優しい彼女がいるのにドSなお姉さんとどうにかなってしまう話

霜月このは

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 驚いたのはそれから、なんということもなく一週間を過ごした金曜日の夜のことだった。

 会社帰りに早足でいつものバーに向かう。マスターと約束していた合コンの日だった。

 仕事が少し長引いて、開始時刻に少し遅れてしまったわたしがバーの扉を開けると、すぐそこに彼女はいた。

「えっ……」

 恵さんは先日会った時よりもしっかりめのメイクをしていて、仕事帰りらしきパンツスタイルのスーツ姿だった。

「絵里ちゃん、もしかして合コン?」
「……はい、一応。恵さんもですか?」
「一応、ね」

 一応、ってなんだろう。
 少し気になりつつも、いつものカウンターじゃなくて奥のテーブル席に向かうと、既に十名ほどの男女が席に着いていた。

「遅くなってすみません」
「はじめましてー」

 皆に挨拶をしながら席に着くと、簡単な自己紹介タイムということになった。どうやら、わたしが着くまで待っていてくれたらしい。サクラの身分としては、なんだか申し訳ない限りだけど。

「じゃあ、もう一回乾杯しよー!」
「かんぱーい!」

 そうして、ほんの少し罪悪感をおぼえながら、合コンが始まった。

 バーという落ち着いた場所柄、王様ゲームとか、露骨に浮ついたアクティビティはないものの、途中席替えをしたりなんかもして、少しずつ場が温まっていく。

 わたしも初めは緊張していたけれど、酒が進むにつれ、少しずつその場の人たちと打ち解けていった。もともと、初対面の人と話すのは苦手な方ではないし、特に異性に対して苦手意識もない。

 ただ、この合コンは男女の出会いを目的とした場ということになっているから、レズビアンでしかも彼女持ちのわたしは、サクラじゃなかったとしても、そもそもお呼びじゃないはずだ。

 しかし、お酒を半額で提供してもらう約束をした以上、きっちり仕事はしないといけない。わたしは男女問わず話しやすそうな話題を振ったりしながら、ひたすら盛り上げ役に徹しようと思った。

 二つ並んだテーブルの、奥側の端っこがわたしの席だった。途中、お手洗いに立って戻ってくるときに、一瞬向けた視線の先で、逆側の端に座っていた恵さんと目が合う。

 なぜだか、胸の奥がどくり、と動くのを感じた。見るからにモテそうだな、などと反射的に思う。ボーイッシュな外見だから、男性にウケるというよりは、女性にモテそうというか。

 別にわたしのタイプというわけではないし、そもそもこんな場に来る時点でノンケなんだろうし、そんなことを考えても意味なんかないのだけど。

 それきり、そんなことは頭の中からすっかり追い出して、目の前の人たちとのおしゃべりに集中することにしたのだけど。

 そのうち、気づいたら下ネタというかなんというか、ちょっとそういう話になった。お互いの性癖がなんだとか、そういう話。

「絵里ちゃんは、SとMだったら、どっち?」
「いやあ、どっちだろう……」
「絵里ちゃんはなんとなくSっぽい気がする」

 確かに、わたしはわりと気の強いタイプだから、そう言われることは多い。SとかMとか考えたこともなかったけれど、そんなもんなのかなあと思いながら、適当に相槌を打つ。

「恵さんはSっぽいよね。見るからに」
「あー、やっぱりそう思う?」
「王子様系と見せかけて、女王様なのかな」

 近くの席の男女が、少し離れたところにいる恵さんの話をし始める。本人にまで話が聞こえているのかどうかは、ちょっと微妙な距離だから、ちらっと彼女の方を見てみると、こちらを見返すこともなく、正面に座っている男性と話が弾んでいるようだった。

 性癖の話はあっという間に終わりになって、話題は次々に移り変わり、いつのまにか終電近い時間になっていたので、そこで会はお開きになった。当たり前だけど、わたしは誰かとのあいだにフラグが立つでもなく、この合コン全体としても可もなく不可もなく、といった印象だった。

 隣で性癖の話で盛り上がっていた二人の男女は、連絡先を交換していたみたいだったけど、わたしはその流れに乗ることもなく席を立った。

 マスターに軽く挨拶をして店を出ると、後ろからちょうど恵さんが出てきた。聞けば、帰り道が同じ方面だというので、途中まで一緒に帰ることにした。
 
 恵さんは美香の会社の人なわけだし、やたらと変な会話をするのも気まずいな、と思っていたのだけど、恵さんは突然話を振ってきた。

「さっき、SMの話してたみたいだけど。絵里ちゃんはそういうの興味あるの?」
「えっ……」

 さっき確かに話していたけれど、二人きりでいきなりそんな話を振られて、さすがに驚く。

「わたしは全然そういうの知らないですけど……なんかみんなにはSっぽいって言われてましたね。恵さんはドSじゃないかって言われてましたけど」
「うん、聞こえてた。……だいたい、合ってるよ」

 恵さんは声をワントーン落として、そう言う。
 なぜだろう、背筋がぞくり、とする。

「そうなんですね……。そういう経験あったりするんですか?」
「まあね……他の人を見て、どっちの性質かわかる程度にはね」

 そんなことを言って笑う。どっちかわかるなんて、本当にそんなことできるものなんだろうか。

「でも、みんなの見立ては完全に間違いだよね。だって……」

 歩きながら話しているとちょうど駅前に着く頃で、ガヤガヤとした騒音で会話が聞こえづらくなる。
 でも、だからって。

 恵さんは、わざわざわたしの耳元でささやいたのだ。

「絵里ちゃんは、Mだよ。間違いない」

 そんなことを。

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