あっぱれイオリン! ~ふわふわ妖怪珍道絵巻~

作者不明

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天下の大泥棒、参上の巻(前編)

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 ──闇夜の中に白い満月が怪しく光る、うしつ時。

 とある田舎大名の屋敷の外で「ピ〰〰」という笛の音が響き渡り、大勢の侍たちが一人の侵入者を必死に追いかけていた。

曲者くせものじゃあ! であえ、であえェ‼」

 千両箱を右肩に抱えながら、屋根の上をピョンピョン跳んで逃げる女らしき侵入者の暗い影があった。それを見つけた侍の一人が叫んだ。

「止まりやがれぇ、こそ泥め‼」

 口汚く罵られた侵入者が「ピクッ」と反応して満月を背に瓦屋根の上で立ち止まった。月光の中に黒いシルエットが映る。忍者装束のような着物、首に巻かれている細長い布がユラユラと風になびいている。

 歳の頃は一六歳前後くらいの若い女だろうか。長い黒髪を後頭部で結い、風になびかせている。首は忍びが身につけるような真っ赤な長い布を巻き、灰色の鎖帷子くさりかたびらの上に赤と黄色の着物を身につけている。

 腰には白い注連縄しめなわを巻いて腰の後ろで蝶結びされている。露出した太ももからは鎖帷子が見えており、履物は天狗のような一本歯下駄を履いている。

 右肩に千両箱を抱え、左手に重さ、一かんきん二五もんめ(約五キロ)ほどはあろうかという巨大な喧嘩ケンカ煙管キセルを持っている。

 侍の言動にカチンときたのか、その女は怒りを露わにして叫んだ。

「聞き捨てならないねェ……誰がこそ泥だってェ⁉ アタシのことを知らないたァ、これだから田舎侍は! そんなに知りたきゃ、特別に教えてやるから耳垢みみあかかっぽじってよ〰〰く聞きなァ‼」

 田舎侍たちは女を警戒しながら刀を構えて睨いでいる。女が自信満々に声を張り上げた。

「ある時は神出鬼没の天才くノ一! またある時は弱きを助け、悪をくじく正義の義賊! しかして、その実態は──」

 大仰な舞台役者のように振る舞い、台詞セリフのような言葉を溜めに溜めて、一気に吐き出すように女は啖呵を切った。

天下ジパング一の大泥棒、三代目烏天狗カラステングとぉあ〰〰、アタシのことさァ!」

 あまりに芝居がかった言い回しに侍たちは戸惑っている様子だ。大泥棒と名乗った侵入者の女は自分に酔いしれているようで、気持ち良さそうに風を感じている。

 ドドンッ! ドンッ! ドンドンッ!

 その時、爆発音が響き渡った。周囲に真っ白な煙幕が広がり、侍たちは目を閉じてゲホゲホ咳き込みながら口を抑えて苦しそうにしている。女が目を丸くすると背後から声をかけられた。

「おい、こっちだ椿つばき! 早く逃げるぞ!」
「竜さん! 今いくよ!」

 椿つばきと呼ばれた女の侵入者が、竜さんと呼んだのは男である。男はかぎ爪のローブのようなものを使って屋根に上がってきたようだ。

 竜さんはついて来いと言わんばかりにロープを降りていく。椿も降りようとロープを掴んだ。下の方で田舎侍の一人が気づいたのか、咳き込みながら叫んだ。

「ゲホ! ゲホ! ち、チクショウ待ちやがれェ! くそったれェ‼ おえ、ゲホ!」
「へっ! 誰が待つかよ!」

 侍たちを小馬鹿にしながら椿がロープを降りていき、そのまま屋根を伝って草木の中に飛び込んでいく。てんやわんやの田舎侍たちを尻目に、椿と竜の二人は優雅に逃走し、闇夜に消えていった。

