ミュージシャンとファンの百合短編集

霜月このは

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イケボミュージシャンの恋人と、音楽仲間で海水浴に行く話

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 ぎらぎらと真夏の陽射しが、暴力的に肌を焼く。あまりの暑さに耐えきれず、子供みたいに走って波にダイブしたら、後ろから盛大に笑われた。

「ふふ、さすが、若い子は元気だねぇー」
「もう、ゆうさん、笑わないでよ……」
「ごめんごめん……春香はるかが小さい子みたいで可愛かったからさ」

 悠さんはわたしのそばにやってきて、後ろからそうささやく。相変わらずの美声で。


 このやたらと声のいい、背が高くて細身の女性は、わたしのイチ推しミュージシャンであり、それから大事な恋人でもある。

 今日は海の日。

 珍しくお休みが重なったわたしたちは、一緒に海水浴に来ることにしたのだった。

 といっても、2人きりのデートというわけではない。悠さんがいつも音楽活動をしている仲間たちも一緒だ。

 作曲とキーボード担当の真矢まやさんと、その妹でボーカルの真由まゆさん。それから、バンドメンバーではないけど真由さんの親友であり、わたしの職場の先輩でもある紗月さつきさん、という計5人のメンバー。

 真矢さんが、買ったばかりだという車を出してくれて、途中渋滞に巻き込まれながらも、ちょっとした旅行気分で海水浴場までやってきたのだった。

 2人きりのデートもいいけど、こういうふうに何人かで遊ぶのは、まるで学生の時に戻ったみたいで楽しい。
 
 レンタルのパラソルを借りて、砂浜にレジャーシートを敷いてゆっくりしようかと思っていたのだけど、あまりの暑さに、海の家の有料休憩所を借りるはめになった。

 こういうところは、学生でなく社会人だから、奮発できるところだ。

 そして休憩所で水着に着替えたところで、わたしがいち早く波にダイブしたというところなのだった。


「そこ2人、さっそくイチャイチャしない!」

 気づけば紗月さんも追いついてきて、わたしたちのやりとりを見て笑っている。
 紗月さんは今日は緑色のシンプルなビキニで決めていて、メリハリのあるボディラインが強調されて眩しい。

「べ、べつにイチャイチャなんてしてないですよっ!」

 わたしは慌ててそう言い返すのだけど。

「そうそう、イチャイチャなら夜になってからするんだもんね?」

 悠さんはそんなことを言ってくる。それを聞いたらまた、ドキドキが止まらなくなってしまうじゃないか。

 それに、こんなこと、みんなの前で言わなくてもいいのに。
 
「あーもう、悠さんのバカっ!」

 そう言ってわたしが水を悠さんにかけてやる。

「やったなー!」

 すると倍返しとばかりに悠さんにやり返される。

「春香ちゃん、やっちゃえー!」

 後から追いかけてきた真矢さんが、悠さんに後ろからさらに水をかける。

「ちょ、ちょっと真矢まで!」
「いくら可愛い彼女ができたからって調子に乗るなよ~」

 細身の真矢さんは、いつものボーイッシュなファッションとは対照的な、下がスカートっぽくなっているタイプの水着を着ている。

 意外だなーと思っていたら、真矢さんの後ろにいた真由さんも同じシルエットのものを着ていた。真由さんが赤で、真矢さんが黒で、色違い。

 聞けば、真由さんがお揃いを着たいって言ったとかで、相変わらず仲の良い姉妹だなーと思う。
 
 ちなみに悠さんは、下がハーフパンツみたいになっている青系の水着に、白のラッシュガードを着ていて、一番露出面積が少ない。いや、だからなんだというわけじゃないけれど。

「春香ちゃんの水着かわいいねぇ」

 真由さんがそう褒めてくれた、わたしの水着はというと、白地にピンクの小花模様で、フリルのスカートがついている。確かにこの中だと一番ガーリーな感じではある。

 褒められてちょっと恥ずかしくて水の中にしゃがむと、上から何かが降ってきて頭に当たった。

 真矢さんがビーチボールを持ってきてくれていたみたいだった。

「海といえば、やっぱこれでしょー」

 そう言って、わたしの頭で跳ね返ったボールをキャッチする。

「ちょっと、春香ちゃんいじめないでよー」

 真由さんがそう言うと、今度は真由さんのところにボールが飛んでいく。さっきからまるで子供みたいな遊び方だけど、せっかく海水浴に来ているのだし、いいか。

 そのまま5人でバレーボールでもするみたいにして、ボールを行ったり来たりさせて遊ぶ。途中、わたしのミスでボールが流されてしまいそうになったときには、悠さんが泳いで取りに行ってくれたり、なんてこともあった。

