタインという名前の青年だった。
しかし二人の接点は少なく、一方的にヴィクトールが想いを募らせていた可能性だけが示唆され、彼が100%「番」だという確証もなく、時間だけが過ぎていった。
叔父のウィリアムに呼び出されたダンテは、ウィリアムからヴィクトールの「番」が見つかったという報告と、番だと確認されたアーサーが語った当時の状況、今の要望を聞かされて呆然とした。
アーサーは友人二人に睡眠薬とラットの誘発剤を盛られて体の自由が利かない状態になったところをヴィクトールに助けだされた。
しかしヴィクトールにビッチングされ、一時的にオメガ化して番になってしまったらしい。
同意も何もなく、ヴィクトールはアーサーをレイプしたのだ。
「なんてことを・・・」
最悪だ・・・
ダンテは過去に戻れるなら、ヴィクトールの凶行を殴ってでも止めたいと思った。
幼かったヴィクトールが受けた性暴力のトラウマは、最悪な形になってヴィクトールの最愛に向かってしまった。
毎夜、悪夢に魘されるヴィクトールが可哀そうだからと、金にモノを言わせて欲求を満たすことだけを手助けせずに、もっと時間をかけて心に寄り添わなければいけなかったと、今更ながら後悔した。
「トールはアーサーじゃないと治療は受けないと言ってる。だが、アーサーは番解除を条件に出してきた。」
ウィリアムの言葉にダンテは頭を抱えた。
「今のトールなら簡単に解除するでしょうね。目当ての人物が番だとわからないから・・・」
「ああ、向こうもそう思ったんだろう。」
「でも、記憶を取り戻した時に番がいなければ、トールは今度こそ狂ってしまうかもしれないじゃないですか!」
番がアーサーだからトールは悪夢から解放されて正気を保っていられる。
でも番解除して繋がりが消えたら、悪夢が復活しない保証はどこにもない。
ヴィクトールがまた昔のように、いや、それ以上に荒れた生活に戻ってしまう可能性をダンテは恐れた。
「だが、このまま治療を受けなければ、がんのステージは確実に上がっていくだけだし、いずれ取り返しがつかない状況になるだろう。」
「どっちにしろ、詰んでる。」
「だから、番解除させるんだ。アーサーは律儀な男だから、そうすれば必ずトールの担当になってくれる。」
「もし、その前にトールの記憶が戻ったら?」
「その時はその時だ。もう、アーサーに情で訴えるしかない。」
「あの事件のこと、話したんですか?」
「ああ、話したから番解除という条件が出たんだ。でなければ辞表が提出されて、逃げられていたと思う。」
「番なのに・・・」
「メルが、君たちの母親が逃げなかったのは、番に対する怒りの感情や嫌悪より、今の自分の状況が研究対象として魅力的だったからだ。でなければ三人も子供を産んだり、自分の体を実験台に番解除の薬の研究なんかしていない。だから、メルを基準に考えるな。」
ダンテたちの母親メルキオールはビッチングでベータからオメガになった男性だ。
アーサーと同じように、同意も何もなく、無理矢理だった。
けれど、アーサーとは違って、彼は嬉々としてその状況を受け入れた。
彼はバース性の研究者で、オメガ用の抑制剤や避妊薬の開発と研究もしている薬学博士だった。
彼にとってビッチングによる「後天性オメガ」は魅力ある研究対象だった。
けれど、いくら研究したいと望んでも、後天性オメガはその存在自体が稀で、滅多にいるものではない。
ダンテたちの母親は、彼らの父親を愛してはいなかったが、その財力と人脈、最高位アルファとしての能力を利用することに価値を見出したから逃げなかっただけだ。
逆にダンテたちの父親アーノルドはメルキオールに小さいころから執着していたから、自分だけのものになるならとメルキオールの感情がついてこないことは気にしなかったし、彼の望みを叶えるための手助けを惜しまなかった。
そうして、屋敷の奥にメルキオールの研究室を作り、そこでメルキオールの研究を全て賄えるように囲ったのだった。
「番解除せずに治療してもらえる方法はないんですか? アーサーに、何か弱みとか・・・」
「馬鹿なことを考えるんじゃない。弱みに付け込むとか、そんなことをしたら一生トールが憎まれるだけだ。トールに必要なのはアーサーからの愛情だ。番だけが、アーサーだけがトールの心を救えるんだ。俺たちはトールが今度こそ間違わないように助言して、見守らなければいけない。」
「・・・はい・・・」
「ダンテ、番解除は決定稿だ。俺たちはトールが暴走しないように、アーサーも守る。アーサーを守ることがトールを守ることに繋がる。それを忘れるな。」
「わかりました。」
「あと、メルに全部話すんだ。」
「母さんに、ですか?」
「トールのためだと言って、君たちの父親が一番暴走しそうだ。だから、メルにストッパーになってもらう。」
「そうですね。父さん、トールのためにアーサーを監禁する部屋とか作りかねないし・・・」
冗談ではなく、ヴィクトールを番の次に溺愛しているアーノルドがやりかねない事象を阻止しなければいけないと、二人は目を合わせて頷いた。
「それと、アーサーの叔父のアルヌール博士にも連絡して事情を説明しないと・・・博士には俺から連絡する。ダンテ、メルの方は頼む。」
「わかりました。」
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