 その時、侍たちの背後に長い舌を出しながら刀を持った男が現れて怒号を浴びせた。

「何をやっておるゲロッ! この役立たず共がァ‼」
「がはぁ⁉ と……殿……な、何を……」

 戦国大名と思われるかえる顔の男が背後から家臣の侍を突然、斬りつけた。家臣は背中を斬られて倒れ、吐血しながら息絶えた。醜男は侍を全員斬り殺し、顔を歪ませて叫ぶ。

「ワシの大事な千両箱を……! ゆ、許さん、絶対に許さんゲロ‼ 殺す殺す殺す‼ あの烏天狗とかいう盗人を必ず捕まえて、茹でガエルの刑に処すゲロ‼ ゲロゲロ──」

 かえる顔の戦国大名は興奮しながら血に濡れた刀を振り回している。鼻息を荒くしながら、烏天狗の椿が逃げたであろう方角を睨みつけていた──。

   *

 ──旅の途中に立ち寄った宿場町。

 心地よい春の風とお天道さまの温かい光を浴びながら、おっとりした糸目の女の剣客と生意気そうな田舎小僧が茶屋で甘そうなみたらし団子を食べていた。

美味んまっ! 小太郎殿どの、このお団子、なかなかですよ!」
「伊織。団子もいいけどよ、オイラめしが食いてぇよ。どっか飯屋に入ろうぜ」

 隣で同じ団子を食べている小太郎という少年に、伊織という女の剣客が頬を高揚させながら言う。小太郎は「グ〰〰……」と鳴っているお腹をさすりながら言った。

「号外だぁ、号外だぁ! またまた現れたよ! 天下の大泥棒『烏天狗カラステング』だァ‼」

 その時、遠くから聞こえてくる男の声に伊織と小太郎が気づいて顔を向ける。

 どうやら瓦版かわらばん屋が大通りで声を張り上げて客引きをしているようだ。その周囲には大勢の人が集まって注目している。ドンと立てられた立て看板に人相書きが描かれた手配書が出ている。

〔人相手配書 大泥棒 三代目烏天狗カラステング

「数年前から現れ始めた神出鬼没の大泥棒が、我磨ガマ氏の屋敷に忍び込んで千両箱を盗んだって話だ! 当然、我磨ガマ氏もご立腹ぅ~! 釜茹でに処するって意気込んでるらしいよ~!」

 わらわらと瓦版屋の前に集まった観衆は各々で噂話をしている様子だ。怖がっているというより、なぜか笑顔の町民が多い。それを眺めていた小太郎が伊織に話しかける。

「おい、聞いたかよ伊織! 烏天狗って盗人ぬすっとが出たらしいぜ! これだけ大騒ぎするってことは、よっぽどの大物だな」

 そう言って眉間にシワを寄せながら、小太郎はお茶をすすっている。すると激しい足音が響いた。

 ──ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼

 地鳴りのような音を立てながら大勢の男たちが神輿を担いて走ってきたのだ。チラっと小太郎が横目で見る。

「?」
「どけどけどけーッ! 天下ジパング一の大泥棒! 三代目烏天狗さまのお通りだよーッ‼」
「ズコーっ!」

 噂をすれば何とやら。小太郎がひっくり返って、熱いお茶を頭からかぶって「熱っち、熱っちィ!」と大慌てである。

 屈強なふんどしオトコたちが担ぐ神輿みこしに乗って、話題の大泥棒がド派手に現れた! そして堂々と人相手配書の前を通り過ぎていったのだ。伊織が最後の一本のみたらし団子を頬張りながら言う。

「はむ、もぐもぐ……あの神輿に乗ってる人が……ゴックン。噂の泥棒さんみたいですね」
「どういうことだよ⁉ なんで天下の大通りをお尋ね者が堂々と出歩いてんだ! 『ズコーっ!』なんて恥ずかしい叫び声あげちまったじゃねぇか‼」

 すると、小太郎の声に気づいたのか遠くに行った神輿が旋回してこちらに走って戻ってきた。二人の目の前に来ると神輿の上に胡座あぐらで座る女が見下ろして言った。

「やいやい! やいやいやいやいやい〰〰‼ 誰だい、アタシの噂話してる野郎はァ!」

 すると女泥棒さんがひっくり返って土だらけの小太郎をジロジロと品定めするように見てきた。そして小馬鹿にするように鼻で笑いながら言う。

「なんだいなんだい。どんな野郎かと思えば、小便ションベン臭そうなガキじゃないか! アタシが外を出歩いちゃいけないってのかい!」
「だ、誰が小便ションベン臭ぇガキだ! お尋ね者が堂々と表を歩いてる方がおかしいって言ったんだ! 悪いかよ!」
「ハッ! アタシをそこらの盗賊と一緒にするんじゃないよ! 正義の義賊として誇りを持ってるんだ! 逃げも隠れもしないよ!」
「正義の泥棒なんて聞いたことねぇよ! そんな調子だと、あっさり捕まって縛り首になるのも時間の問題だな!」
シモの毛も生え揃ってねぇようなガキが、このアタシに喧嘩を売るとぉあ、イイ度胸じゃないか! 一皮チンポの皮が剥けてから出直してきなァ!」
「う、うるせぇ! 余計なお世話だ!」