「あー疲れた。ちょっと休憩しようぜ」

 真矢さんがそう言ったところで、一旦海の家に戻って休むことにした。日差しも強いし、やっぱり大人のわたしたちには子供たちほどの体力はない。

 休憩所でそれぞれ飲み物や食べ物を買って。

「かんぱーい!」

 グラス、じゃなくて紙コップだけど、とりあえず乾杯をする。

「はー、うまい!」
「やっぱりこれだねー」

 紗月さんと真矢さんが美味しそうにビールを飲み干す。わたしと悠さんはハイボールを。こうして青空の下でお酒を飲めるっていうのは、なんだか気持ちいい。これも大人の特権だ。

「みんな、飲めていいなあ……」

 真由さんだけは、お酒が弱いらしいので、コーラを飲んでいた。なんでも真矢さんに止められているらしい。

 真由さんはわたしの三つ上で、紗月さんとは大学の同期らしいんだけど、クールな紗月さんに比べて大人しくて可愛らしい感じの人だ。

「ねえ春香ちゃん、結局、悠さんとは……できた?」
「ちょ、ちょっと、真由さん、こんなところでなに言ってるんですか!?」

 ただ可愛い人かと思っていれば、真由さんはそうやって、しれっと変なことを聞いてくるから困る。
 
「ごめんごめん、小説のネタに悩んでたから、つい」

 そんなことを言って笑う。真由さんは普段バンド活動もしているけど、実は恋愛小説家でもあって、日頃から恋バナには目がないのだ。それで、新米(?)カップルであるところのわたしと悠さんは格好の餌食というわけだった。

「でも、その様子だと、うまくいってるみたいだね。よかった」

 そう言って笑う。ネタにするとかいいながらも、しっかり心配してくれていたようだ。以前、悠さんが手を出してくれないことをほんの少し愚痴ったことを覚えてくれていたのだった。

「なに、二人とも、昼間からえっちな話してるの?」

 紗月さんがニヤニヤしながら、ひょっこり顔を出してくる。

「春香!? そんな話を……?」
「そんな話、してないです!」

 心配そうに顔を見てきた悠さんには、そう言って誤魔化した。

「ちょっとトイレ行ってくるわー」

 しばらくして真矢さんがそう言うと、『わたしも』と言って真由さんも付いていった。

 暑いし、そろそろまた水に入ろうかー、なんて悠さんが言い始めて、わたしも同意していたら、紗月さんは、

「私は眠いし、もうちょっと休む。せっかくだし二人で遊んでおいでよ」

 そう言って、奥の席に引っ込んでしまった。

「じゃあ、二人で、行こうか」
「……うん」

 悠さんがちょっと照れたように笑うものだから、わたしもなんだか恥ずかしくなってしまうのだけど。

 一緒に手をつないで、海の中に入っていく。もうすぐ夕方だけど、まだ水温が下がる様子はなくて。ちょっとでも涼しいところはないかなと、なるべく人の少ない深いところまで行ってみることにする。

 といっても、わたしと悠さんだと身長差があるから、そのぶん、わたしのほうが足がつく限界が早くやってきてしまうのだけど。

「春香、こっちおいで。つかまっていいよ」

 悠さんはそう言って、わたしを小さい子みたいに抱っこしてくれた。

「悠さん、こんなことして、大丈夫……?」
「平気だよ、そんなに深いところまで行かないし、それに海の中だから、全然重くない」

 そう言ってくれたから、ここぞとばかりに、ぎゅっと悠さんに抱きついた。抱っこされているから顔がいつもより近くて、ちょっと恥ずかしくて。

 それで、耳元にふーって息を吹きかけて遊んでみた。

「……くすぐったい。ちょっとそれは、反則っ」

 悠さんはそう言うと、わたしの頬に、ちゅ、と口付けた。

「きゃっ」

 反則なのは、そっちじゃないか。

「ダメダメ、こんなとこでそんなことしたら、足攣って死ぬから!」

 悠さんはそう言って、わたしを抱きかかえたまま、再び浅いところへ戻ってきてしまった。ちょっと寂しいなあ、なんて思いつつ、このままだと無駄にイチャイチャしかねないから、これでよかったのかもしれない。

