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「あい、分かった」
びゅう、と風が吹き抜け、花宴の席に桜の花びらが舞う。
ひらり、ひらりと薄桜色が翻り、表裏が交わる。
「わしはこの社の『会長』じゃからな。今この場で、お主の退職を受理する」
ぬらりひょんはそう言った。
『会長』が発した唐突な言葉に、社長は怪訝な表情を浮かべる。
そんな彼に頬を寄せるように、どこからともなく美しい女性の顔が現れた。
「社長さんさぁ、そんなつまらないことで騒ぎ立てないでよ。せっかくの宴が台無しじゃないか」
「つまらないこととはなんだっ!! 俺は会社のことを思って……!?」
女性の言葉に怒鳴り返そうとして振り返った社長は、その姿に唖然として目を丸めた。
妖艶な笑みを浮かべる女性の顔、そこから伸びる青白い首、首、首……。
「まぁまぁ。ここは矛を収めて呑もうじゃないか。おっと、できれば私の口に酒を注いでもらえるとありがたいねぇ。なんせ、身体を向こうに置いてきちまったもんでさ」
女性の言葉通り、そこにはただ浮遊する頭と、どこかへ長く伸びる首だけがあった。
ろくろ首、だった。
「……ひ、え、あああああ」
引き絞られたような悲鳴をあげ、社長は後ずさる。
周りにいる社員たちは、その様子を不思議そうに見つめていた。
彼らには、ろくろ首の姿が見えていないのだ。
「あら社長、どこにいくんだい?」
ろくろ首の問いかけに応えることもなく、社長は靴も履かないままシートの上からどこかへと逃げ出そうとする。
その眼前に、ぬうっと石壁のようなものが現れた。
驚いて尻もちをついた社長を、壁の中の眼がぎょろりと見下ろしていた。
ぬりかべ。
逃げ道を防ぐように立ちはだかった彼の姿を見て社長はまた悲鳴を上げる。
目を白黒させてオロオロと逃げ惑い、ついには隣で宴会を開いていた見知らぬ花見客の背中に助けを求めた。
「アッ、あの、ば、ばっ、化け物が、助けっ……」
「……おやおや、化け物がどうされましたかぁ?」
声をかけられた数名の花見客が、ゆっくりと振り返る。
つるりとした、皴の無い顔。いや、そこには皴どころか、目も、鼻も、口もない。
のっぺらぼう。
社長の声に振り向いた数名の花見客は、その全員が剝いたゆで卵のような、のっぺりとした顔をしていた。
「ぎゃあああ、あ、あ、あ!」
四方を妖怪に囲まれた社長は叫び声をあげ、ついに泡を吹いて倒れた。
静まり返る花見の席。
妖怪たちは社長以外には見えていない。周りの社員たちは、社長がただ、奇行の末に目を回したようにしか思えないだろう。
おそるおそる社長に近寄る社員たちを尻目に、ぬらりひょんはすっくと立ち上がった。
「さぁ、これにて仕舞じゃ」
その言葉は、藤乃に向けられている。
迎えの時が来たのだ。
藤乃は名残惜しそうに、ハルタくんの方を振り返った。
辺りが騒然とする中、ハルタくんは誰かの姿を探している。
きっと藤乃のことを気にしてくれているのだ。
嬉しい。でも、同じくらいに寂しい。
もうきっと、ハルタくんは藤乃の姿を見つけられないから。
散る桜の花びらは、風に吹かれて翻っていた。
裏返る薄桜色の陰に隠れるように、藤乃はその場から姿を消した。
びゅう、と風が吹き抜け、花宴の席に桜の花びらが舞う。
ひらり、ひらりと薄桜色が翻り、表裏が交わる。
「わしはこの社の『会長』じゃからな。今この場で、お主の退職を受理する」
ぬらりひょんはそう言った。
『会長』が発した唐突な言葉に、社長は怪訝な表情を浮かべる。
そんな彼に頬を寄せるように、どこからともなく美しい女性の顔が現れた。
「社長さんさぁ、そんなつまらないことで騒ぎ立てないでよ。せっかくの宴が台無しじゃないか」
「つまらないこととはなんだっ!! 俺は会社のことを思って……!?」
女性の言葉に怒鳴り返そうとして振り返った社長は、その姿に唖然として目を丸めた。
妖艶な笑みを浮かべる女性の顔、そこから伸びる青白い首、首、首……。
「まぁまぁ。ここは矛を収めて呑もうじゃないか。おっと、できれば私の口に酒を注いでもらえるとありがたいねぇ。なんせ、身体を向こうに置いてきちまったもんでさ」
女性の言葉通り、そこにはただ浮遊する頭と、どこかへ長く伸びる首だけがあった。
ろくろ首、だった。
「……ひ、え、あああああ」
引き絞られたような悲鳴をあげ、社長は後ずさる。
周りにいる社員たちは、その様子を不思議そうに見つめていた。
彼らには、ろくろ首の姿が見えていないのだ。
「あら社長、どこにいくんだい?」
ろくろ首の問いかけに応えることもなく、社長は靴も履かないままシートの上からどこかへと逃げ出そうとする。
その眼前に、ぬうっと石壁のようなものが現れた。
驚いて尻もちをついた社長を、壁の中の眼がぎょろりと見下ろしていた。
ぬりかべ。
逃げ道を防ぐように立ちはだかった彼の姿を見て社長はまた悲鳴を上げる。
目を白黒させてオロオロと逃げ惑い、ついには隣で宴会を開いていた見知らぬ花見客の背中に助けを求めた。
「アッ、あの、ば、ばっ、化け物が、助けっ……」
「……おやおや、化け物がどうされましたかぁ?」
声をかけられた数名の花見客が、ゆっくりと振り返る。
つるりとした、皴の無い顔。いや、そこには皴どころか、目も、鼻も、口もない。
のっぺらぼう。
社長の声に振り向いた数名の花見客は、その全員が剝いたゆで卵のような、のっぺりとした顔をしていた。
「ぎゃあああ、あ、あ、あ!」
四方を妖怪に囲まれた社長は叫び声をあげ、ついに泡を吹いて倒れた。
静まり返る花見の席。
妖怪たちは社長以外には見えていない。周りの社員たちは、社長がただ、奇行の末に目を回したようにしか思えないだろう。
おそるおそる社長に近寄る社員たちを尻目に、ぬらりひょんはすっくと立ち上がった。
「さぁ、これにて仕舞じゃ」
その言葉は、藤乃に向けられている。
迎えの時が来たのだ。
藤乃は名残惜しそうに、ハルタくんの方を振り返った。
辺りが騒然とする中、ハルタくんは誰かの姿を探している。
きっと藤乃のことを気にしてくれているのだ。
嬉しい。でも、同じくらいに寂しい。
もうきっと、ハルタくんは藤乃の姿を見つけられないから。
散る桜の花びらは、風に吹かれて翻っていた。
裏返る薄桜色の陰に隠れるように、藤乃はその場から姿を消した。
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