 歯ぎしりをしながら拳を握る小太郎を神輿の上で胡座あぐらをかいた女泥棒が見下してくる。隣に座る伊織が「まぁまぁ」と小太郎をなだめた。すると女泥棒の背後から話しかけてくる中年の男が現れた。

「よう、椿つばきちゃん! 今日もせいが出るな!」
「おう、酒屋の親父さんじゃねぇか。ホラよっ! 戦利品だ。これで旨い酒でも一杯やんな!」

 そう言って椿は親父さんに一両の金貨を投げ渡した。すると親父さんが嬉しそうに言う。

「いつもすまねぇな~椿ちゃん」
「いいってことよ! それもこれもぜ~んぶらん取りを黙認してる侍どものせいなんだからさ!」
「いや~さすが庶民の味方の義賊さまだ! 子供ガキの頃はイタズラ娘だったってのに……こんなに立派に成長して……俺は鼻が高ぇよ……グスッ」
「そいつは、言わない約束だぜ……おとっつぁん」

 椿つばきと呼ばれている女泥棒と酒屋の親父さんが、涙ぐみながら右手の平を鼻の穴に押し当てて鼻水をすする音が響く。酒屋の親父は女泥棒の椿から金貨一両を大事そうに胸にしまって帰って行った。

 それからも農民や町娘といったたくさんの人たちが、ゾロゾロと椿つばきの周りに集まって笑顔で話しかけている。椿は気前よく、お金を振りまいているようだ。

 一部始終を見ていた伊織が、お茶を「ズズズっ……」と一口飲んでから言う。

「ずいぶん宿場ここの人たちに人気のある泥棒さんですね~」
「ん? アンタ……。へぇ~珍しいね、女の剣客かい?」

 椿は伊織の腰に差している刀をチラリと見てから言った。小太郎が睨んで威嚇しているが、伊織が小太郎の肩に手を置いてをおとなしく座らせる。すると大泥棒の椿が伊織に向かって言った。

「ガキのお守りとは、アンタも大変だね」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。小太郎殿には助けられてばかりです」

 伊織の感謝の言葉に小太郎が目を潤ませて伊織を見つめる。大泥棒の椿つばきが続けて言う。

「ふんっ! アタシは侍が大嫌いでね。……アンタも人を斬るのかい?」
「私はただの旅の浪人です。この刀は飾りみたいなものですよ。人を斬るなんて、私にはとてもとても……」

 苦笑いをしながら伊織が言った。すると喧嘩ケンカ煙管《キセル》を伊織に向けて、椿が言う。

「まぁいいや。アタシがこの宿場にいる間は大人しくしてるんだね。もし問題を起こすなら、このアタシが容赦しないよ……!」
「……ええ、肝に銘じておきます」

 椿が警告すると伊織は笑顔で返答し、再びお茶を口に含んだ。そして椿は神輿に乗ったまま下の男たちに命令し、その場を去っていく。見えなくなったのを確認してから小太郎が言う。

「ムカつくなぁ! なんなんだよ、あの女泥棒」
「小太郎殿、あまり旅先の人と問題を起こさないでください。初対面の相手とは丁寧に接するのが礼儀ですよ」
「……ご、ごめん伊織。オイラが悪かったよ」
「そういう素直な小太郎殿が私は好きですよ」
「伊織……伊織ィ! オイラ……オイラも大好きだぁあああ! あぁ──‼」
「おっと、危ない!」

 ずてーんっ!