「あ、ちょっと待って」

 海から出てくる前に、悠さんがそう言ってさりげなく、わたしの目を手で塞いでくる。

「え、なに!?」

 わたしはついついバタバタしてみせるけど、ごめん、もう遅い。
 ほんのタッチの差で、わたしにも見えてしまった。見えちゃいけないものが。

 ……あの二人って、やっぱり、そうだったんだ。

 遊泳エリアのギリギリ端の方で、キスしている見覚えのある二人。

「あぁ……」
「……見ちゃったか。私は知ってたけど。一応、秘密にしておいてあげて」

 もちろん、そうするに決まっているけれど。
 ああ見えて、彼女たちもきっと悩んでいるんだろうな。そんなことを思う。

 でも、それよりも。
 ……ああもう、こんなときにも、わたしの身体は、ドキドキが止まらなくなってしまう。

「あーもう、見せつけられちゃったら、こっちもしたくなっちゃうじゃんね」

 悠さんも同じ気持ちだったみたいで、振り向いて目が合った途端、今度は唇にキスを落とされた。それも軽くじゃなくて、深くて、長くて。

「ん……んんっ」

 悠さんの舌が絡みついて、息ができなくなって、溺れてしまいそう。
 頭の中がとろんとなりかけたところで、ようやく止めてくれて、一息つくことができたのだった。

「続きは、帰ってからね」

 その言葉で、またドキドキとしてしまうのだけど。
 ダメだ、みんなと来ている海水浴なのだから、と、慌てて頭の中から邪念を追い払いながら、もう一度海の家まで戻ることにした。

「おかえりー」

 休憩所に行くと、真矢さん、真由さん、紗月さんの3人は、かき氷を食べていた。紗月さんがメロン味で、真矢さんと真由さんはイチゴ味を分け合っていた。

「お、いいなー」

 わたしと悠さんもレモン味のかき氷を1つ買って、2人で半分こすることにした。こういうのも、カップルらしくて嬉しい。さっきの2人のことを思うとちょっと申し訳ない気もするけれど、こうしてみんなに公認の仲っていうのは幸せなことなんだと思う。

 かき氷を食べ終わったあとは、またみんなで海に入って遊んだ。交代で写真も撮ったりして、満喫して。

 気づけばもう、夕方だった。
 子供連れや遠方から来ているグループなんかはもう帰っていて、海の家ももう閉まってしまうから、わたしたちも着替えて帰ろうということになった。

 みんなで砂浜を後にする直前、悠さんが『待って』と言って車のほうへ向かっていく。なんだろうと思っていると、走って帰ってきた。手に持っているのは、いつものよりも二回りくらい小さなギター。トラベルギターという、持ち運び用のギターらしかった。

「せっかくだし、歌っていこうよ」
「いいね!」

 そう言って、悠さんの伴奏でいろいろな曲を歌う。夕焼けの海に向かって。本当にまるで学生の夏休みみたいなひとときだった。

 わたしたちが楽しく歌っていると、『すみません』と声をかけられた。

「もしよかったら、一緒に歌ってくれませんか」

 声をかけてきたのは、華やかなサマードレスに身を包んだ女の人。後ろにパートナーと思しき男の人もいて、話によると、2人は結婚写真を撮るためにここへ来たのだそう。

 撮影が終わってのんびりしていたら、なんだか楽しそうな声が聴こえたから、話しかけてみようと思ったらしい。せっかくなので、わたしたちはお祝いに、定番のウエディングソングなんかを歌ったり、『幸せのお裾分けをください』なんて言って、2人と一緒に写真を撮ったりなんかもした。

 帰る頃にはすっかり暗くなっていた。

「楽しかったねー!」
「もうくたくた。やっぱり海って体力使うわ」
「確かに、アラサーの年寄りには辛い……」

 真矢さんは運転しながら、あくびなんてしている。

「真矢、次、運転代わるよ?」

 悠さんがそう言って、交互に運転したりしながら、わたしたちは家路についた。

 悠さんのアパートまで来たところで、わたしも当然のように一緒に降りる。一応、お泊まりの用意はしてあった。

「お風呂、一緒に入ろうか」
「うん」

 一刻も早くシャワーを浴びたいのは2人とも同じだったから、同時に入ることにした。ふざけて洗いっこ、なんてする余裕もなく、悠さんは『早くベッド行こう』なんて急かしてきて。

 昼間言われた『続きは帰ってから』なんて言葉が蘇ってきて、悶えてしまう。

 ベッドに入って、ああ、このあとまた、しちゃうのかな、悠さん体力あるなあ、なんて思っていたら、目を合わせただけで恥ずかしくなってしまって。

「今日の2人みたいな、海辺の結婚式って、なんか素敵だよね」

 照れながらついそんな話を振ると、悠さんは『なに、結婚したいの?』なんて言って、わたしの耳をくすぐってくる。くすぐったくて、じたばたして笑ってしまう。

 だけど、そんな会話をしたところまでは覚えているのだけど、そこから先の記憶がもうない。

 気づけば、もう朝で。
 わたしは、悠さんの腕枕の上に寝ていて。

 悠さんはまだ、夢の中みたいで、気持ちよさそうに眠っている。
 
 ……まあ、いいか。

 ふと、昨日した会話に思いを馳せて。わたしはひとり呟くのだった。

「……したいに、決まってるじゃないですか」

 何時間越しの、質問の答えを。

 
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