 興奮した小太郎が、伊織に抱きつこうとした。しかし伊織は、お茶を持ったまま立ち上がって小太郎をけた。小太郎は勢い余って地面に顔面から落ちて赤くなった顔で言う。

「なんでけるんだよぉ……」
「だって、お茶こぼしたら着物が汚れるじゃないですか」
「うぅ……」

 小太郎は複雑な心情なのか、赤くなった顔をクシャクシャに歪めて鼻水をすすった。

   *

「──それで竜さん、次の獲物は決まってるのかい?」

 お天道様が真上に登る頃。貧乏そうな長屋の一室で膝を立てて座りながら椿が言った。竜さんと呼ぶあい色の着流しの男が言う。

「次の獲物は『ガマ香炉こうろ』ってお宝だ」
「がまのこうろ? 何だい、そりゃ?」

 椿は小指で耳を掻きながら言った。竜さんが煙管キセル煙草タバコの煙をふかしながら言う。

「ちょっと前に盗みに入った我磨ガマ氏の屋敷あるだろ? 覚えてるか?」
「我磨氏って、あのカエル顔の田舎大名だろ?」
「ああそうだ。あのカエル野郎、まだ特大のお宝を隠し持ってたんだ。千両箱をおとりにして、本命から目をそらしてたってわけだ……まんまとやられたぜ」
「まさか、もう一度あの屋敷に忍び込んで、その一番のお宝を盗んでこいってのかい?」
「その通りだ」
「う~ん………………」

 椿は眉間にシワを寄せて苦い表情をしている。竜さんは煙管キセルを口にくわえて煙草タバコを吸った。すると椿が言う。

「同じ屋敷に連続で盗みに入るのは……盗みに失敗したみたいで、大泥棒アタシの信条に反するんだけどね……」
「だがこの『ガマの香炉』ってお宝は、そんじょそこらの香炉とはわけが違うらしい。極秘に入手した情報によると、城が一つ建つほどの価値があるんじゃねぇかって話だ」
「………………………………………………」

 椿はしばらく沈黙してしまう。椿の心が決まるのを竜さんは待っている。数秒の沈黙が過ぎた時──、椿が口を開いた。

「よし、分かった! そんな一番のお宝をり逃したとあっちゃあ、三代目烏天狗カラステングの名が泣くってもんだ! このアタシに任せなァ!」
「へへっ! そうこなくっちゃな!」

 竜さんは灰落しの中に「カンッ!」と煙管キセルの灰を落とし、ニヤリと笑った。すると後ろに飾ってあった喧嘩煙管ケンカキセルを椿が握って言う。

初代烏天狗じいさまから受け継いだ喧嘩煙管ケンカキセルがあれば、アタシに盗めないものなんてないよ‼」

 自慢の喧嘩煙管ケンカキセルを構え、自信たっぷりな表情で椿は笑った──。

   *

「伊織ィ! 早く来いって!」
「そんな慌てなくても、宿は逃げませんよ~」

 みたらし団子とお茶を楽しんだ後、今夜泊まる宿を確保するために伊織と小太郎は安い宿を茶屋の看板娘に教えてもらった。

 紹介された宿には松竹梅の三種類が用意されており、中間の無難な『竹の間』を選んだ。廊下を渡る途中で『梅の間』をチラッと見たのだが、天井には蜘蛛の巣が張っており、埃が舞っていてあまり掃除が行き届いていいなさそうだった。

 伊織が宿の主人に挨拶をした。

「数日、お世話になります」
「旅人さん……大変な時期にいらっしゃいましたね」
「大変な……時期?」
「ええ。実は数日前に、ここ周辺を統治していた大名がいくさに負けて、新しい大名が統治するようになったんです」

 すると宿の主人は誰かに話を聞いてほしかったのだろうか。新しい大名になった我磨ガマ氏について聞いてもいないのに、主人はペラペラと話してくれた。

 我磨ガマ氏とは最近になって突如、名を挙げてきた近隣の戦国大名だそうだ。

 乱暴で無茶ないくさを繰り返す強欲な性格で、少し前にこちらにいくさを仕掛けてきたのだという。元々いた殿様は首を狩り取られ、この町も我磨氏に支配される形になった。

 その影響でいくさに参加していた足軽や野伏のぶせり、山賊等の荒々しい連中が増えたのだという。彼らは近くの農村に乱妨らんぼう取りという強盗や略奪を繰り返しているそうだ

「……その被害になった村は、どの辺りにあるんですか?」
「へ? 興味があるんですか?」
「ええ、少しだけ」
「珍しい人ですね。まぁ、教えてもいいですよ。行っても何もないと思いですが……」

 そう言って、宿の主人は乱取らんどり被害に遭った村の場所を教えてくれた。

 伊織と小太郎はまだいくさの傷が残っている村に行ってみることにした。
 その村は火をつけられて黒焦げになった家や、殺された男たちの死体の一部があちこちに転がっている。

 家の中にはグチャグチャに殴り殺された男と思わしき無残な死体。村に住む若い女や、子どもは高く売れるため、外国の商人に売られるのだそうだ。

 当然だが年頃の娘なら強姦された後に連れて行かれる。もちろん顔や肌に傷をつけると値段が下がるため、複数人で押さえつけて楽しむらしい。

 乱取りの被害にあった村の惨状を見て、小太郎が思わず言う。

「しかし、いつ見てもでぇもんだな……」
「かわいそうですが……この戦乱の世、乱取りは珍しくありません」

 乱取りを行う足軽たちも、ほとんどが貧しい農民だ。彼らも必死で生きようとしているだけに過ぎない。何も知らない旅の浪人が一方的な正義感を押し付けたところで、生活がかかっている彼らには響かない。乱取りをやめさせることは不可能に等しい。

 悲しそうに伊織はあちこちに放置されている死体を眺めた。小太郎が伊織にたずねる。

「なんでまた、こんな村に来たんだよ? 気分が悪くなるだけじゃねぇか」
「あの宿の主人の話を聞いているときに、微かですが妖気を感じ取りました。もしかしたら妖怪が関わっているかもしれないと思いまして……」
「何⁉ あの宿の親父、妖怪と関係してるのか⁉⁉」
「いえ、おそらくあの主人は無関係でしょう。問題は宿の主人の話です。あの話を聞いているとき、私の妖刀が反応したんですよ。『我磨氏』という単語に酷く興奮していました」

 伊織は妖刀『悪食天女あくじきてんにょ』をチラッと見て言った。その時、小太郎が驚いた声を上げる。

「お、おい伊織! なんだありゃあ⁉」

 突然、小太郎が死体を指差して叫んだ。
 メリ……メリメリメリッ! ぐちゃぁ……。

 放置されていた死体の中から巨大な蛙が這い出てきたのだ。それは禍々しい妖気を放っており、伊織を見るなり威嚇してきた。

 伊織は刀を抜いて近づき、蛙の頭部に向かって突き刺した。

 ザクっ!

「──ゲロ⁉」

 伊織の妖刀は蛙の妖気と魂を吸い込んで落ち着いた。

「大丈夫か、伊織⁉」
「ええ。嬉しくありませんが、この村に来て正解だったかもしれませんね」
「なんださっきの蛙は⁉」
「基本的に妖怪は、人間が怪しい瘴気しょうきまとって変化するものが多い。稀に寄生虫のように取り憑く妖怪がいると聞きます……」

 この世には人間の死体に卵を寄生させて育てる妖怪もいる。

 カタツムリを操る寄生虫のように宿主の人間を操る妖怪も当然いる。この男もかえるの妖怪に寄生されたのだろう。操られたのか、卵を守る肉壁にされたのかは不明だが……。眉間にシワを寄せて、顔を歪めながら小太郎が言う。

「この近くにカエルか何かの妖怪がいるってことか? 許せねぇ……!」
「人間同士の醜い争いなら、それも歴史の一部として受け入れましょう。……ですが、それにいやしい妖怪が関わっているなら……話は別です」

 刀に付着した妖怪の血を紙で拭き取りながら、伊織は静かに妖刀を鞘に収めた。
 鋭い糸目が薄く開く。その瞳の奥に普段は見せない静かな憤りが揺らいでいた。

   *

 ──真夜中の我磨ガマ氏の屋敷。

 白銀しろがね色の美しい月光が屋敷全体を青白く照らしている。椿は屋敷を外から睨んでいた。

 当然だが警備が厳しくなっているだろう。忍者のような身のこなしで椿は屋敷を囲む塀に飛び乗り、屋敷の中の様子を覗き込んだ。

「よいしょっと……どれどれ、敵地の状況は……。あれ?」

 意外なことに警備の侍などの姿がまったく見えなかった。むしろ以前に忍び込んだときよりも警備が薄くなっている気がする。

「不気味だな……ま、警備が緩いのはありがたいけどな」

 不審に思いながらも好機と考えたのか、不敵に笑った椿つばきは、ピョンと塀を飛び越えて屋敷の中に忍び込んでいった。

 庭の池を避けて通り、外の廊下に近づくと誰かの足音が聞こえてくる。椿は滑り込むように床下に潜り込んだ。頭上の廊下を誰かが歩いて通る足音が聞こえる。足音はそのまま離れていき、廊下の角を曲がっていったようだ。

 椿は床下から屋敷内に進み、前回と同じ部屋の真下まで移動した。

 真上の部屋から足音や寝息などの人の気配がしないのを確認して畳をゆっくり持ち上げる。真っ暗な部屋、持ち上げられた畳の下から椿が顔を出す。

「お邪魔しますよ~……っと」

 周囲を確認してから椿は部屋の中に入った。そのまま喧嘩煙管ケンカキセルを背中から取り出し、椿は天井の隅をつついた。すると天井の一部が押し上げられて天井に上がる入口が現れる。

 飛び跳ねて天井の穴に掴まった椿は腕だけでヒョイっと上がっていく。天井裏に上がった後、椿は屋敷の見取り図を再確認し、音を立てないように忍び足で向かった。

 心なしか警備が以前より手薄な気がしたが、椿は気にせず目的の部屋に向かった。

 ここまで大きな失敗もなく来ることができた大泥棒・椿つばきは天井裏を開けて、真下にある目的の和室の中を覗いた。

 和室に誰もいないことを確認した椿は、ガマの香炉が保管されている部屋の中に飛び降りた。部屋は十畳ほどの広さで奥の掛け軸の下に木箱が置かれている。木箱をゆっくりと開けて、ニヤリと口角を上げた椿がつぶやく。

「み~つけた♥」

 椿は周囲を警戒しながら恐る恐る、ガマの香炉の回りを見る。
 見えない紐でつながっているなどの罠はないことを確認すると、椿は香炉を木箱に戻して自前の紫色の風呂敷で包んで背負った。

 月光に照らされる瓦屋根の上を音も立てずに大泥棒の美しい影が颯爽と駆け抜ける。

 烏天狗《カラステング》・椿は、見事に『ガマの香炉』を盗み出したのだ。あまりに物事がすんなり進んだことに嬉しくなった椿が有頂天で言う。

「どんなもんだァ! これぐらい、アタシにかかれば──⁉」

 ──次の瞬間。

 足のふくらはぎに矢が突き刺さり、体勢を崩して椿が瓦屋根から転げ落ちた。

「あっ!」

 まともに受け身も取れず、椿つばきは背中から地面に落ちてしまう。矢で負傷し足を手で抑えて四つんばいになる椿。すると目の前に男の影が現れた。椿が顔を上げようとすると、聞き覚えのある声で男が言った。

「……お前が悪いんだぜ、椿つばき
「──っ⁉ 竜……さん? なんで⁉」

 男の正体は、椿が最も信頼していた盗賊仲間の竜さんだった。椿を助けようともせず、見下ろしたまま竜が低い声で言う。

「何が義賊だ、くだらねぇ正義感で盗んだ金をバラ撒きやがって……」
「どういう、意味だい⁉」
「盗賊が正義ぶってんじゃねぇよ、俺の取り分が減るだろうが。少しくれぇなら貧乏人に恵んでやってもいいけどよォ。俺にも我慢の限界があるってもんだぜ」
「何、言ってるんだい……⁉」
「こっちは善意で盗賊やってたわけじゃねぇんだ。椿お前を売れば、三百両は出すって言われたら……当然、心がグラついちまうよなァ?」
「う、嘘……だよね⁉ 冗談はよしなよ! 竜さ──ぐっ‼‼」

 すると竜は、椿つばき腹部に蹴りを入れた。椿が崩れ落ちると、そのまま椿の頭部を足蹴あしげにして竜は言った。

「抵抗すんじゃねぇよ。面倒くせぇな」
「う……くっ……‼」

 すると竜の背後から醜い男の影が現れて言った。

「ゲロゲロゲロ! よくやったゲロ!」
「へへ、約束通りですぜ」
「うむ。おい、この者に褒美をとらせよ」

 すると我磨氏の背後にいた侍が、竜に白い紙に包まれた金貨の束らしき物体を手渡した。竜はそれを受け取って歪んだ笑みを浮かべていた。

 その光景を目の当たりにして今、ようやく椿は理解した。信頼していた仲間竜さんに、裏切られたのだと──。
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